第1話:満州の地にて(その1)
前もって書き試しておいた物です。たまに駄文がありますが、それでもいい方は読んでみてください。
1938年:5月14日 中国東北部:モンゴル高原
乾いた風が吹き付ける。一面が緑の雑草のような草で地面を覆っているどこまでも続いているような錯覚さえ思えてくる草原を、男はまるで明後日の方向を見るような目で眺めていた。まず日本では見られない地平線が男の目に入った。彼の生まれた長野県は山が多く、地平線どころか平地すら少ないのでこのような光景を見るのはもしかしたら一生に一度だけかもしれない。男はそう思いながら地平線の向こう側を見ていた。男の見た目は細い目に掘りの深い顔、口元がやや下がった強面な顔つきで、老け顔のせいか本来の年よりも老けて見られるが、まだ28歳である。
男は自分の右腕の手首に付けられた結婚祝いに上官からもらったイギリス製の腕時計を見た。今の時刻は午前9時。男はそろそろ戻らなくてはと思い、近くに止めておいた本来は着いている側車を外した”九七式自動二輪車”と言ういわゆる軍用バイクにまたがり、エンジンをかけるために足でエンジンに付けられた突出したペラルを何度か踏んだ。いくら性能のいいイギリスの自動車会社から日本軍仕様で特注で作ってもらった”疾-21型エンジン”でも一発ではかからないものだなと男は思っていたら、3回目でエンジンがかかった。男はハンドルに引っ掛けておいた水中メガネのようなゴーゴルを付け、ハンドルのスロットルを少し強めに捻り、支えていた片足を地面に蹴り、そのまま走った。
如何にも急いで作りましたと言わんばかりの見た目にそれに似合わない近代的な大きなアンテナと小さな日本国旗が角のように生えたような見た目をしたここ通信所の中では、如何にも高学歴で頭が変に固そうなメガネを掛けた数人の男が複雑なコンピュータやら通信機類などを目を血走りながら睨めっこしていた。
「本部の様子はどうだ?」
「特に重要そうな報告はないよ。」
「そんなことより眠いぜ。」男たちは日本本土や派遣隊本部からの無駄な通信を読みながら皮肉めいた話をしていた。彼らは交代交代で24時間ここで働いているが、3人だけではかなり辛いだしく、彼らの睡眠時間は長くて2、3時間で酷ければ徹夜なんてことは日常茶飯事になって来ていた。
「・・・・そろそろソビエトが来るのか?」
「・・・・・こないってわかってりゃわざわざ大軍を派遣するわけねえだろ。」若い通信士が言った一言に一人が不機嫌に口を悪くしながら言った。そんなことしているとまた本部からの暗号通信が入ってきた。通信機から穴が無数に空いた長い紙が次から次へと出てきて、若い通信士が出るのが終わったのを確認するとそれを破くような乱暴な仕草でそれを取り、それを解読機に入れた。
「どうせまた大したこともない報告だろうな。」口の悪い通信士が言った。するとここでの最高位の通信士だと思われる男が彼を何か言うように軽く睨みつける。それに気づいたのか彼も何か文句がありそうだが言うのをやめた。そうこうしていると解読機が解読を終え、今度は文字が書かれた長い紙になって出てきた。それを若い通信士が取った。
「それでは読みますね。”本部発、第4師団ハ現在ノ活動地域ヲ離レ、ハルハ川地域ニ移動セリ”・・・だそうです。」
「ハルハってソ連の勢力区域との境目だよな?」
「いよいよって感じだな。」通信所一体に異様な緊張感がまるで有害ガスのように部屋に充満した。
満洲地域:大興安嶺山脈 日本陸軍第4師団宿営地
この宿営地には第4師団の全車両が集結していた。どの戦車も濃い緑色の塗装に日本の日の丸が描かれており、それが何十台一定の感覚で並んでいる姿はある意味圧巻であった。そこに1台の二輪自動車だやってきた。それを見た一人の士官がそのやってきた二輪自動車に方に駆け足で向かっていき、乗っていたの本人もそれに気づき、エンジンを止め、バイクから降り、つけていたゴーグルを外してハンドルに引っ掛けた。
「どこ行っとたんですか、”岸田茂少佐”?」
「いや、ちょっと散歩にな。それよりどうした藤田大尉?」彼が若かりし日の岸田茂である。訛りが未だに抜けない藤田という大尉は息を切らしているのを岸田に心配されながら岸田に本人は隠そうとしているのだろうけど隠しきれていない呆れた表情で岸田に言った。
「本部から連絡が入ったみたいでぇ・・・・」藤田は歩き始めた岸田に並行するように歩き、そして本部から移動の連絡が入ったことを説明した。
「ボチボチ会議が始まります。早く行ってください。」
「わかった。」藤田は何か余裕そうな表情を浮かべている岸田にいささか不安があった。岸田はさっきのように暇なときは勝手にどこかに出かけていってしまう見た目とは裏腹な自由奔放な性格のため、上からはあまり生活面ではいい評価をされていないのだ。
「ホンマに大丈夫ですか?」
「大丈夫だ!何かあったらその時はその時さ!」藤田の心配事を尻目に彼はまるで他人事のような態度で返答した。岸田は楽天家で本当に見て目とはすべて逆な性格の持ち主であった。
コンクリートで固められた壁に周囲を囲まれた宿営舎内の一室、作戦司令室と扉に吊るされた部屋がある。岸田はこのドアのドアノブに手を掛け、ドアを開けようとした時に誰かが「岸田先輩」と自分を呼んでいることに岸田は気づき、その声がしたと思われる方に目を向けると、案の定そこには岸田が知っている人物が小走りでこちらに向かってきていた。
「岸田先輩!久しぶりです!」
「そうだな”伊藤”。内地務めだった時以来だな。」岸田はめんどくさがりながらもどこか嬉しそうな表情を浮かべながら駆け寄ってきた後輩士官に言った。彼の名は”伊藤 博”大尉。彼は童顔で下手をすればまだ学生だと思われるほど若々しく、そして身長も自分より高いので帝都の吉原では花魁のなかでもかなり人気があった。一瞬岸田は伊藤を見て妙だと思った。何故なら伊藤は自分と違って派遣部隊の中に入っていないはずだと思っていからであった。しかし、なぜ彼がここに居るのかすぐに思い出した。
「そういえば、お前確か最近吉原で問題起こしてここに飛ばされたんだったな。」
「はい!まさかあの芸者さんが暴力団とつながっていたとは・・・」岸田の呆れた言葉に対して伊藤は無念そうな表情で無駄にでかい声であの日ことを語りだそうとしたので岸田は止めをかけた。
「そんなことより入るぞ。いくらまだ集合までに時間があるとはいえ、こんなところにはながいしてはな・・・」
「そうですね。」伊藤はドアノブに手を掛けに練り、扉を押して開けた。伊藤はドアを抑えたままにして岸田に先に入るようにすすめて岸田もそれに応じるようにして入った。岸田はまず部屋の様子を伺った。すでに何人か席に座っており、岸田の方を目を向けたがすぐにそっぽを向いてしまう。随分と愛想のない輩だな。と岸田は表情には出さなっかたが複雑な心境で思った。
岸田が入ったのを確認した伊藤も部屋に入り二人はそれぞれの自分の決められた席に腰を下ろした。椅子は固くあまり座り心地がよくなく岸田は何度かお尻の位置を変えた。せめてクッションは置いといてほしいな。と岸田は叶うはずもない願望を思いながらやっといい位置が決まり、再び腰を下ろした。
岸田と伊藤が会議室に来てしばらく経った頃、もうすでにほとんどの席は各連隊長や大隊長で埋められていた。岸田はその時右手の腕時計を見た。もうそろそろ会議予定時刻に入ろうとしていた。その時、会議室に丸顔でどこにでも居そうな近所のおじさんのような風貌をした男性が副官と思われるメガネを掛けた男性と一緒に入ってきた。彼を見るなりその場にいるすべての岸田を含めた者たちはその場に立ち上がり陸軍式の敬礼を行った。この男こそが、この第4師団師団長”沢田茂”中将であった。彼は1912年に起きたシベリア出兵の経験から以降ソ連通になって、しばしば対ソ関係業務に携わっていた。彼はこの会議室の長机で一番目立つ端の真ん中に設置されたほかの椅子とは違うクッションが敷かれた椅子に静かながら中将という立場からか妙な威圧感を出しながら席に腰をおろした。沢田はまず席に座って行ったことはここに居る者の確認で、視線を一通り見渡したあとに秘書官から受け取った書類をパッと見、そして口を開いた。
「皆集まったのはなぜだかわかるな?」沢田の言葉に士官たちは頷き、それを見た沢田は話を進める。
「我々第4師団は現在拠点を置いている大興安嶺山脈からソ連国境の近くの黒河市に移動することになった。」その言葉を聞いた者たちはざわめきだした。今まで内地での警備がほとんどだったのにとうとう国境に飛ばされた。それはつまり、もうすぐ戦争が始まろうとしている証拠であった。伊藤がこっそり岸田に耳打ちしてきた。いよいよですかね。伊藤のその言葉に岸田は何とも言えない不安を感じた。そして岸田はそんな伊藤を励ますようにその時はその時さ。と岸田の口癖を言った。伊藤もいつも通りの岸田を感じたのか若干安心したようだ。でも、岸田自身もやはり奥底に不安な心境があったがそれをなんとか引き出さないように岸田は違うことを沢田の話に集中した。
読者の皆もなぜ日本軍が中国にいるのかと疑問に持っているはずである。
それは遡ること3年前の1935年11月30日。北の大国、そして世界初の社会主義国家であるソビエト連邦が北欧にあるフィンランドに軍事行動を起こした。しかし、侵攻はフィンランドの激しい抵抗や日英両軍の支援のせいで失敗した。ところが、それでもソ連の最高指導者であるヨシフ・スターリンの野望の炎は消えることはなかった、いや、むしろ日本とイギリスに対する憎悪でより一層強くなった。
しかし、流石にどこにでも侵攻っというわけには行かなかった。冬戦争でもソ連は少なからずの痛手を負ってしまい、下手に欧州などに侵攻しても、良くて損害を出したが勝利、悪くて冬戦争よりも大きい損害を負う可能性があった。
しかし、そんな時に格好の獲物がいた。それは最近共産党を倒し、日英の支援で経済力をあげようと奮闘する中華民国であった。そしてソ連は中国国境に極東軍を配置し始めた。しかし、そんな大軍が移動するのだ。目立たないはずがない。日英軍はこれをソ連の中国侵攻だと判断し、日英の数多くの企業や諸借地があり中国北東部に日本は3個師団、イギリスは2個師団の派遣を決定したのだ。
「3年の沈黙を破り、いよいよ開戦ってわけだな。」会議も終わり、岸田は自分の部隊である”第6大隊”の方に独り言を言いながら余裕な表情で歩いていく、それに苛立ったのか藤田大尉がこちらに走ってきた。そして、はよしてください!と言い岸田の手をつかみ、そのまま自分たちの搭乗する戦車まで引っ張られた。そして半ば藤田に放り込まれるように戦車に搭乗した岸田は戦車の中を見渡した。通信士も操縦士も自分の事を毎度のことかと呆れながらも笑みを浮かべてみていた。岸田は藤田も搭乗したのを確認すると指示を出した。
「”山田操縦士”エンジンは?」
「もうかかってます。」如何にも生真面目そうな顔をした操縦士が返事する。
「そうか、岡田通信士。後続車両に電文。”発進準備完了セリ。全車発進”ってね。」
「了解。」この中で一番の最年少である通信士が後続車両に電文を送る。
「藤田、準備はいいか?」
「もちろんや。」藤田はやっとかという表情を浮かべながら言う。藤田の態度に苦笑いする岸田であったが、すぐに気分を整えた。第5大隊の最後の車両も動き出した。岸田の部隊が発進する番である。
「第6大隊、前へ。」山田がアクセルを踏み、鉄の巨体が動き出した。その姿はまるで眠りから覚めた猛獣のようであった。岸田はなぜか満足そうな顔で、部下たちは岸田のなにが満足なのか疑問に思ったが。状況が状況なのですぐに忘れてしまっていた。ちなみに岸田が満足そうだった理由は昔読んだ軍事小説の戦車長が言ったセリフと同じことが言えたからであった。
次回:遂にソ連軍が進軍を開始す!?