第4話:満州の地にて(その4)
イギリス軍中国派遣第8師団
敵の空爆が終わった。グレイは恐怖で硬くなった体をゆっくり起こし、無感情な気持ちであたりを流すようにして見渡した。辺りにはまるで月の表面のクレーターような状態になっていた。土嚢に加えて深く掘った塹壕のおかげで被害は少なからずですんだが、中には運悪く塹壕の中に爆弾が飛び込んできていまって中では兵士の手や足、血肉や体の中に収まっているはずの内蔵がぶちまけられていて、地獄を表現したような無残な状態になっていた。グレイは本来ならその様子を見て体が拒絶反応を起こして嘔吐しているかもしれないが、今の彼にはそのような心の余裕がなかった。
「皆無事か?」グレイは妙に拍子ぬけた声で部下たちの安否を確認しようとした。結果、全員軽い打撲をおったが無事であった。
すると、遠くの彼方から地響きのようなものが聞こえてきた。グレイは腰にしまっているはずの双眼鏡で遠方を見ようとした。しかし、腰のポーチに入っているはずの双眼鏡の感触がなかった。伏せた時に運悪く落としてしまったらしく、グレイは自分の周囲を見渡したがそもそも暗闇の中から光もなしにものを探すのは困難でなかなか見つからない。借りようにも自分の評判の悪さを自覚しているのでそう簡単には貸してはくれないだろとグレイは考えていた。
しかし、となりの通信兵の言葉で双眼鏡がいらなくなった。
「報告!!先防の戦車連隊が敵と接触!!戦闘状態となっている模様!!」その報告は塹壕内で伝言ゲームの容量でまるで伝染病の感染爆発のように迅速に進んだ。しかし伝言と同時に絶望というものも広がった。グレイは先ほどの空爆で航空支援は期待できないと思いながらも先ほど伏せた際に落としてしまった自分の小銃を拾い、その場に腰を下ろして構造の確認を行った。多少土で汚れた程度で発砲の時には影響がなさそうであった。グレイは横目で部下たちの方に視線を移した。案の定まるでこの世の終りを悟ったかのような雰囲気を漂わせながらその場に腰を下ろして頭を抱え込んでいた。いつもならこの場でも怒鳴りつけてやりたいものだが・・・・しかし、グレイもさすがにできなかった。彼自身、見た目はいつもどおりだが、内心は彼らと同じ心境である。だからそんな怒鳴っている余裕がなかった。
第8師団が防衛を行っている一帯では三段階に分かれて防衛戦を張っていた。簡単に説明すると、前方に戦車部隊が待ち構え、その後ろに歩兵部隊が待機していて、その二つがひと組だとするとそれが3つ配備されている形になっている。ちなみにグレイがいるのは第1線と呼ばれるところで現在第1線装甲連隊が敵侵攻部隊と交戦状態であった。
戦闘開始5分前 防衛戦第1線
「う~~む・・・」
第2装甲連隊連隊長である”エドワード・ホワード”大佐が塹壕の中に大部分を埋めたチャーチルの砲台部分から上半身のみを乗り出して、夜間用双眼鏡を目に押し付けて遠くに見える横に並んだ敵部隊を獣のような唸り声を上げながら睨みつけるような視線で見ていた。彼の双眼鏡を通して見る先にはソ連軍の戦車のシルエットがなんとか確認できた。この夜間用双眼鏡は赤外線を利用したもので、上層部曰く、まだ発展の途中だしい。そのため彼が今見ているものは、緑色に白を混ぜたような軽い砂嵐を起こした画面ようなものの中に、洗車のような白いシルエットが浮き出ていた。
「おいおい、冗談じゃないぞ。圧倒的ではないか。」双眼鏡から見た光景で明らかになった事は、我々の軍の方が劣勢であるということであった。元々数が劣勢だったのにも関わらず先ほど起きた敵軍の空爆により若干数を減らされてしまった。今の状態では1両の戦車でも捨てられない状態であった。
「大佐。そろそろお戻りください。」下から声が聞こえてきた。自車にいる部下たちが呼んでいる。
「そんな体なんて出してたら敵砲弾で上半身と下半身が”サヨナラ”してしまいます。」
「わかったよ。」エドワードは渋々車体に入っていた。その時ある士官の断末魔のような叫び声が聞こえてきた。あまりにも甲高い声のせいでよく聞こえなかったが、その直後遠くから爆音が聞こえてきた(エドワードは車内に居て外の様子がわからない)。エドワードはその叫び声の意味を理解すると同時に、今車内にいる部下たちに衝撃に備えるように命じ、コンマ数秒経つと、何かの風切り音がわずかに聞こえてきて、そのあとに爆音がした。遠くに着弾したのか、その爆音はエドワードが思っていたよりも大きくなかった。しかしエドワードは決して安心などしていない。この射撃が敵との距離を図るための測量であるからだ。おそらく、次の射撃では先ほどよりも凄まじいのが来るのを予想した。
エドワードはチャーチルの前方部分についている視界確保用の覗き穴を覗きこんだ。エドワードが見た光景は敵のいる一帯、そこだけが一瞬戦車や重砲の砲撃による閃光でまるで昼間になったかのように明るくなり、先ほどの砲撃もまるで天と地との差がある程の爆音が響き渡った。まるで自分のいる空間にある酸素が震えるかのような感覚をエドワードは味わった。
「敵弾来るぞ!!」エドワードは叫ぶように言った。そしてコンマ数秒後、まるで地震が起きたかのような大きな振動が足から伝わってきた。しかも、爆音の境に人の断末魔も聞こえてきた。未だに車体が砲撃の爆風で地震のように揺れている中、彼は覗き穴を見た。そこには重砲に援護を任せて、戦車師団がこちらに向かってくる様子が見えた。
「ふふふ。」エドワードは急に笑い出した。それを見た部下たちは気でも狂ったのかと思ったが、すぐに元の表情に戻ったのを見て違うと判断した。そしてエドワードは通信士に全車に通信をつなげるように言った。そしてつなげたのを確認すると、右手でマイクを持ち、何かを決意したかのような表情で言った。
「皆、よく聞いてくれ。おそらく我々が生きて帰ってくる可能性は低いであろう。」おそらくこの間にもどんどん敵戦車師団がこちらに近づいてきているであろうとエドワードは思いながらも話を続けた。
「貴様らはこのまま無残にソビエトに子供のように弄ばれて死にたいか?いや、それは私も含め、誰も思わない。」言葉が途切れ途切れになっているのをエドワードは気づかないでいた。敵の援護砲撃が弱まってきた。おそらくそろそろ突入するので誤射しないようにしているのであろう。
「ならばどうするか?戦おう!!あの野蛮な熊共に我々の騎士道精神を見せてやろうではないか!!」おそらくこの言葉が通じるかはわからない。むしろこの言葉は言ったエドワード本人に向かっていったようなものであった。
そして、援護砲撃が止んだ。来るぞ。
書き溜めがなくなったので少しペースが遅くなります。