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第15話 幼馴染と届ける

 少し、俺の昔話を挟ませていただきたい。

 俺とリンゴの出会いを紐解こうと思えばもう10年も昔まで遡らないといけないことに軽く衝撃を受けたけれど、サバサバ系で忘れっぽいリンゴはともかく、俺はその出会いを昨日のことのように鮮明に記憶していた。

 ワケあって児童養護施設に入らざるを得なくなった俺を、周囲の大人以上に優しく迎えてくれたのが、俺より二才上の当時9才のリンゴこと望月凛子だった。

 リンゴは決して孤児ではなく、俺たちの世話のために来てくれた望月さんの家の長女。放課後は毎日会いに来てくれたのを覚えている。

 孤児の俺と一般家庭の箱入り娘ということで、大人たちは喧嘩するのではないかと心配していたが、意外にも俺とリンゴは気が合った。というのも、リンゴは「宅配便のお兄さんになりたい!」という俺の夢を積極的に応援してくれる唯一の存在だったからだ。

 ずっと同じ思い出を共有して、以心伝心だった俺は薄々リンゴの好意には気づいていたけれど、恥ずかしがり屋なところとその時からやっぱり自意識過剰だったのとで、俺は知らないフリを続ける。

 俺は中学生に、リンゴは受験生になった時のこと。


『カケル、好き』

『うん?』

『だから、好きだって』

『何を?』

『気づきなさいよ! …………カケルを、よ』

『ええっ!?』

『手紙書いたから。読んで。返事、遅れたら許さないんだから』


 ドキドキが止まらなくて、しばらくリンゴが頭の中から離れずに何も手に付かなかった。きっと俺もリンゴのことを好きだったんだと思う。何もなければしばらく考えた後でOKを出していたはずだ。

 ……でも、起きた。

 当時俺のいた児童養護施設の経営が苦しくなり、俺をはじめとして数人が他の施設に移動することになったのだ。

 俺はリンゴに何も言えなかった。ラブレターは嬉しかったけれど、今も大事に保管しているほど嬉しかったけれど、俺は答えを出せなかった。

 リンゴからに手紙を受け取って一週間後、俺は『倉掛さんの家』に移る。

 以来、リンゴには手紙一通すら書いていなかった。



 ★★★★★★★★★



「カケルー、聞いておるかの?」

「…………え? あ、ああっ! ごめん!」


 思い出に浸ること大体五分。俺は隣に座るミーナに頰を突かれて現実に戻った。

 ハッとして周りを見回すと、心配そうな顔のミーナと呆れ顔の卯衣、そして目の前の席に座っている望さん……のフルフェイスが映った。

 俺が記憶の世界にトリップしていたのには、正当なワケがある。

 目の前に座るサバサバ系女子、望さんの中の人のせいだ。

 衝撃的な再会をした後、リンゴは何事もなかったかのように望さんに戻ったのだ。あれ以来、会話らしい会話を交わしていない。スケッチブックを通して事務的なことを何度かやり取りしただけだ。

 奇跡的に顔も声も似ているソックリさんかと思ったが、それにしては人格と行動が俺の頭の中のリンゴと完璧に合致していた。

 唯一の違和感と言えば、何も話してくれないことくらいだが。

 ……しかしその一方で。

 困ったことに、まったくの無干渉というわけでもないのだ。


「カケル、気分でも悪いかの? 体調管理も立派な仕事なのだ」

「あ、おいっ……」


 制止を振り切り、自然に俺のデコに手のひらを当ててくるミーナ。ほんのりと温かい感触が、額の皮膚、血管、体全体、心へと順番に浸透していく。

 デリバリスト支部ではよく目にするスキンシップの一風景。俺もすっかり払いのけるのに疲れ、黙認という形で妥協していた。もう慣れっこである。

 しかし今回、いつもと違う点があるとすれば……


 ぐりぐりぐりぐりぐりぐり……


 俺の足がリンゴに踏まれていることである。

 テーブルの死角で、ひねりを加えながらぐりぐりぐりぐり。

 爪先だけでは気が済まなかったのか、カカト全体でぐりぐりぐりぐり。

 ……痛い、マジで痛い。

 アクセルを踏み慣れているだけあってすごいパワーだ。

 デリバリストの資本が足だってことを完全に無視している。

 助けを求めるようにリンゴを見つめるが、フルフェイスに阻まれて表情は見えない。しかしそこは離れていても幼馴染。テレパシーのようにリンゴの言いたいことは伝わってきた。


『何デレデレしてんのよ!』


 と。

 ツリ目をさらに吊り上げて怒るリンゴの顔が、フルフェイスに滲んだ気がした。

 ……修羅場だ。こんな身近なところに修羅場がある。

 こういう状況を楽しめる上級者がいると聞いたことがあるが、俺には無理だった。

 だからミーナが「熱はないのう」と言って手を話した瞬間、ほっと息をついてしまった。

 同時にリンゴのカカトが俺の足から離れて……


「おデコ同士の方がわかりやすいかの?」


 グリイイイッ!


「痛い、やばい、痛いって!」

「カケル?」「カケルさん?」

「い、いや、ちょっと筋肉痛で! あははは……」


 ミーナの顔が目の前にあって、リンゴの荒ぶる足が俺の足の上にある。

 ……天国と地獄だ。こんな身近にクラシックな現実がある。

 慌ててミーナから離れて必死にごまかす。

 そうしながらも、疑問に思わずにいられなかった。

 リンゴ……こいつ、何が目的なんだ?

 俺と知らない仲ではないというのに、だんまりを決め込む。

 そのクセに、ミーナや卯衣と俺が仲良くしていると過剰反応する。

 二重人格か?

 ……いや。

 少し考えて、あり得ないと結論する。

 リンゴは勝手気ままで、自由を愛する性格だ。時代が時代なら盗んだバイクで走り出すくらいのこと毎日している。誰にも縛られたくないと考えていたリンゴは、自分が別人格に支配されることなど決して望まないはずである。


「ミーナ、スキンシップもほどほどにして、ミーティングを続けますよー。もう明日が本番なんですからー」

「うむ、そうするのだ。カケル、体調が悪ければ早めに言うのだぞ?」

「あ、ああ……うん! 段取りをもう一回確認しよう!」


 卯衣、グッジョブ! 何とか話を切って足を守ることができた。

 すべての元凶であるリンゴは何事もなかったかのように卯衣の説明に耳を傾けている。リンゴを視線で非難するが、黙殺されてしまった。


「それでー。明日の荷物受け渡しは、2キロ続くこの直線で行うことになってますー。2キロといっても時速120キロの速さでは1分で通過してしまうので、本番になってモタつかないように注意ですよー」

「俺がリン……望さんの後ろで待機してキャンピングカーに追いつく。それで車のドアを開けてもらってから、キャンピングカーの中に入ってすぐに望さんのバックシートに戻る、と」

「はい、何度も練習していましたから完璧ですよねー。命だけは落とさないように気をつけて配送してくださいー。集合は13時ですー」


 環状ラインはその名の通り環の形をしているため、直線が長く続く道は多くない。卯衣と検討を重ねた結果、この直線以外は実際的ではないと結論付けたのだ。


「それでは何か質問はー? …………無いようなので、これでミーティングは終わりですー。それではまた明日!」

「おうよ、お疲れ」

「頑張るのだぞ、カケル、望」

「……………………(コクコク)」


 ミーナの言葉に頷くリンゴの姿を横目に、俺は更衣室に入った。

 結局、リンゴは今も望さんのとして仕事を続けている。

 ……言いたい。

 でも俺とリンゴの関係を知られたら、いろいろ面倒なことになりそうだ。

 ミーナや卯衣に聞かれたくないことが多すぎる。

 どうして俺が孤児になったかとか、運送の仕事をしようと思った理由とか、俺が性に関しては早熟で恥ずかしいことをしていたとか……。

 人質を取られているような気分だ。

 だから、リンゴが口を閉ざしているのは決して悪いことではない。


「大人になれ、大人になるんだ……」


 仕事仲間が偶然、幼馴染のお姉さんだったと思えばいい。

 割り切ってしまえ! 考えても仕方ない!

 そう言い聞かせると少し気分が楽になった。


 だから……………………。


 更衣室を出たところにリンゴがいて。

 ちょっと周りを気にしながら小声で


「カケル、この後ちょっと時間ない?」


 とアタック(?)された時は、もう何が何だか分からなかった。

 ……………………おうよ、って言っちゃったけど。



 ★★★★★★★★★★



 デリバリスト支部から少し離れたハンバーガーチェーン。

 その二人席で俺とリンゴは向かい合っていた。俺は学生服でリンゴはライダーススーツ。目立つから着替えてよとお願いしようとしたが「今これしかないんだもーん」と先手を打たれてしまった。

 席について落ち着いてから、俺は一番気になっていることを尋ねる。


「……それで、何が目的なんだよ、リンゴ?」

「目的? 目的って入国審査で聞かれるヤツ?」


 Lサイズポテトをもしゃもしゃ食べながら、リンゴは独特の感性を披露してきた。

 俺が黙殺するとリンゴは「そーねー」とちょっと考えるような仕草を見せる。


「ていうかさ。先にデリバリストになったのはあたしなんだから、目的も何もないでしょ。お給料良かったからじゃダメ?」

「じゃあ何で素顔を隠すんだよ?」

「別に正体とか隠すつもりなかったんだけどさ……。秋月美奈と深渡瀬卯衣が『素顔は出さない主義の人だ!』って勝手に盛り上がっちゃって、顔出ししたくてもできない雰囲気になったのよ。ま、あたしはそれでも構わないけどさー」

「相変わらずサバサバ系だな……。それでデリバリストになったと」

「ほいほい、カケルは後輩なんだから然るべき敬意を持ってよね」

「今更俺とリンゴの間に敬意って……。年の差なんて感じたことないし」

「それもそーね。ポテト食べる?」

「ああ、一本もらう………………ほっ」


 しばらくまともに会話できなかっただけに、調子を取り戻してホッとした。それはリンゴも同じようで表情から安堵が読み取れる。

 一度会話が続くと、五年も離れていた間柄だ。話すことはたくさんある。

 俺がいなくなってから養護施設の様子とか、同じ部屋にいた家族のその後、リンゴが高校卒業後ありとあらゆる乗り物の免許を取った話や、デリバリストにスカウトされるまでの話など。一通り聞いた後で俺が持った印象は「ずいぶんと濃い人生だな」だった。

 と、話は俺の方へ流れてくる。


「カケルは? 何か変わったことない?」

「三ヶ月一緒に仕事してたんだから、うっすら知ってるだろ」

「まーねー。夢、叶ってよかったじゃん」


 夢、というのは配達員になれたことを言っているのだろう。ていうか、物心ついた時から「将来の夢は?」という質問に「宅配便のお兄さん」か「配達員」以外の答えを出した覚えがない。


「宅配員になるって、そんな狭き門じゃないだろ」

「でも結局デリバリストになったじゃん」

「偶然だよ」

「そーでもないわよ。あたし、秋月美奈が何百人の資料を調べて誰をスカウトするか悩んでたの知ってるし。その中で目に留まるってすごいじゃーん」

「おかげで命の危険を何度も犯してるけどな」

「カケルならそう簡単に死なないでしょ?」

「縁起でもないことを……」


 冗談めかして言ったのだが、自分がそんなすごい倍率をかいくぐってスカウトされたとは思わなくて軽く衝撃だった。

 ……待てよ。

 確かに俺がミーナからスカウトされた時に……。


「もしかして、俺が前の職場から脱出する時にリンゴが手伝ってくれたのって……」

「そ、カケルがスカウトされたって聞いたから。慌ててヘリ出したわー」

「身内びいきかよ」


 デリバリスト業に協力的ではない望さんが自ら出るなんて珍しい、とミーナも卯衣も不思議がっていたが……。

 こんな舞台裏があったのか。


「じゃあ俺たちが本当に再会したのって、あのヘリの中だったのか」

「そーねー。何も言えなかったけどさー」

「本当だよ、すぐ言ってくれればよかったのに」

「何話せばいいかわかんないじゃん。黙っておくのが大吉だと思ったのよ」

「だな、何も言わぬが吉だ」


 二人して似たようなことを言って笑いあう。元は俺の口癖だったのをリンゴがマネて「大吉」と言い始めたのが始まりだ。リンゴいわく「大きい方が良くない?」とのこと。

 そのやり取りを最後に会話が途切れる。

 リンゴとの会話で沈黙してしまうのは珍しいことだった。リンゴがずっと話して俺がずっと適当に返事をして、昔は一時間でも二時間でも平気でやっていたからだ。

 沈黙が気味悪くなったのか、リンゴは「ねえカケル」と身を乗り出してきた。

 自由さがウリのテキトー口調に一割の真剣さが混ざる。


「カケルはさ……わたしの夢、覚えてる?」

「リンゴの夢、確か…………」


 目を閉じて昔を思い出す。

 俺が昔から配達員になりたかったのと同じように、リンゴもずっとバイクが好きだった。オモチャの大半はバイクで、テレビ番組はアニメよりもバイクレースの中継をよく見ていたし、ショッピングモールに行ったら必ず「バイク見にいこうよ」と俺の手を引っ張っていたのだ。

 そんなリンゴの夢だ。一貫性があったから当然覚えている。


「確か『モトGPに出場して優勝する』だったな」

「……ぶー、ハズレ」


 あからさまに不服そうな顔をされた。

 おかしいな、確かに「モトGP」というバイクレースの単語を聞いた覚えがあったのだが……。


「もー、カケルったら全然ダメじゃん」

「申し訳ない」

「ほいほい、そこまで強く期待してなかったからいいけど」


 大して気にしていなさそうな素振りで手をひらひらさせる。

 しかし俺はこのジェスチャーの意味を知っている。

 ちょっと寂しいけれど、寂しいと言えない時の仕草なのだ。

 こう見えてリンゴは繊細なのである。


「思い出したら言ってよ。忘れられっぱなしもシャクだしー」

「わかった。必ず思い出すよ」

「いーよ、あんまり期待してないし。……ま、こんなダメダメカケルでも、昔のよしみで仲良くしてあげるわ」

「助かる。それはそうと、明日の仕事だな」


 望さん状態ではできなかった細かい打ち合わせをしばらく続けて、俺たちは店を出た。

 店に入った時のぎこちない感じが嘘のようにスマートに出られたと思う。


「送っていこうか? カケルの家も見たいし」

「サンキュー、そうしてくれると助かる」


 リンゴはヘルメットをかぶりながら別のヘルメットを俺にパスしてきた。

 バイクの後ろに跨ってリンゴの準備が整うのを待っていると、ふと一週間前の事件を思い出した。

 悲しいかな、男のサガであの感触は覚えている。

 ていうか忘れるわけないでしょーが!


 ぐりぐりぐりぐり…………


「……リンゴさん、俺の足はアクセルでもブレーキでもないです。仕事中でもプライベートでも控えていただけると嬉しいのですが」

「次、胸揉んだら振り落とすからね」


 路上でロデオなんかされてたまるか。


「い、いや! 揉んでない! それ以前にあれはただの事故だって!」

「事故でも心が動いたら故意も同然よ」

「普通動くだろう、あんな立派なものを揉ませていただいたら」

「認めた! 揉んだって認めた!」

「誘導尋問だったのか!?」

「どうせスケベなカケルのことだから『ぐへへへ、ワガママなエロいカラダに成長しやがって』とか思ってたんでしょ! エロ同人みたいに!」

「……………………」


 感情をむき出しにするリンゴと、感情を殺す俺。

 女性を感情の生き物というなら、リンゴは感情の台風だ。どう足掻いたところでリンゴを止める術はない。ただ怒りが過ぎ去るのをじっと堪えるのみである。

 ……心当たりがあるなら、なおのこと。

 リンゴは言うだけ言ってスッキリしたらしく、バイクスタンドを蹴った。


「次はないからね…………ほら、走るわよ」


 言うだけ言って少しは落ち着いたらしく、リンゴはゆっくりバイクを出した。

 切り替えの早さがリンゴの魅力なのである。

 リンゴの腰に回した手を動かさないことで、俺は反省の意を示すのだった。


デリバリストに一問一答

Q.配送の時に必ず持っていく物は?


A.

カケル……配送七つ道具

ミーナ……クッション(どこでも寝るため)

卯衣………ノートパソコン

リンゴ……音楽プレイヤーとヘッドフォン

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