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第5話:明子

東京:永田町 午前0時32分


現在の永田町の状態は寝静まったとい表現が適切であった。永田町には国の最重要部門が集中している。国会議事堂や参謀本部、そして帝国諜報機関ニンジャソルジャーなどである。

帝国諜報機関ニンジャソルジャーはまだできて間もない機関であった。しかし、陸軍省にも海軍省にも属さない独自の体制を持っていた。ここ永田町にはそんな帝国諜報機関ニンジャソルジャーの本部があった。もちろんそれを隠すために名目上は陸軍の施設を唱っている。本部はやはり諜報機関だしく細々としたコンクリートにレンガで覆った3階建ての建物で、軍の施設というよりは推理小説にでてくる小さな探偵事務所のような見た目であった。しかし、やはり諜報機関の建物ということあって、一部の人間にはわかる独特な雰囲気をかもしらしていた。なんともねっとりとまとわりつくような不気味な雰囲気がである。

「う~む。相変わらずなれんな・・・」

「まぁそう言わんといてください。」

「しかしだな・・・」この建物内の廊下を、二人の男が並んで何かを話しながら歩いていた。片方は”佐藤進次郎さとうしんじろう陸軍大将。高齢で強面だが、まるで学者のようなヒゲを口に生やしていた。もちろん彼にはそのような専門知識はない。彼はなにかこれから嫌なことが待ち構えているような顔をして、もう片方は帝国諜報機関ニンジャソルジャー西田武にしだたけし”二等特務官。彼の容姿はメガネをかけたスーツ姿で、如何にも大学で講義を行っている教授のような見た目であった。


この建物の地上階では、陸軍の役人(実は諜報機関の人)が事務所ではどこにでもあるような机で書類整理を行っている。しかし、そんなものは氷山の一角に過ぎない。

「佐藤大将殿。こちらです。」

「わかっている。何回ここに来ていると思っている。」佐藤が案内された先は地下へと続く薄暗い階段であった。佐藤はこの階段を別名地獄への階段と読んでいたりしている。佐藤曰く、何とも言えないような雰囲気を放っているだしい。

佐藤はため息のようなものを吐いてその階段を降りていく。この階段の通路には僅かなランプが照らされているだけなので薄暗い。佐藤は手すりに掴まりながら降りていく。


コンクリートで固められた壁のみが続く通路を佐藤と西田は歩いていく。

「しかし、いつ来ても頑丈な作りですな。」佐藤は気を晴らすために喋った。

「はい、陛下や首相専用の非常用防空壕と同じ作りですから。」

「ほ~。」佐藤は拍子抜けしたような声をあげた。この通路は先ほどの階段を下りた先に鋼鉄でできたいかにも入ってくるものを拒むような重々しい扉をくぐると再び通路がある。佐藤は今、その通路を歩いている。そして長いと思っていた通路も終わり、先ほどの鋼鉄で出来た扉があったが、今回は見張りがいる。見張りは佐藤に向かってアメリカのギャングがもってそうなマシンガンを構えた。佐藤は一瞬たじろいたが、西田が彼らに一言だけ何かを言ったら、彼らは銃を下ろして敬礼をした。そして西田は扉を開け、西田と佐藤は部屋に入っていく。

「すんませんなぁ。彼ら結構硬い性格なんで。」

「気にするな。それよりいい加減にあいつらは私の顔を覚えんのか?」

「いえいえ、ちゃんと覚えてますよ。ただ彼らには私が一緒でも警戒しろっと言っているんで、総理大臣でもね。」西田は悪戯、それも飛びっきり悪質なものを企む子供のような悪質な笑顔で見張りの態度で不機嫌になった佐藤に言った。


「さぁ、着きましたで。我々の新しくなった司令室アタマが!」

「おお!」その司令室にはまるで佐藤が最近ハマっているアメリカのSF小説のような世界が広がっていた。この部屋には電子機器がこれでもかと言うほど有り、中でも目立つのは国内でも陸軍省や海軍省にしか配備されていない電子計算機コンピュータである「Harvard Mark I」だ。

「すごいな。こんなもの前回来たときはなかったぞ。」

「それはそうです。だってこれ数ヶ月前に導入されたばかりですから。」

「性能はどうなんだ?」

「これ1機で現在の通信機5個分の仕事をしてくれますよ。ただ値段が通信機10個分以上なのが玉に瑕ですが。」西田は苦笑いを浮かべながら言った。

「そうだ!!話を戻すが・・・・」佐藤が何かを思い出したかのように言った。

「どうしたんですか?」

「ソ連の侵攻を貴様らは予知できなかったのか!?」急に殴りかかってきそうなほどの剣幕で佐藤は西田に詰め寄った。西田は少し身が引けるがなんとか態度を戻してた。

「そのことは・・・・場所を変えて話しましょう。」西田は途中で周りを伺い、佐藤を別室に誘導した。


西田が案内したのは主にお偉いさんが訪問した時のための応接室であった。この部屋では閉所感を与えないように膨張色である白を壁に塗装している。ここにあるのはお客用のソファーが二つあるだけであった。

「それでその話ですが・・・・」西田は応接室のソファーに腰掛けながら言った。佐藤はすでに座っている。

「我国の工作員スパイがソビエトの進軍を探知したのが5日前のことです。」西田は淡々とした口調で話をした。

「進軍経路には我が軍の第4師団が配備されていましたが、とある”計画”のために被害を喰らうわけには行きませんでしたの・・・移動させたのです。一見危険そうですが、進軍経路に入っていない黒河市こくろしに。」

「ちょっと待て!なんだその計画とやら!。」佐藤はやはり腰を上げ、噛み付いてくるような態度で西田を問い詰めた。しかし、西田は平然とした態度であった。

「佐藤大将。これはS級機密事項ですので、あなたにはお話できません。」佐藤はしばらくショックを受けたかのようにその体勢のまま動かなくなり、そしてゆっくりと腰を下ろして。

S級機密事項とは、天皇や首相といったごく一部のものしか知らない機密事項である。

「ははは・・・・黒河市こくろしは安全なのだな。」佐藤はソファーにもたれ、右手で顔を覆うと、気の抜けた声で笑った。西田はその光景を見て一瞬困惑した。

「いや、個人での話さ・・・」佐藤は西田の反応に気づいて言った。それでも西田は目を丸くした。


午前0時45分 中華民国 黒河市こくろし


九七式中戦車…日本陸軍が仮想敵をソビエトと定めてから作られた日本初の対戦車用戦車バトルタンクである。エンジンはイギリスの自動車メーカーから特注で作ってもらった”栄-24型エンジン”を搭載しており、スペックは。

・時速35キロ(整地)

・車体前面:45mm

・砲塔前面:90mm

・主砲:96式76・2mm戦車砲 

である。

「しかし綺麗ですね。」

「そうだな…」岸田と伊藤は満洲の夜空を九七式戦車の車体の上に寝そべって眺めていた。岸田はこの満天の星空を2年くらい前からずっと眺めていたので感動は薄かったが、伊藤の方はまだここに来て数ヶ月、しかもその時は忙しくて星なんか見ている余裕などなかった。そのため伊藤はこの星空をまるでほしいものを眺める子供のような目で眺めていた。それを見た岸田は内心、微笑んでいる。現在第8師団が孤軍奮闘している中、第6大隊は現在後方支援に回されていた。と言っても、第4師団本隊自体が悪魔で基地の防衛というだけの単純な仕事であった。ソ連軍主力がイギリス第8師団が防衛する大興安嶺地区だいこうあんれいちく にいるのでここは基本まだ安全であった。

「伊藤、お前の出身ってどこだ?」

「東京です。バリバリの都会者です。」

「それはなんだ・・・私みたいな田舎者を侮辱しているのか?」

「い・・いえ!」伊藤は得意げに答えたが、それが仇となった瞬間であった。伊藤は起き上がって必死にフォローしている。

「しかし・・・」岸田は伊藤のフォローを無視して、目の前に見える今にもての届きそうな距離に見える星々に片手を伸ばした。伊藤はそんな岸田の顔を見た。伊藤は岸田の表情を見て少し驚いた。岸田が何かを思い出したかのように笑っている表情になっているのである。そして岸田は何かをつぶやいたが、伊藤には小さくてよく聞き取れなかった。

「どうしたんですか?先輩?」

「ん?」岸田は今伊藤に気づいたような表情で反応した。その直後岸田は頭を掻き出した。それが岸田の照れくさい仕草であった。

「いや~、ごめんごめん。」つい昔のことを思い出してな。と岸田は言った。伊藤はなんのことか興味を持っただしく聞かせてくださいとお願いした。岸田はまた頭を掻き出した。


1990年 現代


「そこで明子の話になったんだよ。」

「ふーん」あの時は照れくさかったと言いながらもやっぱり爺さんは頭を掻いていた。明子というのは僕の母さんである”佐野明子さのあきこのことである。

「お前は明子のこと知っているか?」

「ううん。」母さんも爺さんと同じようにあまり昔のことはよく話さない。いや、爺さんよりは話すけど。

「・・・・その時には伊藤に明子のことを話したんだ・・・」爺さんは何かを考えているような深々しい顔つきなっていた。


1934年 4月8日 東京のとある産婦人科


ここは東京にあるとある小さな産婦人科。現在の時刻は午前1時を回ったところであった。さすがに大都会である東京の街もこの時間にはまるで眠っているかのように静かであった。産婦人科の分娩室の前に置かれた長い椅子に岸田が頭を抱え込んでいた。その表情は楽天家で有名であった岸田からはめったに見られないような不安な表情であった。

彼の奥さんである”清子きよこ”が突然の陣痛によって分娩室に運ばれて2時間は経っていた。しかし、今の岸田にとってその2時間はまるで永遠のように感じられる時間であった。

妻は無事なのだ。お腹の子供は無事なのだ。彼はさっきからその言葉を自問するかのようにして繰り返し心の中で唱えた。岸田は気がつけば自分が貧乏ゆすりをしているのに気づいて足を抑えるようにしてそれを止めようとしたが、まったく収まらなかった。岸田はそれが貧乏ゆすりではなく、緊張のと気になる筋肉の震えだと理解したのはしばらく経ってからであった。


今この空間に響き渡るのは壁に立てかけてある時計の時を刻む音だけであった。岸田は時計を見た。驚くことにさっきみた時刻から数分しか立っていなかった。時間ってこういう時だけはなぜか遅く感じるな、と岸田は思った。このように時間を遅く感じるのは士官学校に通っている時の訓練の時間の時依頼であった。


赤ん坊は満月の夜に生まれると言われているが、その日も月は完全で美しい満月であった。岸田の思考に突然鳴き声が入ってきた。それに反射というべき反応をした岸田は思わずその場に立ち上がり、分娩室の扉をみた。自分の耳が正常なら、その先から元気な産声が聞こえる。岸田は笑ったり起こったりという表情はよくするが、今の岸田の表情はおそらく第6大隊の部下たちは皆見た事ないであろう。岸田の頬から大粒の水分が滴っていく。

「う・・・生まれたんだ・・・」岸田は泣いていた。静かに涙を流す男泣きというものをやっていた。しばらくすると分娩室のランプが消え、ゆっくりと扉が開いていく、その先には何かを白い純白な布で覆ったものだしき物を抱えた如何にもベテランな中年の看護婦が現れた。

「おめでとうございます、岸田さん!元気な女の子です!」看護婦が笑顔を浮かべて言った。岸田は頬を伝う涙を手で擦るようにして拭いてから、動揺しながらも看護婦に近づく。看護婦は岸田の今考えていることがわかったかのように今抱いている物を岸田の前に出した。

「赤ちゃんは宝物です。大事に抱いてくださいね。」

「わかりました。」教会のスタンドグラスにあるマリア様のような微笑みを浮かべながら看護婦は言い、岸田はそれに平坦な声で応えた。岸田は緊張で気づいていなかったが、彼の伸ばす手はまるで生まれたばかりの小鹿のように震えていた。看護婦はそれを見て、やっぱりね、と共感するような心境で思った。

「・・・重い・・」

「それは命の重さですから、重いのは当たり前です。」

「ははは・・・なるほど・・・」岸田は布で覆われているものをまるで芸術品を扱うかのように慎重にはがしていくと...

「・・・・・・」岸田は言葉が出なかった。そこには、まるで下界に舞い降りた天使のような美しい顔で寝ている赤ん坊がいた。岸田は目の奥が熱くなるのを感じた。









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