プロローグ 今日の配達先:ピラミッドの奥
運んで、印鑑をもらって、笑顔で帰る。
そんな、人との触れ合いを大事にする宅配便のお兄さんになりたかった。
「ぎゃあああっ! またトラップ作動したあああっ!」
……どうして今、俺はピラミッドの中で叫んでいるのだろう。
ゴゴゴゴゴゴ……!
震度三くらいの揺れと共に、通路に響く轟音が恐怖を掻き立ててくる。
何かが起きる前にその場を離れようとした俺だったが、なぜか入り口は消えていた。ひんやり冷たい汗が背中をつたって流れる。
王家の墓に入る泥棒には死を。ピラミッドの製作者のアツイこだわりがよく伝わってきた。
「うっそだろ、おいいいいいいいいい!」
高層ビルの最上階にも、富士山の小屋にも、笑顔で届ける。
そんな、喜んで仕事をする宅配男子でいたかった。
……どうして今、俺は岩に追われているのだろう。
ゴロゴロゴロゴロ!
「シンプルな音が一番こわいーっ!」
遺跡探索系映画に出てくるような丸い岩。それが俺の方に転がってきたのだ。
こちら側に傾いている狭い通路ギリギリの大きさ。隙間を縫って避けることは不可能だ。形が丸っこいから軽い……なんてことは絶対にない。
頭に浮かぶのは生への執念、もしくは死への恐怖。そんなシンプルな感情を燃料に俺は全力疾走した。ピラミッド内のひんやりした空気が体を突き抜けていく。
早く気づいたことが幸いして、岩と俺との間にはまだ距離があった。
しかし油断は大敵。岩の方はぐんぐん加速してくるのだ。百メートル十秒代の俺でもいつ追いつかれるかわからない。
息を荒くしながらひたすら走っていると、ここに至るまでの経緯が頭をよぎった。
今回の依頼人は、道具をなくしてピラミッドの中から脱出できなくなった考古学者。配送物は隠し通路まで細かく描かれたピラミッドの地図だ。
初海外任務だったので、不安な気持ちはあったのだが
「開発もそこそこ進んでおる区域のピラミッドだから、心配はいらぬ」
と軽い感じで説得されたから飛行機に乗った。
その結果がコレ。
「ミーナの嘘つきいいいいぃぃぃ!」
腹いせに俺を説得した上司の悪口を叫んだ。自分の声が通路にこだまして、うぉんうぉんと聞こえる。
言っておくが、俺が命の危険を感じたのはこれが初めてではない。落とし穴、四方からの矢、毒蛇の巣窟などなど、危険が満載だったのである。
無事に帰り着いたら、ミーナに散々文句言ってやる!
そうやって生きることへの執念を振り絞らないと、今にも諦めてしまいそうだった。
『騒がしいですねー、カケルさん♪』
耳につけたブルートゥースからナビゲーターの卯衣が話しかけてきた。この雰囲気で機嫌いいってどういうことだよと考えたが、今はどうだっていい。
「卯衣、隠し通路、ない!?」
ワラにもすがるような気持ちで尋ねる。
『調べてありますよー。二百メートルの壁を右ですー』
「りょうかい!」
遺跡と言えば隠し通路。このピラミッドの中にもあるようだ。
全力疾走しながら何メートル進んだかなんてわかるはずない。普通に走ったって無理なのに、インディージョーンズのマネしながらとか不可能だ。
でも、このナビゲーターは信頼できる。秒読みは卯衣に任せて、俺は走ることだけに集中した。
岩はもう俺のすぐ後ろにあるような気がする。後方を見ている暇なんてないが、ゴロゴロ音がさっきよりもずっと近くにあるのはよくわかった。
タイミングを間違えれば……ペシャンコ。
『カケルさん、あと五秒。……三、二、一、今です!』
聞こえた瞬間、爪先を右に急ターン。左手に抱えた荷物を体全体で包むようにして、壁に体当たりする!
ガシャン!
薄い壁が割れた先にダイブ。受け身を取る余裕もなく、隠し通路の石畳に投げ出された。
瞬間、俺のすぐ後ろを岩が猛スピードで通過。しばらくして遺跡全体が揺れるような地響きが体を揺らした。岩が壁に激突したようだった。あのまま走り続けていたらと思うと、ぞっとする。
そんな暗黒未来予想図を間一髪で避けた俺は
「……た、助かった」
ほうけたように呟いた。大の字になって石畳の上に寝転がる。空が見えないので清々しい気持ちにはなれなかったが、生きている素晴らしさだけは実感できた。
『生きてますー? 電波が生きているからだいじょぶですよねー?』
「ああ、なんとかな」
『お、だいじょぶだった。きゃはっ♪』
卯衣は優秀なナビゲーターだ。この人をイラつかせる「きゃは♪」という口癖と自由すぎる性格を度外視すればの話だが。
『おう、生きておったか。荷物は無事か。……ふわぁぁ』
ブルートゥースから卯衣とは別の舌足らずな声が聞こえてきた。今起きたばっかりなのだろう、そのあくび混じりの声に俺は食ってかかる。
「『生きておったか』じゃないよ、ミーナ! 危うく死ぬところだったって」
『まあそう言うな、カケル。ういちょんがこんなところで簡単に死ぬような者を、デリバリストとして推薦するわけないと信じていたぞ』
「俺への信頼じゃないし!」
ツッコミついでに腕を投げ出すと……ぽちっ。
不吉な感触がした時、既に俺の体は動いていた。
ガチン!
跳ね起きながらトラバサミを避けて
シャッ!
マトリックスで槍をさけて
ガコンッ!
横っ飛びで落とし穴から逃れる。
超メジャー罠三段活用をなんとか凌ぐ。本当に気が抜けない。
『エキサイティングな音がしたのう、ういちょん』
『これを元にアクション映画作ったらおもしろそうですねー』
「おもしろがってるだろ!」
ちなみに「ういちょん」とはナビゲーターの卯衣のこと。
『それで、首尾はいかほどか、カケル?』
いきなり話が仕事のことに変わる。
「…………今のでかなりショートカットできたと思うけど」
正規のルートでは通るハズのなかった抜け道なので、多分近道はできていると思う。
暗闇で右も左もなくアクションしたから、方向感覚はなくなってしまった。懐中電灯と地図を取り出して現在地を割り出そうとすると、卯衣が『あ』と声をかけてきた。
『カケルさん、近くに生体反応がありますよー。依頼人かもしれません』
「りょうかい、探してみる」
『……油断は……禁物………ぐぅ……ハッ! なのだぞ』
「眠いんだろ! ミーナ、一瞬寝てただろ!」
睡眠が趣味とはいえ、部下の命が危険な時に寝るとは何事だ。
大物なのか無責任なだけか……残念ながら両方。
ミーナは一番迷惑なタイプの大物だった。
俺を退屈な仕事から助け出してくれた恩人ではあるから、感謝はしているのだけれど。
……と。右の曲がり角から人の気配。
罠を警戒しつつ曲がり角の先にゆっくり懐中電灯を当てると……
「き、君は?」
何かを抱きかかえて横になっている男がいた。年齢は四十くらい。探検家がよくかぶっている帽子に、チリとホコリで汚れた黄土色の動きやすそうな服を着ている。いかにも探検家という風貌。間違いない、依頼人だ。
そして他に描写すべきものと言ったら……うん。彼が抱えている物。
いや、抱えているという表現は適切ではない。もう抱きしめている感じだ。奇跡の再会を果たしたラテン系カップルが交わすような熱烈なハグ。
男はミイラを相手にそれをしている。
ミイラって、あのミイラである。漢字で書くと木乃伊。
そう言えば出国前にミーナが言っていた。
「我の聞いたウワサだが、あのピラミッドの中には美人な王女のミイラが隠されているということだ。配送中に見かけたらハグの一つでもして歴史を感じてくるがいいぞ」
いくら美人でも死体相手にそれはしねーよ、と笑いながら返した俺だったのだが。
「……………………うわぁ」
いたよ。何千年の時を超えた愛を楽しんでいる探検家が。
「ち、違う! 先に誘ってきたのはミイラの方で……」
「なんだその言い訳!?」
カオスだ。カオス・イン・ハムナプトラ。
色んな人がいて然り、色んな価値観があって然り、それをバカにするのは器量の狭い男と教え込まれてきた俺ではあるが……
これはちょっとムリ。
『ミイラになってまで添い遂げるなんて、とってもロマンティック! きゃは♪』
『ぐぅ…………』
という声は無視。帰国したら卯衣にもお説教確定だ。あと、寝ているミーナに関してはもうどうでもいい。
どうしても顔に浮かんでしまう嫌悪感を、心を無にした笑顔で上書き。
仕事だからね、一応笑顔でやりますよ。
色々言いたいことはあるのだけれど。
配送物と伝票を重ねて、変態考古学者に突き出した。
「デリバリストの倉掛です。受け取りのサインをお願いします」
これが宅配便の仕事だなんて……悪い冗談だ。
ミッション:ピラミッドで地図を届ける。
進行率:100% 任務完了
次回予告
その少年、なぜデリバリストになったのか。
出会いは一ヶ月前にさかのぼる。
始まりに戻るエピソード1。
ミーナとカケルの出会いは運命のイタズラなのか。
それとも偶然の起こした奇跡だったのか。
どちらにせよ、この出会いが多くの人の人生を変える。
次回「大手運輸会社、社長室まで運ぶ」