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第2話 隠れ場所まで届ける

 配送における腕とは、スピードと安全性だ。

 スピードについては説明不要だろう。今の時代は速さが求められている。世の中の色んなものが高速化したものだから、お客様は少しの遅れも待ってくれない。そんなシビアな業界だから速さは一つの武器になるのだ。

 そして安全性。いくら速く届けようとも荷物がボロボロであれば、お客様の信用を失ってしまう。しかも公道でチョロチョロと無駄な動きをすれば、事故に巻き込まれる可能性も高い。長く、お客様第一に運ぼうと思えば安全性も無視することはできないのだ。


「倉掛駆、ついてきているか?」

「おうよ!」


 だから走り出した瞬間に、俺は秋月美奈を格上だと判断した。

 狭い廊下を難なく走っていくフォームは無駄な力が入っていない。美しいまでの自然体なのだ。何人かの従業員たちとすれ違っているが、そのすべてを見事なまでの身のこなしで避けていく。しかも速い。俺と並走している。俺だって今出せる最速のスピードで走っているのだが、彼女はまだまだ余裕といった様子で鼻歌なんか歌っている。彼女の本気はまだまだ速いのだ。

 スピード、安全性、安定感。どれをとっても一流。敵う気がしなかった。


「なあ、秋月美奈。……呼びづらいな」

「親しい人間は『ミーナ』と呼ぶ。それでいいぞ、倉掛駆くりゃきゃけきゃけりゅ

「全体的に噛んでるぞ……。呼びにくいならカケルって呼べよ」

「カケル……うむ、呼びやすいな。それで何の用だ?」

「何で俺たち逃げてるの?」


 素朴な疑問だった。

 ミーナが「逃げるぞ」と言ったから俺もついて行っている。走ってはいるが、一体何から逃げているのか不明なのだ。


「……それは我にもわからぬ」


 意外な答えが返ってきた。


「わからないって……じゃあどうして?」

「ういちょんが逃げろと言ったのだ」


 ……ういちょん? なんだそれ。


「ああ、説明が遅れたの。ういちょんとは我の仲間だ。今はカケルの仲間でもあるな。機械に強くて、遠くから有益な指示をしてくれるキレ者なのだ。頼もしいぞ」


 胸を張って答えるミーナ。当たり前のように会話をしているが、さっきから何人もの従業員たちを避けながら話しているのだ。しかも息一つ上がっていない。

 改めてデリバリストとはビックリ集団なのだと思っていると……


「いたぞ、あそこだ!」


 後方二十メートルから大声がした。

 振り返るとそこにいたのは警備員。数は五人ほどだった。予想通り、俺たちを見つけるとすぐに追いかけてくる。


「ういちょんが言っていたのはこれか」

「うむ、そのようだ。しかし厄介よのう」


 口調はのんきではあったが、ミーナは走るスピードを上げた。それに伴って俺も脚の回転数を上げる。俺だってそこそこ走れるのだ。ミーナに並んで走ろうとさらにスピードを上げるが……


「うおっ!」

「いかん、掴まれ!」


 滑って倒れそうになるのをミーナに助けられる。ミーナの腕に引き上げられて体勢を整えるが、かなり減速して警備員との距離が近くなってしまった。


「す、すまん」

「靴が合っていないようだのう。しかも床はツルツルではないか」


 的確に指摘されてしまった。俺の足元は学校指定のローファーだ。お世辞にも走るのに適しているとは言えない。


「ごめん、脚引っ張ってるな」

「謝ることはない。なんにせよ、追われている間はエレベーターも階段も使えぬ」


 俺のペースに合わせながら「ふうむ……」と黙り込むミーナ。走りながら考え事とは器用なことだ。

 曲がり角を急速ターン。脚が滑りそうになるがなんとか堪える。

 目の前に給湯室から出てコーヒーを運ぶOLの姿が見えた。瞬間、ミーナは手を打った。


「うむ、思いついたぞ! カケル、先に行け!」

「……おうよ」


 ここは格上の判断に従うべきだと思った。減速したミーナを追い越して、ついでにお茶汲み係のOLさんもぶっちぎる。

 一体ミーナが何をするつもりなのかと後ろを見ると……

 動くスピードを少しも減速させることなく、お茶汲み係のOLさんに近づいていった。そして身をすくめるOLさんとぶつかる直前に……

 ミーナの腕が柳の枝のようにしなった。


「失敬するぞ、許せ!」

「きゃっ!」


 猫のような軽い身のこなし。

 華麗なステップで避けたと思えば、次の瞬間には両腕にコーヒーの入った紙コップに握っていた。不思議なことに、あのスピードで接触したにも関わらず中身を一滴もこぼしていない。

 すぐにスピードを上げて先を走っている俺に追いついてきた。


「カケル、二つも取れたぞ。片方飲むか?」

「……いや、今ここで飲むのは無理だわ」

「ほら、飲んでみ、関節キッスしてみ?」

「口つけてねぇじゃん!」


 全力疾走いているんだぞ、俺たち。


「さっき『よかったらその話は外でコーヒーでも……』と言っていなかったか?」

「いや、もうそれは忘れてくれ」

「ああ、インスタントが苦手なのか。確かに風味に欠けて物足りない感じはするな」


 そういう意味ではないのだが……いい加減息が切れ出したので、何も言わないことにした。


「アジトに着いたら、ういちょんに挽きたてを用意してもらおう。ういちょんは一級バリスタの資格を持っているのだ」

「ういちょん、ハイスペックだな!」


 ツッコミ入れずにいられなかった。そしてさらに息が苦しくなる。

 しかしコーヒーで何をするつもりだ?


「カケル、次を右だ!」

「……おう?」


 減速するのを嫌っていたはずのミーナが、わざわざ曲がり角を選んだ。

 気になりながら指定通りに右に曲がると……


「良い子のみんなはマネせぬように! ていっ!」


 コーナーを曲がった瞬間、床にコーヒーをぶちまけた。紙コップ二杯分のコーヒーがツルツルの床に黒く広がっていく。

 やがて曲がり角にさしかかった警備員たちは、死角になっている部分のコーヒーに気づかず、コーヒー溜まりに足を取られる。そのまま滑って転倒していった。先頭が転べばあとは芋づる式に後ろの警備員も次々と転ぶ。あっと言う間に人の山ができた。


「やったか!?」

「いや、まだだ。気を抜かぬように!」


 異変に気付いたしんがりが慎重にコーナーを曲がり、まだ俺たちを追っていた。同僚たちの仇とばかりにぐんぐんスピードを上げて迫ってくる。人数が減って走りやすくなったのだろう。


「く、なんという健脚か!」


 さすがのミーナも焦ったようで、スピードを上げようとする。しかし靴で劣る俺が脚を引っ張ってしまい、思うように走れない。このままでは捕まるのも時間の問題。

 だが。

 俺はミーナの凄技に触発されていた。同業者のレベルの高さを見せつけられて、すっかりやる気になっているのだ。このままただの足手まといで終わらせるつもりなんてない。

 ここは俺の見せ場。そう思った時には既に体が動いていた。


「ミーナ、ちょっとじっとしてくれ!」

「ふむ? ちょ、おおっ!」


 俺の腕を掴んで引いていくミーナの腰の辺りで持ち上げ、その小さな体を反転させつつ俺の左肩にのせた。時代劇に出てくる町娘誘拐スタイル。


「何をするのだカケル! 追いつかれるぞ、おーろーせー!」

「だからじっとしろって! 舌噛むぞ!」


 すごく変な声でミーナは暴れているけれど、今は気にしている場合じゃない。

 そのまま俺は全速力でスピードに乗った。追っ手との距離を気にしつつ、脚を思い切り後ろに蹴る。

 風が突き抜ける、そんな感覚を全体で感じながら俺は走りだした。

 転ぶ気がしない。

 滑る気がしない。

 追いつかれる気がしない!

 ぐんぐん景色が後ろに流れていき、真後ろに迫っていた気配が遠のいていくのを感じた。

 右肩のミーナも異変に気付いたらしく、バタバタさせていた手足の動きが止まる。多分その顔は納得いかないという疑問いっぱいの表情をしているのだろう。


「……ふむ? カケル、速くなっていないか?」

「すまん、余裕ないから後にして! しっかり捕まっとけよ!」


 そして狭い通路の曲がり角。俺は減速することなくむしろ加速するくらいの勢いで角に向かう。

 コーナーに脚をかけた瞬間、思い切り体を斜めにして脚に力を加えた。横に軽く滑りながらもスピードは落ちない。ドリフト成功!


「Gが! 顔にかかるGがぁぁぁぁぁ!」


 耳元で叫ぶミーナのことは無視して、俺は追っ手の様子を尋ねた。


「距離、どんくらい!?」

「もうかなり離したぞ。お、脚を止めたようだの」

「このまま階段下るけどいいか!? いい隠れ場所がある!」

「構わぬ、ただコーナリング速度は下げてほしいのだ。顔にかかるGがすごくて、とてもじゃないが創作物のヒロインらしき顔ができぬ」

「小説だからいいんだよっ!」

「挿絵になったらどうするのだ! うわっ、Gが、Gがぁぁぁっ!」


 耳元の叫びをどうにか堪えつつ、俺たちは階段を下って行った。



 ミッション:倉掛駆を無事に脱出させる。

 進行率:40%

鬼才たちは惹かれ合う。

互いの才能を認め、さらに協力を意識する二人。


しかしやって来た最大のピンチ。

どう切り抜けるのか。

追い詰められた二人の元に、仲間の影。


暗躍のデリバリストういちょん、参上。


次回「非常階段まで届ける」


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