第16話 大金を届ける 1
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俺がデリバリストになってから、早いもので4ヶ月が経った。
俺が入り、望さんがリンゴになり、こうしてデリバリスト四人。
卯衣の言葉を借りると「賑やかになりましたねー」とのことだが。
「ちょっと、カケルにベタベタしないでよ」
「そういう望もやり過ぎではないかのう?」
「なーによー。あたしは幼馴染だからいいんだもーん」
「じゃあ我はカケルの上司だから構わぬのだ」
「職権らんよー」
「設定を盾に不埒なことを迫る望に言われたくないの」
「ていうかさー。あたし、もう望じゃないんだけど。凛子、望月凛子よ」
「名前など今はどうでもよい、リンゴ!」
「ちょっとー、リンゴって呼んでいいのはカケルだけなんだから」
「なにゆえ、少しも凛としておらぬお主を『凛子』と呼ばねばならぬ!」
やはりミーナとリンゴは相性が悪かった。
始まりはソファの席争い。リビングには2人掛けのソファが二つあるので、ミーナとリンゴのどちらが俺の隣に座るか争っているのだ。
最初はちょっとした口ゲンカくらいで済んでいた。
しかし、卯衣の発言が状況をよりややこしくする。
「詰めて座れば三人でも座れますよー」
「「その手があったか!」」
ダメだ、この三人。
一人でも対応に困るのに、三人寄れば手がつけられない。
卯衣の入れ知恵で二人が動くから、もう卯衣が三人いるのと同じである。
痛み分けみたいな結論に至った俺たちだが、結局、やれベタベタするなだの、やれ胸を押し付けるなだの言い争いになり、結局最初の口ゲンカよりも加熱してしまった。
……ていうか、真ん中の俺を無視してヒートアップさせるのやめい。
俺は仕方なく席を立って、卯衣の横に腰をかけた。
「あれー、カケルさん。わたしに乗り換えですかー?」
「卯衣、仕事の話だろ? 俺一刻も早く仕事したいなー!」
正確に言うと「早くここから出て行きたいなー」である。
「はいはい、カケルさんったらワーカーホリックですねー」
ミーナとリンゴのいがみ合いが落ち着いたところで、卯衣は伝票を出した。
「今回は書き留めですねー。お金を運ぶので要注意ですー」
「ふむ、珍しいの。カケルは経験済みか?」
「一般の頃はよくあったよ。現金も運ぶことはあった」
「あたしもバイク便のバイトしてた時はやったわよー」
「お主には聞いておらぬ」
再び火花を散らす二人を遮って、俺は卯衣に申し出る。
「俺、行くわ」
「いいんですかー? 足の怪我、完治してないですよねー」
「そうよ、違和感なくなるまで結構時間かかるわよ」
先日バイクで負った怪我は、まだ足に少しの痛みを残していた。一応医者に診てもらったが大事には至らず、しばらく激しい運動を控えれば治るとのことだ。
「家が変じゃなければなんとかなるだろ。それに、動かない方が悪化する」
「そうですねー。リハビリがてらお願いしましょうかー。じゃあ今回の付き添いは……」
「我がっ!」「あたしっ!」
「……………………一人で行くわ」
そんなことを自主的に言わないといけない男の悲愴が伝わると嬉しい。
しかし卯衣は首を横に振った。
「そう言いたいのは山々なんですけれど、お金が関わっているので一人では行かせられないですねー」
お金となれば信用に関わるし、失敗して受けるダメージは大きい。
人数を増やしてリスクを分散するのは懸命だと思った。
でもさ……。
「我がいればカケルに不自由はさせないのだ!」
「あたしがバイク走らせればひとっ飛びよ!」
「『やめて、俺のために争わないで!』」
「勝手にアフレコすんな、卯衣」
卯衣をたしなめながら、そう遠くない未来予想図を描く。
個人的には……派手なアクションなしで足になってくれるリンゴ。
ただし、そうなればミーナの怒髪が天を突くことは請け合いである。
逆も然り。ミーナを選べばリンゴが不機嫌になって、俺の足をアクセルに見立ててグリグリしてくることは目に見えている。リンゴなら何のためらいもなく、怪我している足を狙ってくるはずだ。
どっちを選んだって俺の精神衛生にはリスク大である。
「カケル! 早く選ばぬか!」
「カケルーの優柔ふだんー!」
ぐいぐいと迫ってくる二人。
しかしどっちを選んでも将来は暗い。
前門の眠れる獅子、後門のバイク乗りである。
結局決めきれずにだんまりを決め込んでいると……
パシン、と。
卯衣が自分の手を叩いた。
「はいはいそこまでー」
「ういちょん、邪魔するでない!」
「空気読みなさいよ、深渡瀬卯衣!」
「お仕事をスムーズに行う邪魔をしているのはミーナですし、空気を読まずに選択を強要しているにはリンゴさんではありませんかー?」
「むうっ……」「うっ……」
心当たりがあるようで、二人とも悔しそうに唇を噛む。
二人の勢いが削いだところで、卯衣は満足そうに頷いた。
「このままではラチがあきませんから、今回はわたしが同行しますー」
「えっ?」「ふむ?」「はぁ?」
「…………なんですか、その失礼な三重奏」
「いや、だって…………」
ーーあなた、引きこもりでしょ?
「失礼ですねー。わたしはただ、外の世界よりインターネットの世界の方が好きで、そこを自分の住処にしているだけですー」
ーー要するに引きこもりですよね?
「そもそもわたしたちは何を持って引きこもりと言うのでしょうかー? 外に出ない赤ちゃんも引きこもりですか? 外に出る間も無くデスクワークに勤しんでいる人は引きこもりですか? 違いますよねー。じゃあわたしだって引きこもりというワクに縛られはーー」
ーーい、い、か、ら、み、と、め、ろ!
「はい、引きこもりですよー! 学校なんて! 職場なんて! ネット上でのわたしこそ、本当のわたしですー!」
見事な開き直りを見せる卯衣だったが、俺は少し安心していた。
今のミーナはリンゴに触発されて何をするかわからないし、リンゴはリンゴでここぞとばかりに俺に猛アピールを続けてくることが予想される。
ときめく要素ゼロの卯衣なら安心して一緒にいられるのだ。
「失礼な氣を感じましたー」
「氣功まで読めるのか」
「引きこもりですが、氣功準二級ですからねー」
「凄さの感覚が伝わってこない……まあ、よろしく頼む」
「はい、明日は空けといてくださいねー」
両成敗的な判決に不服そうなミーナとリンゴだったが
「ういちょんの決定なら仕方ないの」
「ま、ミーナに横取りされなかっただけ大吉ね」
二人とも諦めたようにため息をつくのだった。
一つ気になって、卯衣に尋ねる。
「ところで……現金書き留めって、いくら?」
「はいー。一億円ですー」
「……………………はぁ!?」
机の下から出てきたジュラルミンケース。
それを恐る恐る開けると……
諭吉、一万人と目が合う。
学問をすゝめ過ぎだ。
「大金運びは早いうちに経験した方がいいですよー、きゃは♪」
骨折は十代のうちにしておいたほうがいいよ、みたいなノリで言われて。
俺は一億円を運ぶことになった。
★★★★★★★★★★
俺は小心者である。
子供の頃からずっとそうで、特にお金の管理はかなり慎重だった。そのあたりはリンゴに聞けばたくさんのエピソードを思い出させてくれるだろう。
今でも俺は財布に五千円以上入っていると、誰かに狙われている気がして仕方なくなる。道行く人すべてが俺の財布を狙っているような気がするのだ。
そんな人間に現ナマ一億円持たせてみろ。
「……………………はぁはぁ」
ガッチガチの挙動不審になるから。
金曜放課後。デリバリスト制服を来て、直接待ち合わせ場所の駅に行った。駅は帰宅ラッシュの時で、大勢のサラリーマンや学生が改札から降りてくる。俺は時計を気にしながらボストンバッグに入れた一億円をぎゅっと抱きしめた。
そわそわしている自覚はあるがどうしても止められない。
今この場で職質されようものなら、一億円を何に使うか聞かれるのは確実。だから自然に振る舞おうとして余計に怪しくなって、最終的に自然とは何かを忘れている自分がいる。
「早く来てくれよ、卯衣。間が持たないって……」
配達能力の一番低い卯衣にすら頼らざるを得ない俺。
人いっぱいプラス金いっぱいで、俺自身もいっぱいいっぱいなのだ。
想像上の恐怖と戦いながら挙動不審を続けていると、ようやく卯衣の姿が見えた。こちらに手を振って来る。
「お待たせしましたー。ちゃんと持ってきましたかー?」
「……おうよ」
確認を取る卯衣の服装は、支部で事務をしている時と比べてかなり地味だった。
ていうか、ジャージである。
冬場は寝巻きとして重宝しそうな、暖気性だけを重視しそのためにデザイン性を犠牲にした干物女御用達スタイル。
公衆の面前でそれを着ている。
パジャマフェチの俺でも、さすがにこのシチュエーションにはぐっとこなかった。
「目立たない服装がいいと思いましてー」
「人混みだと逆に目立つだろ……」
「仕事以外だといつもこんな感じですよー」
「驚きの干物女ぶりだな。……行くぞ」
「あーん、待ってくださいよー」
歩き出す俺の後ろをついてくる卯衣。すぐ並んで歩き出すと思っていたのだが……
スタスタスタスタ……(俺)
ぺた……ぺた……ぺた……(卯衣)
「……………………」
「……………………ま、待ってくださいよぅー」
……遅い。
運動神経ゼロとはいえ、遅すぎる。
俺が五歩歩く間に一歩しか進んでいない。
ちなみにミーナはこのペースでも全然ついてくる。
仕方なくペースをガクッと遅くして、俺が卯衣の後ろを歩くフォーメーションを取った。
慣れないゆっくりと歩きで足に負担がかかったのだろうか、時折ピリッとした痛みが走る。やっぱりもう少しリハビリした方が良かったかな……。
「カケルさん。足、だいじょぶですかー?」
「…………カンいいな」
「オペレーターですからー」
笑いながら俺の左足を指差す卯衣。
オペレーションルームにいようと現場にいようと、鋭いことに変わりはなかった。
「歳のせいかな」
「そんなことありませんよー。右足だって同い年のはずですー」
「そういう意味じゃねえよ」
「体のパーツとカケルさんとが同い年なら、当然カケルさんのムスコ……」
「黙れやあぁっ!」
大通りで大声出してしまった。
ミーナは寝姿がエロい。
リンゴはカラダがエロい。
そして卯衣は、思考回路がエロい。
……なんてピンクな職場だよ。
次下ネタ言ったら置いてきぼりにすると約束して、俺たちは配送場所に向かう。俺なら歩いて五分もかからないところだ。卯衣のペースだからかなり遅いけれど。
そんな、ゆっくりペースを保っていたせいだろう。
駅を出たあたりから、俺はある人物たちの視線に気づいていた。
「じーっ」
「……………………(じーっ)」
身長145センチくらいで白のワンピースにカーディガンを合わせた女の子。
黒いライダーススーツにフルフェイスヘルメットをかぶり、デカいバイクに乗っている人物。
……ミーナとリンゴである。尾行してきたらしい。
俺がいないと普通に仲良いじゃん。
二人の意図は簡単に読み取れた。
「わたしに妬いているんですかねー」
「卯衣も気づいた?」
「支部を出る時からそわそわしてましたからねー」
「探偵にはなれないな」
「はじめてのお◯かいのカメラ持ってる人みたいですねー」
俺、デリバリスト制服。
卯衣、ジャージ。
ミーナ、白ワンピース、ヘルメット。
リンゴ、ライダース、フルフェイス、750。
誰も職質されずに大通りを渡れたのは、もう奇跡である。
「この通りを一歩入って真っ直ぐ行けばすぐそこですよー」
「ここで職質だけは避けたいな……」
大金持ったまま裏路地に入るのは勇気がいるが、普段の配送に比べて楽は楽である。
このまま警察にだけは気をつけていけば問題はない。
そう思って路地に足を踏み入れると……。
「はは、ハハハ……あの時クロに賭けていれば……」
「誰かー、金を貸してくれー。三倍にして返すぞー」
「一生懸命訴えて、この市に、縁もゆかりもないッヘエ市民の皆さまに、選出されて! やっと! 議員に! なったんですううー!」
今回は無理かもしれない。
ていうかあんた、ここにいたのか。
裏路地は表と正反対でかなり荒んでいた。あたりに散らばった競馬新聞、ゴミの山、タバコと酒の臭い。そしてキレッキレの謝罪を見せる県議は別として、覇気を失いただうめくだけの大人たち。
表とはまるで別世界だった。
「このあたりは競馬場、競艇場、パチンコ街、違法カジノなどの施設がいっぱいありますからねー。この路地は、裏世界の墓場と呼ばれていますー」
「この先に……届けるのか? こんな大金むぐうっ!」
言っている途中で口を塞がれた。
「しっ、です。お金を持っていることを知られれば何されるかわかりませんよー」
「す、すまん」
そりゃそうだ。
裏路地から一歩引き、町の隅で卯衣と相談する。
「何にせよ、いつもの配達と同じくらい危険だな」
「そうですねー。どうしましょうかー?」
「一番いいのは突っ切ることだけど、そんな足早に行ったら逆に注目されるかもしれないしな」
「じゃあ……アレ、使います?」
「アレ……?」
卯衣が小さく指差す方向にいたのは……バイクに乗った怪しい二人組。
軽く演技指導を受けた後、俺は少し大げさにため息をついた。
「どうしよー。足も痛いし人がいっぱいいるし、卯衣をかばいながら配送できないなー」
「せめてあの人だかりをどうにかできればいいですねー」
「だなー。誰かステキな女性が現れて、この通りを進みやすくしてくれないかなー」
「そんな人そうそういませんよー」
「でも、もしいたら頭ナデナデするんだけどなー」
猿芝居を終えて卯衣に耳打ちする。
「…………わざとらし過ぎないか?」
「でももう二人ともどこか行きましたよー?」
「さすがに気付かれて帰ったかな……じゃあ仕方ないけどーー」
『ここを退くのだああああああああっ!』
『ボサッとしてると轢くわよおおおおっ!』
続いて聞こえてくる、暴力的な音とバイクのエンジン音。
きっと路地の向こうでは、二人の美女が無双しているところだろう。
しかしこの悲鳴と喧騒はまるで……
「オヤジ狩りか?」
「何かあったら法務部がもみ消しますのでー」
バイオレンスな音が止むのを待って、俺は路地裏を覗き込む。
マイナスオーラをまとった人々も、元県議もいなくなっている。
散乱するゴミ山と、深々と刻まれたバイクのドリフト痕が気になったが、さっきもこんな感じだったと思い込むことにした。
卯衣を呼んで目的地に向かって歩き出す。
いやー、なんていうか。
「今回ラクだなー」
ポンポン展開していくわ。
ミッション:一億円届ける。
進行率:40パーセント




