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第12話 赤い雨が降る。でも届ける 1



すべての物が赤く染まった世界で、俺が目立つのは必然だった。


「そっちだ! あいつだけ全然トマトが当たってないぞ!」

「挟み撃ちしろ! 速いぞ!」

「そうは行くかよ、せいっ!」


狭い路地を急ターンして挟み撃ちを未然に防ぐ。トマトで地面がぬかるんで走りにくいが、デリバリスト特注のスパイクがしっかり地面をとらえてくれた。そのままスピードを落とさずに狭い道を駆け抜ける。単純な速さで言えば俺に敵う人間はここにはいない。

しかし……


「いたぞ! 速く回り込め!」

「おいおい、何人いるんだよ! キリがない!」


速さアドバンテージも人海戦術の前に潰されてしまう。

どれだけ速く走っても、走った先にトマトを握りしめた兄ちゃんがいるのだ。投げつけられたトマトを避けて別の道を選ぶ。またその先でトマト魔人が待ち構えている。しばらくこの繰り返しで前に進んでいる実感が湧かない。

どこにも追っ手がいないことを確認して、俺は路地裏のゴミ箱に身を隠した。

追いかけてくる人を振り切った一瞬で時計を確認。十三時二十分。もう十分間走り続けているというのに、ゴールはまだまだ遠かった。


「ふー、あっぶね。力の入れ方ハンパないな」


この休息を利用してドレスカバーをチェックする。トマトのシミはどこにも付いていない。今のところはセーフだった。しかしズボンの裾は既に真っ赤に染まっている。町中トマトの湖みたいになっているものだから、走っている間に跳ねてしまったのだろう。

改めて町の様子窺うと、町中真っ赤に染まっていた。

壁も、車も、木も、ポストも。

……ポストは元からだった。

そんなバカなことを考えながらも、俺は少しミーナのことを心配している。駅の中は安全だと聞いていたが、騒ぎがヒートアップして巻き込まれる可能性もあり得なくはない。そうでなくても、トマトの恐怖に耐えられなくなって泣いている可能性もある。


「早く宅配して戻ってやらないとな。……ん?」


ポケットの中がかすかに震えた。携帯の着信。取り出してみると卯衣からだった。

余裕がなかったのでまったく気づかなかったが、着信が五回も入っている。

周りに気を配りながら小声で出た。


「もしもし、ごめん」

『あーカケルさん、心配したんですよー。トマト大丈夫ですかー?』

「何とか今、町の中でやり過ごしてる。ていうか知ってたのか?」

『いえいえ、わたしもさっき何気なく調べて知ったんですよー。それで……当然、ミーナは使い物になりませんよねー?』

「駅の中でガクブルしてるよ。……それより、この状況なんとかならないかな? すごい人数集まって、俺にトマトまみれダブルピースさせようと襲ってくるんだが」

『あら、カケルさん「アーッ!」の危機ですねー』

「相手おっさんだから嬉しくないよ」

『うーん。ちょっと時間かかりますけれど、近くの監視カメラを乗っ取ってみますねー』


さらりと犯罪をほのめかす卯衣。もっと他の言い方なかったかな?

しばらく時間が経ってから『カケルさんちょっとー』と再び連絡が。


『ぱっと見た感じ、500人くらいは参加しているんじゃないでしょうかー』

「通りで振り切れないはずだよ……」

『年の一度の町おこしチャンスですからねー。他に産業がない分、必死になるのもわかりますー』


しばらくカメラの様子を中継してもらったのだが、確かにさっきまで童心に帰ってトマトを投げていた大人たちはその手を止めて黙々とターゲットを探しているようだった。


「この数、どうにかならない?」

『一応、案はあるのですがー。イバラの道になるかもしれませんよー?』

「イバラの道って……これ以上のイバラ道があるかよ」

『じゃあ試してみますー?』

「いや、ロクでもないことになりそうだからやめておーー」

「いたぞ! あそこだ!」

「やっべ!」


野太い声が響き、筋肉隆々の兄ちゃん達が狭い路地に駆け込んできた。慌てて飛び出してみるも、反対側にも回り込まれている。

逃げ場は、ない。


「卯衣、きみの案を通せばこの状況打開できる?」

『バッチリですよー。じゃあ、わたしの声に続いて復唱してくださいね。できるだけ熱血漢っぽい感じでー』


不穏な空気を感じたが、今は選り好みしている場合ではない。

完全に挟み撃ちされるまで少し待ち、じりじりと包囲網が狭まったところで卯衣からの通信があった。


『なかなかやるじゃねえか! 『神速の鷹』こと俺を追い詰めるとはな!』

「なかなかやるじゃねえか! 『神速の鷹』こと俺を追い詰めるとはな!」


『でもな、俺一人に500人とはちと卑怯すぎやしないかい?』

「でもな、俺一人に500人とはちと卑怯すぎやしないかい?」


『おめえらだって心が少しは痛んでるんじゃねえか?』

「おめえらだって心が少しは痛んでるんじゃねえか?」


『そんな俺から朗報だ! 俺は今からこの村の代表との一対一を申し込む!』

「そんな俺から朗報だ! 俺は今からこの村の代表との一対一を申し込む!」


『勝てば黙って通させろ! 負けたら好きにしろ。逃げも隠れもしねえ!』

「勝てば黙って通させろ! 負けたら好きにしろ。逃げも隠れもしねえ!」


『これくらい単純な方が、おめえらも燃えるだろ!?』

「これくらい単純な方が、おめえらも燃えるだろ!?」


『つーわけで、巌流島方式のサシでやろうや! 一番強いヤツを出せ!』

「つーわけで、巌流島方式のサシでやろうや! 一番強いヤツを出せ!」


『ま、相手が誰だろうと俺が宮本武蔵になることに間違いはないがな!』

「ま、相手が誰だろうと俺が宮本武蔵になることに間違いはないがな!」


『せいぜい退屈させないでくれよ、きゃは♪』

「せいぜい退屈させないでくれよ、きゃ……って何これええっ!」


騙された!

なぜ味方側に敵がいる!?


「ま、待ってくれ! 今のは俺の本心じゃなくて……」


俺の必死の弁明はーー


『うっおおおおおおおおおっ!』


割れんばかりの拍手と歓声と口笛でかき消された。


「いいじゃねえか、小僧! 燃えてきたぜ!」

「俺たちは観戦に回るとするかな」

「久しぶりにたぎってきたぜ!」

「まさかこんなアツい展開になるとはな!」

「頑張れよ! よし、町長(ボス)に連絡だ!」


そう言いながらトマトまみれの兄ちゃん達は大人しく帰っていった。

…………うん。

確かに解決した。

でもさ。


「悪化してるよ、卯衣! 町一番の注目の的になってるし!」

『そうですかー? 500人相手にするよりは楽だと思いますけれどー?』

「人数はそうかもしれないけれど、戦う相手の質が! 段違いになる予感!」


現場でしかわからない感覚かもしれない。


『正攻法でカケルさんに敵う人なんて、ミーナくらいですよー』

「やっぱり最強はミーナなのか」


ミーナならこの状況を楽しむのかもしれない。

そして困難に打ち勝つ。

伝説にデリバリストの名は伊達ではないのだ。

……トマトという明確な弱点はあるが。


「わかったよ、もう行く」

『やる気ですねー。電話は繋いだままにしてくださいー』

「りょーかい、っと」


予備のブルートゥースを耳につけ、ゴミ箱の陰から出て歩き出す。やはり誰一人いなくなっていたので、さっきまでの狂気は嘘のように静まり返っていた。ここまで静かだと逆に不気味だ。

一対一をすると宣言した以上、その代表選手と争わなければならない。見つかる前に配達できればいいのだが、きっと今頃俺の元に向かっているのだろう。

一応、小道に出る前に右左右とチェック。誰もいないのを確認してから俺は足を踏み出した。

その瞬間ーー


ペチッ!


音がした途端、背中に冷たい感触が。

え? と思って振り向いた時には、視界の端に追撃のトマトが映っていた。


「え、もう始まってんの!?」


身をよじってギリギリで回避。しかし地面に当たって弾けた飛沫が俺の足にかかった。

気を引き締める時間も与えられず、また飛んでくるトマト。高い弧を描いて飛んでくることから、かなり遠い距離から放たれていることに間違いはない。

スナイパーだ。

色々ツッコミどころはあるかもしれないけれど、トマトを撃ってくるスナイパーだ。

やあやあ我こそは! と出てくると思っていただけに、不意打ち感がハンパない。


『カケルさん、どうしましたー?』

「スナイパーがトマト撃ってきた!」

『……頭だいじょぶですかー?』

「本当だって!」


余裕がないので手短に説明するが、卯衣はわかってくれなかった。

その場でダンスを踊るようにかわしていると、ようやく緊急事態だとわかってくれたらしい。『とにかくその場を離れましょうかー』という指示が来た。

異論はない。俺は慌てて駆け出す。もちろんここで道に迷うわけにもいかないので、頭の中の地図をたどりながら迫り来るスナイパーの魔の手から逃れる。

狭い道に入っても、スナイパーの執拗な攻撃は止まない。むしろ当てるには好都合だとばかりに連発してくる。


「姿を見せずに仕留めるつもりかっ!」


決して姿を見せぬまま少しずつ追い込んでいく。相手はかなりの手練だ。

俺からの反撃を気にせず一方的に攻撃できる上に、俺の行動を先読みできる。

そんな遠距離攻撃の利点を余すところなく活用されていた。


『カケルさーん、本当にスナイパーがいるんですか?』

「だから本当だって! くっ! 行き止まりか!」


どんどん狭い道に追い込まれていっているのが自分でもわかる。その目的は明快。

俺を行き止まりに追い込もうとしているのである。行き止まりに差し掛かる前に気づけたからなんとか対処できたが、次はこうもいかないだろう。

冷静、無慈悲、的確ときて、町の地理に詳しいときた。

不利な条件が揃いすぎている。

角を曲がると予想外の行き止まり。道を戻る間にまた背中にトマトを当てられた。

このままでは近いうちに確実にドレスが真っ赤になる。


『カケルさん、近くの写真って撮れますー?』

「はい!?」


何の前触れもなく、卯衣からの通信が入った。

呑気な口調の中に混ざる、一割の真剣味。


『忙しいと思うんですけれど、このままだとジリ貧なので手を打とうと思うんですよー。そのために写真を五枚ほど送ってくださいー』

「手を打つって、どうやって!?」

『説明しているヒマありますー?』

「ないよ! 何の写真!?」

『トマトが飛んでくる方向の写真ですー。では一旦切りますねー』


意図のわからない指示だったが、俺一人でどうにかできる問題ではない。

俺は言われた通りスマホを片手に構え、トマトを避けると同時に飛んできた方向の景色を撮影した。それを五回繰り返して、卯衣とシェアする。

細かい作業と全力疾走を並行して行うと、さすがに疲れを感じてきた。スマホ画面の時計は13時40分を指している。ほぼ30分走りっぱなし。

息を切らしながらコーナを曲がると、背中にまたトマトの衝撃が。

これで三発目。

身を盾にしてドレスを守っているが、いつまで背中で守れるかもわからない。制服にトマトが染み込み続ければ、いずれドレスを持っているだけで汚してしまう。

軽く諦めに気持ちが滲んだ時、またも目の前に現れた壁。

行き止まり。

理解した瞬間に踵を返すが、すでにトマトは放たれていた。

しかも……ドレスの狙い澄ましたクリティカルヒット。

スローモーションのように近づいてくるのがわかったが、なぜか足が動かなかった。

ああ、俺……。ここで負けるのか。

トマトでぐっしゃぐしゃにされるんだろうな……。

ドレスの受取人はすごく困るだろうな……。

ミーナは……きっと怒らないんだろうな……。

それどころか、トマトを怖がって出て行かなかった自分を責めるかも。

…………それでいいのか?

ダメだろ。

俺の失敗でミーナが自分を責める必要なんてない。

だったら動け!

ミーナのために成功させたいなら!

そんな俺の足と意志は……


『カケルさん、右に三歩!』


卯衣の手助けによって


「おうよ!」


大きく動いた。

言われるがままにぴったり三歩、横跳びで動く。


ひゅんっ!


脇腹をわずかにかすめる感触。

トマトが俺のいた場所を撃ち抜いた。


「おおう!?」

『カタカタカタカタ。来ますよ、左に二歩、しゃがんでください!』


自分で動いておいてなんだが、何が起きたのか理解できない。

またも軽くステップして頭を下げると、頭頂スレスレをトマトが通過していった。


『今です、左の角を曲がって二つ目の角を右に!』


銃撃が止んだ一瞬の隙をついて、俺は指示通りに移動。少し広い道に出て、動きやすくなる。

飛んでくるトマトの数がわずかに減った。

そのトマト弾も卯衣の指示で簡単に避けることができる。

いつの間にか俺は行き止まりの多い複雑な道を出て、大通りに向かっていた。

全く何も考えていないのに、である。


「どうなってんの、これ?」

『カタカタ。カケルさんの送ってくれた写真を元に、スナイパーの位置情報を特定しましたー。人工衛星を通してその様子を見て、どこに撃っているのか計算してカケルさんに伝えていますー。それに教会の位置も加味しながらベストと思われるルートをナビゲートして……』

「要するに!?」

『スナイパーの位置からトマトの弾道を予測しています!』

「わかりやすっ!」


……最初からそう言いなさい。

引き続き卯衣の指示通りに動いていると、やがて噴水広場に到着。ここはかなり広いためスナイパーも狙うのにかなり手を焼くはずだ。

いつ卯衣からの指示が来るのかと身構えていると、意外なことを告げられた。


『そこはスナイパーから死角ですー。しばらく待機してくださいねー』

「待機? いいのか? 時間ないぞ?」


時刻は13時50分。あと10分以内に教会に到着しなければならない。噴水広場から教会までの距離はそこまでないが、スナイパーの邪魔を考えれば強引にでも突っ走りたいところだ。

しかし卯衣の指示は待機。


『だいじょぶですよー。もうスナイパーの脅威は取り除かれますのでー』

「いや、今は俺を見失ってるだけだから、血眼になって探してるんじゃ……」

『でしょうねー。だから見つかる前に攻撃してみましょうかー』

「いや、攻撃って。今は俺も含めて誰も動ける状況じゃーー」


言いかけて、今の状況を思い出した。

スナイパーは俺を見失い、俺たちは相手の位置を知っている。

俺たちとスナイパーの関係は完全に逆転した。

攻撃に出るなら今しかない。

そしてさらに。

トマトの投げる町人は、スナイパーと俺の一対一のために姿を消した。

今この町でトマトを投げていいのはスナイパー、ただ一人である。

そしてそのスナイパーも、俺を見失ってしまった。

結果、どこから飛んでくるかわからないトマトに怯える必要はない。

今、この町のどこにもトマトは飛んでいないのだから!


「そうだとすれば…………いるな」


この状況で今すぐに攻撃に向かえるデリバリストが、一人。

卯衣の口ぶりでは、既に動いている。

誰よりも頼もしい、伝説のデリバリストが。


『休日出勤になるので、また予定を変更する必要がありますねー』

「卯衣、もしかして最初からこれを狙って……」

『うふふ、ういちょんに死角はありません! きゃは♪』



ミッション:ウエディングドレスを教会に届ける。

進行率:90パーセント

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