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第18話 夢の国に届ける 1



俺のロッカーに着ぐるみが入っていた。


「……………………」


ふわふわした三頭身のシルエット。

茶色っぽいもふもふした短い肢体。

大きな瞳と丸い腕が可愛さをアピールしている。

自分で入れた覚えはない。

……冬服として支給されたんだろうか。

季節は11月。そろそろ肌寒くなってきたので、ヒートテックを着込もうと思っていたところだ。この着ぐるみの中なら半袖半ズボンでも快適に過ごせそうな気がする。

ただ、いくら防寒対策と言っても……


「これはナシだな、うん」


そう結論付けずにいられなかった。

激しいアクションを必要とするデリバリストが着るには動きづらそうだし、こんなに目立つデザインは必要ない。

よってナシ。

とりあえず無視して制服に袖を通した時、何の前触れもなく男子更衣室のドアが開いた。


「カケルー、着替え終わったかの? むぅ、まだではないか」

「話が見えないんだが」

「心の目で見るのだ」

「心の目だって万能ではないはずだ」


あとここ、男子更衣室なんだけどな。裸になることはないとはいえ、ノック無しで入ってくるのはやめてほしい。

しかしそんな考えは御構い無しに、強引に俺の制服を脱がそうとするミーナ。

意図が見えない上にミーナが譲らない以上、俺に拒否権はない。

俺は「自分で着れるから」とミーナを制し、黙って着ぐるみに袖を通した。

予想通り温かい。しかし、快適ではなかった。

視界が予想していた以上に狭く、腕の自由が利かない。

足元は膨らんだお腹に遮られてまったく見えず、一歩踏み出すにも苦労しそうだ。

ゆるキャラの中の人って大変なんだなと思っていると、ミーナは「ふむふむ」と満足そうに頷いていた。


「うむ、サイズもぴったりなのだ。ういちょん、リンゴ」

「はいはーい。おお、お見事ですねー」

「へー、これがカケルねー。なりきってるじゃん」

「これなら次の依頼も問題なしですねー」

「うむ、どうしようと思ったが、なんとかなるのだ」


俺の知らないところで話が進んでいく。

おいてけぼりにされたくなくて、俺は着ぐるみの中から声をかける。


「一体何の依頼さ?」

「ふむ? ちょっと聞こえぬのだが」

「な、ん、の、い、ら、い!?」


大声ではっきり叫ぶと、着ぐるみの中で反響してぼわんぼわんと耳に響く。

諦めて頭を外し、直接尋ねる。

すると「とりあえずリビングに行きませんかー?」と卯衣に提案されたので、動きにくい体をミーナに先導されてリビングのソファにどっかり腰掛けた。

体が大きいので二人分のスペースを取ってしまう。

…………ていうか、今ここで着る必要はないよね?


「じゃあご説明いたしますー。実は次の依頼はこれですー」

「いや、伝票出されても今は受け取れないんだが」


こんな丸々した腕でどうやって受け取れと?

困っていると、横から伝票を取ったミーナが読み上げてくれた。


「配送住所:ローランドワールドパーク カートゥーンカントリー奥 ウサールのイースターパーティ内」

「ローランドワールドパーク……って、テーマパークか」


世界有数のエンターテインメントの国として栄えるニッポンには、多くのテーマパークがある。

その元祖と言えるのがローランドワールドパークだ。

その歴史は長く、俺たちが生まれる前から営業していたと聞く。

常に時代の最先端を行くサービスとパフォーマンス。

趣向の凝らされた大規模イベントの数々。

非日常の世界を創り上げるストイックな姿勢。

今も現役で年間100万人を来場させる、テーマパークの生きる伝説なのだ。


「そんなところも客なのか」

「はいー。それで運んでもらうのが、カケルさんの着ている着ぐるみなんですー」


卯衣の話によれば、この着ぐるみ(ピエールウサ、略してウサール)はパークの新しいメインキャラクターとなるらしい。しかし、急遽そのお披露目の日程が早まってしまったため、明日の夜までに届けてくれということだった。

それだけ聞けば何だ、普通の配送と変わらないじゃないかと思ったのだが……


「実は、二つほど厄介な問題があるんですー」


デリバリストに委託される配送が、普通のワケがない。

卯衣の説明は、それを思い起こさせるに十分過ぎるものだった。

まず一つ目の厄介な障害。

それはパークの裏方への立ち入りが厳しく制限されていること。

パークの裏方は守秘義務、秘密保護契約、企業秘密のオンパレードである。


「夢の世界を支える現実の部分ですから、見せたくないでしょうねー」

「勝手なことを言ってくるのう」

「ホント、向こうに都合良すぎない?」

「確かに勝手で都合は良すぎだけど……まあ妥当な判断だな」


配送はデリバリスト運輸に委託された。しかしパーク側にとっては、どこの馬の骨ともわからないような運輸業者である。経営側からすればそう簡単に裏方は見せられないだろう。

そして二つ目の厄介な障害。

着ぐるみを運んでいるところを見つからないようにして、ということ。

これも一番目と似たような理由だった。

夢の国の住人たちが「運ばれて」いる姿を目撃されてしまったら……


「雰囲気ぶち壊しね。あたしだったら金返せって感じ」

「それで済めばまだいいです。訴訟を起こされるかもしれませんよー」


ローランドワールドパークは雰囲気作りに力を入れていることで有名だ。

こちらの失敗を黙って見過ごすようなことはしないだろう。

バックステージへ入れない。

運ぶ姿を見られてはいけない。

この二つを両立させて配送するのは相当難しい。


「手詰まりじゃないか」

「そう思いますよねー? でも一つだけ、方法があるんですよー」


卯衣も悩んだようだが、担当者と交渉を重ねた結果、そのたった一つの方法……一つの妥協案に至ったらしい。

その妥協案とは……


「着ぐるみを『着て』運ぶのはオッケー、ということですー」

「……読めてきたぞ、それで俺にウサールくんを着せたのか」

「理解が早くてありがたいですー」


バックステージを通れない、でも運ぶ姿は見せられない。

それなら、堂々とその姿を見せながら運んでしまえばいい。

俺が中に入って目的地に到着すれば、配送は成功なのだ。


「いいんじゃないか、俺は受けるよ」

「そう言ってくださると思いましたー。すぐ手配しますねー」


そう言いながら卯衣は早速オペレーションルームに入って行った。


「カケル、ありがとうなのだ」

「無茶な要求はいつものことだろ。できる限りやってみるよ」

「ふーん、オトコマエなこと言うじゃん」

「ところでカケル、ローランドワールドパークには行ったことがあるかの?」

「いや。なんだかんだで近いと行く機会ないしな」

「あたしもなーい」

「意外だの。リンゴは年に一回は行ってそうだが」

「ほいほい、よく言われる。メルヘン過ぎてちょっとニガテなのよねー」

「我もないのだ……。未経験者ばかりだのう」

「んー。そんじゃ、ちょっと調べてみる?」


リンゴがスマホを取り出して検索してくれる。

公式ホームページには地図やイベントの予定が細かく記されていた。

それをミーナと俺とで覗き込み、こっちのアトラクションは面白そうだとか、この辺りは雰囲気が良さそうだとか話し合う。こうしていると、普通に友達同士で休日の予定を立てているような気持ちになるから不思議だ。

……と。

公式ページトップに戻ると「新着情報!」という文字がきらめいていた。

なんだろ、と言いながら卯衣がスマホを操作すると……


緊急決定!

明日、ウサールくんが正面ゲートから入場します!

カートゥーンカントリーの新しい仲間を見守ってあげましょう!


「……………………」

「……………………」

「……………………」

「カケルさーん、パークにはOK出しまし……どうしました?」


転んでもタダでは起きない。

そんな商人魂をローランドワールドパークに垣間見た瞬間だった。



★★★★★★★★★★



土砂降りになればいいのに、という願いむなしく配送当日は晴れだった。

俺の人生の中で五本の指に入るほどの晴天。

よりによって今日なのか。遠足の日は全然晴れなかったのに。


「客寄せパンダってこんな気持ちなのかな……」


俺は丸々とした自分の腕を眺めながらため息をついた。

ちなみに今、俺はミーナと移動中。ウサールくんの着ぐるみを着ている。

ミーナはローランドワールドパークのスタッフ衣装に身を包み、ブルートゥースで今後の予定を卯衣と打ち合わせしていた。

もうパーク内で待機している卯衣の話によれば、現場はすごい盛り上がりらしく「人の波で酔いそうですー」とのこと。

無理もない。昨日、すぐローランドワールドパークにテレビの取材が入ったらしく、全国放送の夕方ニュースで「ウサールくん、日曜日に仲間入り! 初お披露目は正面ゲートで!」と大々的に放送された。その後、Yah◯o検索上昇ワードにランクイン。Twi◯terではウサールくん関係のつぶやきが次々にリツイートされたようだ。

想定外の出来事をイベントに変えて客寄せする手腕は「鮮やか」の一言である。

しかし……何の断りもなしに、客寄せに使われるのは納得がいかない。

新聞の広告に「倉掛駆、大安売り!」と書かれたような気持ちである。


「ここまでされれば、こちらも好き勝手するのだ」

「だな。こっちだって徹底的にしてやる」


だから俺たちだって、好きにやらせてもらうことにした。

ド派手な登場になってしまうが、それもパークの演出だと思ってくれるだろう。


『カケルさんー、そろそろ準備してくださいねー』

「オッケー」


言いながら着ぐるみの頭をかぶる。ブルトゥースはデリバリスト運輸のメンバー全員と繋いであるため、小声でも十分連絡が取れるようになっている。


『こちらリンゴ。それじゃ、降ろすわよー』

「頼むぞ、リンゴ」

『こちらミーナ。我も準備するのだ』

『卯衣ですー。二人とも気をつけて降りてくださいねー』


その会話を最後に無言になり、リンゴが操縦する機体の高度を一気に下げるのを感じた。ある程度まで下がったところで、ドアの開く音。続いて聞こえてくる音は……


バラバラバラバラバラバラ!


懐かしのバラバラ音。

俺たちはリンゴの操縦するヘリで登場するのだ。

昨日の話し合いの段階で「やり過ぎじゃない?」と意見は出た。しかし、電車やバス、車で移動すれば騒ぎになるし、どのタイミングで俺が着替えるかの問題もある。結果ヘリでの登場がベストだということになった。

最大の理由は、パークに対する当てつけなのだが。

そう思っていると、ヘリ全体に軽い衝撃。予定通りパークすぐ横の広場に着陸したようだ。


『こちらリンゴ。着いたわよー。じゃ、いってらっさい』

『こちらミーナ。カケル、騒ぎが大きくなる前に急いで出るのだ』

「おうよ。リンゴ、また後で」

『ほいほい、せいぜいケガしないように気をつけなさいよね』


ミーナに先導されながらヘリを降りて、すぐにリンゴを去らせる。後でもう一役かってくれる予定なのだ。

急にヘリが離着陸したのと、俺の姿が見えたのとでかなりの注目を浴びてしまう。突然のウサールくん登場にざわめく広場。家族連れが何組も駆け寄ってくるのが何となくわかった。ベタベタと身体中を触られているのが、着ぐるみの中からでもわかった。


「すみません、通してくださいー」


大勢の人が駆け寄ってくる中、ミーナがよそ行きの口調でかき分け、先導してくれる。さすがミーナのパワーだ。俺を中心に集まってくる子供大人をうまくさばき、ぎゅうぎゅうと押される圧迫に負けず押し返して少しずつ進んでいく。

動きづらく、視覚による情報が制限された中なので、この先導はとてもありがたい。

おかげで、すぐローランドワールドパーク正面ゲート近くまで行けた。事前に告知されているだけあって、待ち受けている人数も相当のもの。

しかし、ここまでくればカタツムリと同速度で動いても時間内に入場できる。

ヘリ移動とミーナのパワーが功を奏した。


「こちら、カケル。正面ゲート前に到着した」

「こちらミーナ。あと一時間もあれば余裕で入場できるのだ』

『リンゴよ。今、バイクで向かってる。カケルたちよりは早く入場できそう』

『卯衣ですー。パーク内も人が多いから要注意ですよー』


細かく状況を確認し合い、慎重にことを進めていく。

デリバリスト全員が出動しての配送は初めてとのことだ。

ちょっとした期待と少しの不安を着ぐるみに込めて、俺はパークの門をくぐるのだった。



★★★★★★★★★★



「結構、やるじゃないか」


そこは何千人もの人が集まる、ローランドワールドパークの正面ゲート。

ただ一人、そうつぶやいた少女だけは窮屈さを感じさせない様子で人をひょいひょいと避けていた。

いや。

人が……勝手に避けていくのだ。

まるでその少女を「いないもの」として扱うかのように。

実際、周りの客は彼女に気づいていない。

完全に気配を殺す能力を持つ彼女に、それくらいは朝飯前のことだった。


「まさかへりこぷたーで運ぶとは。常識はずれな……」


切れ長の目が、着ぐるみとそれを先導する少女を捉えていた。

一瞬だけ彼女の気配が一般人レベルに戻る。

その時……客をかき分ける秋月美奈が少女の方を振り向いた。

人ごみの中で目があったのは、偶然か。

それともお互いに感じるものがあったからか。


「…………ふむ?」

「…………ふん」


どちらにせよ、二人のコンタクトは一瞬だった。

一瞬で十分だった。

……さすが、ぼすが警戒するだけある。

そんな印象を持った彼女は、すかさず気配を消して人混みに紛れた。


「………何だったのかのう?」


不思議そうに首をかしげるミーナから離れつつ、彼女は携帯電話を取り出した。

ちなみに彼女は肩までの短いポニーテールに、灰色のマフラーを巻いている。

顔立ちの整った古風な日本美人だからだろうか。

現代機器が似合わない。


「もしもし、ぼすですか。はい、姿を見ました」

『そう。なかなかやりそうでしょう?』

「はい、油断は大敵かと」

『引き続き追って頂戴』

「かしこまりました、ぼす」

『ふふ、千鳥。あなたも張り切っているみたいね』

「そんなことは……」

『隠さなくてもいいわ。何かあったら手伝ってあげなさい』

「御意」

『……ところで千鳥。何も目立つようなことはしていないわね?』

「はい、しっかりと気配を殺しています」

『じゃあ、あなたが今身につけている物を上から順に報告しなさい』

「大したものは着ていませんが……うさみみ、マフラー、忍しょうぞーー」

『一発目からおかしかったわね。外しなさい』

「……………仕方ない(ぎょい)

『ちょっとした抵抗をルビで表すのはやめなさい。それじゃ』


携帯電話を懐にしまい、うさみみに手を伸ばす。

しかし余程気に入ったのか、ちょんちょんと突いただけでその手を引っ込めた。

彼女は自分の任務を思い出し、改めて切れ長の目で配達中の二人を見つめる。

無駄が多い。

誰も傷つけないように、なんて甘い考えを抱いているから、無駄を省くことができないでいるのだ。

いずれは必ず、その甘さが裏目に出る。


「………まあいい」


実際、彼女が手伝えばこんな配送、一瞬で終わる。

しかし今は黙って見守ることにした。

こんな時でもないと、他の支部の同業者(デリバリスト)を見る機会はないのだから。


「お手並み拝見といこうじゃないか。とーきょーえりあ」


彼女の影とうさみみはゆらりと揺れて、人混みに消えていった。



ミッション:テーマパークに着ぐるみを届ける。

進行率:30パーセント


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