・17 道理
汝南から東へ五十里ほど進むと輿平と言う城郭に達する。この近辺は、揚州・徐州・豫州が入り乱れている所である。今も昔も行政区分の境目は山や川が利用されているのは御存知だと思うが、当時も其の慣習に変わりはないのだ。依って山の少ない中原の東端のこの近辺は、川が境界として利用されている。詰りは、郡境と為る淮水に流れ込む支流の数が夥しいと言う事だ。当然の事ながら、周囲の土地はその恩恵を賜る御蔭で肥沃の大地と為っているが、問題が無い訳では無く、河川が縦横に張り巡らされている事から、水量が増せばすぐに氾濫すると言った弊害が常に付きまとっている。
李光達が、三州が入り乱れる地域で水害が頻発していると知ったのは、輿平に到着し、情報収集の為に酒家に立ち寄った時だ。最近の何年かは雨期になると何日も雨天が続く事が多く、水量が増して氾濫を起こしている、と言う事だ。
残念な事に当時は淮水の河口付近の流域については、古今を問わずに治水事業を積極的に展開されてはいない。其れには幾つかの理由が有り、一つは河水の様に大きな災害まで発展しない事、もう一つは最大の農業地域である中原への影響が無い事、更には行政区分が入り乱れて他に押し付け合っている事が挙げられる。が、土地に暮らす者にとっては死活問題であり、こう言った治政の怠慢が国家への離心を後押ししている事は確かだ。現に、近年に起きた黄巾の乱では、この近辺に地域の出身者の多くが黄巾党に与し、多くの命の灯を淮水へと流している。
「壽春までは、船を使った方が良いでしょう」
此れは李光の言葉だが、状況から総合的に判断しての結論である。
勿論、蒋欽と陳武は不満を相貌に表している。船を使えば道程は楽に為るものの、状況には変化が訪れる事は無い。詰り、道中を修行としている二人の希望とは、全く反すると言う事だ。が、残念ながら其れも当然の様に李光からは無視されている。
「ですが、川が氾濫して岸との境が覚束ないのなら、間違い無く大型の商船は座礁を避ける為に出ていません。ですから、近隣の漁師を雇うのが早道でしょう」
言葉と共に立ち上がった李光は酒家の主人と二言三言と言葉を交し、酒代の外に幾らかの心付けを渡して店を後にした。
大通りを歩き始めた李光は、直ぐに路地を折れて裏道に入り、更に幾つかの路地を折れて城壁の間近にまでやって来ている。更に歩を進め、軈て一軒のうらぶれた仕舞屋の様な民家の前に立つと、戸を叩いて訪ないを入れる。すると直ぐに男が対応に現れるが、如何にも脛に傷の有りそうな雰囲気であった。
軈て、事情を告げた李光は男に案内されて屋内に踏み入れるが、少女と言い換えて良い周泰と蒋欽、それに陳武を加えた三人は、腰が引けていて一歩が踏み出せない。が、周囲を見回すとひとっこ一人居らず、寧ろこんな所で取り残される方が危険だと思ったか、身震いも早々に、軈て李光の後を追い、今では背中にくっ付いて後ろを歩いている。
奥の間に通された李光には何一つ気負いはない。任侠衆の屋敷と言えば何処も似たり寄ったりだし、強面であっても気の良い者が多い。他人の世話や仲介をして報酬を受け取るのが仕事だし、面倒事も多々あるので多少は強面の方が、押し出しが効いて良いのだ。
頭領と挨拶を交した李光は江陵や羅で任侠と関わっていた事を明かした上で、早々に本題を切り出した。
「壽春に赴く為に船の手配を頼みたいのです」
「残念ながら、近年立て続けに起きた水害の所為で商船の往来が無い。近隣の漁師を頼む事に為るから銭が余分に掛かるが、其れでも宜しいか?」
李光は即座に肯き、銀子を一粒渡した。敢えて言えば、破格の提示であるが、価値観は人に依って其々で、銭の分だけ壽春に行きたいと言う気持ちが伝わるのも確かなのだ。
加えて頭領の言葉から幾つかの事情を推察できる。商船の往来が無いと言う事は、各城郭の傍や街道上に有る渡し船の代金が跳ね上がっている可能性は高い。其れだけなら未だしも、懐の小銭を奪う為に無法の嫌疑を掛けて拘束する事が有るかもしれないし、直接に見ず知らずの漁師を頼めば、約束を履行されない位なら未だましな方で、やはり懐を狙って凶行に及ぶ可能性は捨てきれない。
其れを考えれば、信用を商売にしている任侠衆を通じて漁師を雇った方が確実だし、銭で安全を買えるのなら其れに越した事はない。
李光は己が腕の実力の程は分かっているし、生き永らえる事が最も重要である事を熟知している。尤も、其れを二人の少女に教えようとは思っていない。追々自分達で学んでいけば良いのだ。
「二、三日は掛かるから、宿で待つと良い。尤も、此処で待ってくれても一向に構わんがね……」
頭領は苦み走った笑顔を浮かべて取合ったが、其れは本心では無い。余所者が滞在すれば仕事に差障りが出るかも知れないし、邪魔に思うのは当然なのだ。
李光も其の事は理解しているが、敢えて、
「其れでは此方で厄介に為ります」
と言った。連絡は必ずこの屋敷を中継するのなら、面倒は省いた方が良い――、と李光は考えたのだ。
「大丈夫なのかよ?」
此れは、蒋欽の言葉だ。普段は威勢の良い事を言っていても、所詮は年端のいかない子供である。人相だけで他人を判断してしまっていて、強面ばかりが揃うこの屋敷への滞在を不安に思っているのだ。李光が人を見る目が有るとは言わないが、見ず知らずの李光達を屋敷に通して面越し、更には御為倒しを見せずに要望に応えているのだから、寧ろ善良な部類の任侠衆だと考えるべきだ。其れでも、
「人を見掛けや肩書だけで判断してはいけません」
と、李光は応じただけであった。
尤も、先頭の男は李光の言葉に擽ったそうに首を竦めている。
結局の所、漁師の手配が済むまでに四日が掛かっている。予定よりも時間が掛かったが、急いでいる訳ではない少年達にすれば、如何と言う事は無い。厄介に為っている間は、李光はこの屋敷に届く陳情書や上申書の草案を纏め、頭領の裁可を受けた上で清書を行うなどして時間を潰している。
恩を売ろうとは考えてはいないが、手持無沙汰で時を過ごすのを嫌ったとの理由だが、打算が無かった訳では無いし、恩を感じてくれるのならば敢えて其れで良かった。寧ろ、元よりその心算で此の家に厄介に為ったと言った方が良い。任侠衆は仁義に篤い事から、李光が誠意を以って接すれば、其れに応えると考えた。案の定、其れは功を奏し、李光に紹介された漁師は若くはあるが、その分だけ世間ずれしていなさそうな好人物であった。言葉を変えれば、純朴な堅物と言う表現がしっくりと来る。彼の見た目は、がっしりとした体格に温厚そうな相貌が特徴と言えよう。更に細かい所に目を向ければ、太い鼻梁と眉、それらに反して目は細く、李光の良く知る或る人物を思い起こさせる。
――張業は達者であろうか……
李光の相貌に一瞬だけ寂寥が浮かんだ。何時まで経っても精彩を取り戻せない親友を見れば、王媚を救えなかった事に後悔が無い訳がないのだ。が、其れも一瞬であった。やり直したい事であっても、昔日は戻って来ないのだ。事実を受け止めて今後に活かすしかないのだ。其の思いを曖気にも出さず、
「宜しく頼みます」
と漁師の肩を軽く叩き、李光は小舟の中央に腰を下ろした。次いで、周泰、蒋欽、陳武の銘々も其々に腰を落ち着けている。
「壽春は荒れているから、東城まで頼む」
李光達の世話をしていた男が声を掛けると、漁師は太い顎を引いて了承した。次いで李光に声を掛ける。
「東城に付いたら、魯家の粛と言う士大夫を訊ねな。困っている者を捨て置けない御仁だから、必ず力に為ってくれる。顔には出さねェが、親方は感謝していたぜ。また輿平に来る事が有ったら顔を見せに来な」
男は口端を上げて微笑むと、名残を惜しむ事無く背中を見せる。其れを見届けた漁師が櫂を操ると、船はゆっくりと水面を滑り始めた。
東城までは、四日が掛かっている。因みに壽春は三日目に夕刻に通り過ぎている。
船を降りる段に為り、李光は漁師に行くばかかの銭を手渡し、言葉も添える。
「私が頼んだのは壽春までです。壽春から東城迄の往復は含まれていませんから……」
と言い、恐縮する漁師に無理に銭を握らせて別れている。輿平を発つ時、男が李光にも聞こえる様に言ったのは、漁師への心遣いを求めての事であろう、と受け取ったからだ。
扨、東城で、
「魯姓の士大夫」
と尋ねると、直ぐにその所在が明らかに為った。城郭から五里ほど東にある集落に居を構えている事が分かった。少年達は、その足で魯粛を訊ねる事にした。但し、周泰だけは手持ちが銀子ばかりが残って不便になったので、
「両替商に立ち寄ってから後を追います」
と言い、三人とは別行動と為った。
東城から魯粛の住む集落までは田園風景が広がっている。否、正確には嘗ては何処までも広がる田園風景であった、と言った方が良い。水害の様子が如何に凄惨であったのかを示す様に、水田であった所には泥土が堆積しているし、罅割れている溝の深さからすれば、どれ程の泥土が押し寄せたのかは程が知れるし、足元の街道も中央部分は人の往来に依って搔き分けられてはいるものの、縁には泥が積み重なっている。
但し、其処に問題が有る訳では無い。自然災害は仕方がない事と言って良いし、治水が進んでいないのは昨今に始まった事では無い。言わば、この地域に住む民にすれば、水害は運命付けられている事柄である。そう言った環境の中で人は城郭を建て、邑を起こして営みを続けているのだから、こう言った災害の後には必ず力を合わせて復興を行うものである。現に、李光とて安穏無事に桂陽で生活をしていた訳では無く、豪雨の後には何度となく棚田は崩れて農事には支障が有ったのだ。その苦境は、村人が一丸に為って乗越えて来たし、何処に行っても其れが変わる事は無い筈なのだ。云わば、常識なのだ。
其れが常識であるにも拘らず、果てしなく広がる泥土と化した田圃には人の影が少ない。遠方で数人が野良仕事に従事しているだけである。李光は、其処が不可解であった。
五里ならば、四半時であろう。現に李光達が要した時間もその程度だ。邑内に脚を踏み入れた李光は唖然とした。本来なら、水害などに遭遇すると収入が覚束なくなる事から生活は苦しくなるのが順当な結果だ。当然、人々の相貌は苦悩が満ちるのが普通だろう。が、邑人の貌には苦悩の色は無く、其ればかりか呑気に酒を酌み交わして談笑に耽っている者が多い。魯邑では、李光の抱く常識は覆されたのだ。
――如何言った絡繰りか……
頸を捻った李光は、近くの者に魯粛の所在を訊ねて屋敷へと向かった。
魯邑は広く無い。端から端まで歩いても十町は無いだろう。邑の中央に有る魯家ならば、数を勘定しながら歩いても間違える事は無さそうだ。程無くして魯家に辿り着くと、魯粛らしき人物と数人の村人が話し込んでいたが、軈て何かを受け取ると二度三度と頭を下げて立ち去って行った。
其の様子を怪訝に思わなかった訳では無いが、李光は礼節に法って少し離れた所で立止まり、魯粛が気付くのを待ってから丁寧に辞儀をして近付いた。性格が面相に現れると言う表現が真実なら、魯粛と言う人は何処までも慈愛の強い人物であろう。眉や瞳、口端からは温柔さが染み出ているし、常に絶やさない笑顔も、其れが事実であろうと思わせる程に穏やかであり、
「人を見掛けや肩書だけで判断してはいけません」
と、蒋欽を嗜めた李光ですらも好感を抱く程であった。
其の時だ、二人の男が李光を追い抜いた。否や、魯粛に近寄って懇願を始める。
「魯大人、又、お願いします。此の儘では明日の朝を迎える事が出来ません」
「仕方のない奴だ」
笑顔で応じた魯粛は銭入れを取り出し、幾ばかかを男達に手渡した。
この遣り取りを見た李光は、全ての謎が氷解した。詰り、魯粛は援助か何かと称して施しを与えているのだ。一瞬にして、李光が抱いた魯粛への判断は反転した。物事を弁えぬ輩か、若しくは名誉だけを欲しているのだ。どちらにしても、無知か腹黒と言う事である。
去りゆく男達を睨む様にして見送ると、李光は瞳に怒りを込めた儘で口を開いたのだ。
「貴方は間違っている」
と。
言うや、驚きで目を白黒させる魯粛を置き去りにし、李光は踵を返した。輿平の頭領の勧めで来てみたが、
――この様な所に居ても意味は無い。
と。唯、怒りに身を任せた李光は周囲への注意を怠った。先程、銭をせびりに来た男達は、李光の言葉を耳にして嚇怒に顔を歪ませていたのだ。
魯粛に愛想を尽かした李光が邑を立ち去ろうとしたその時、
「余計な事を言ってくれるじゃねェか」
と、突然四人の男に囲まれた。見れば、李光達を追い抜いて魯粛に銭をせびっていた男達が混じっている。
呼び止めるや否や、一人が殴り掛かり、其れを避けた李光と揉み合いに為った。残りは蒋欽と陳武に襲い掛かったが、二人は器用に体勢を入れ替えて三人の相手を始めて、忽ち喧嘩は均衡状態に為った。と言っても、李光達は圧倒的に不利な状況と言って良い。当然、相手にとっては本拠地なのだから、何時加勢が現れても不思議はない。現に、早くも周囲には人の輪が出来上がり、男達は、
「此奴等、魯大人を誑かそうとしやがったんだ」
と、味方を増やそうと喚いている。彼等にすれば、魯粛からの援助が無く為れば死活問題に為る。間違っているとは解っていても、目の前の男の助言で此れまでの行いを正されては、再び苦境に立ち向かい、仕事をしなければならない。仕事をしなくても生活が出来るのなら其れに越した事はないし、誰もが、
――楽をしたい。
と思っているのだ。
するとその思いが通じたか、李光の視界の端に、腕捲りをした大男が群衆を搔き分けて現れた。蒋欽と陳武も其れを見止めると流石に危機を感じ、
「幼平!」
と喚き、近くに友が居ると信じて救けを求めた。今の均衡が崩れれば、間違い無く危機に晒されるし、場合に依っては死を覚悟しなければならない。本の些細な訪問の心算が荒事に為り、修行の為の旅と豪語する彼女達の思う展開には為ったが、死んでしまっては意味が無いものの、残念ながら状況は最悪に近かった。
一方、東城で両替を終えた周泰は、弾む様な足取りで先行した三人を追っている。元々より身体能力が高い彼女なら、李光達が四半時の時間を要すなら、彼女は更に其の半分の時間で充分であった。其れが証拠に、魯邑はもう目の前に有るのだ。彼女は一層に足を速めた。
「幼平!」
この叫び声が聞こえたのは其の時だ。蒋欽と陳武の切羽詰った声である事は直ぐに解り、友が危機に陥っていると判断した周泰は、飛ぶ様な勢いで駆けだした。
――もう少し……
と言う所で、鴉の喚き声が周泰の耳朶に届く。其れを気にしなければ何の問題も無かったのだが、一瞥してしまったが為に邑の境界の逆茂木の根元で猫が鴉に苛められて震えている様子を捉えてしまった。其れを見止めた瞬間、
「御猫様!」
と叫んだ周泰は速度も落とさずに直角に進路を変えていた。近くに有った棒切れを掴むと、其れを振って鴉を追い払い、その次には猫を抱き上げていた。
「モフモフですゥ~」
と上機嫌で独り言つ。
その貌は至福に染まっていて、彼女の耳朶にはもう何者の声も届く事は無く、救けの声が上がった事も綺麗さっぱりと忘れ去り、今では抱き上げた猫に頬ずりをしている。
扨、結局李光達三人は、襤褸雑巾の様な出で立ちに為っていた。男達も命を取る気迄は無かったろうし、何より、騒ぎを聞き付けた魯粛が、何事が起こったのかと駆け付けたからだ。魯粛が現れると群衆は蜘蛛の子を散らす様に逃げ去った。残された李光達三人の惨状を見止めた魯粛は、
「何故、この様な事に……?」
と戸惑いを見せたが、痛みを堪えつつ立上った李光は彼を一瞥し、
「恐らく、私達が彼等の今の生活を毀すと思ったのでしょう」
と応えた。彼方此方に痣を拵えている蒋欽と陳武も李光と同じ考えなのか、頻りと肯いている。其れでも魯粛は戸惑いを見せている為、今度ははっきりと理由を口にした。
「働かずとも食べていける今の生活が消え去ると思ったのでしょう」
と。
真実を知った魯粛は、首を肩にめり込ませる程に項垂れた。良かれと思って始めた事が、こんな悲劇を呼ぶとは思わなかったのだ。
そして、悲劇は連鎖する。周泰が猫を抱いて登場したのは此の時であった。勿論、貌はだらしが無い程に至福の極致に有る。更には、よせば良いのにこんな事まで言ってしまった。
「見て下さい、モフモフですゥ~ 近くで鴉に虐められている所を助けたら、この通り、懐いてくれました」
と。
詰り、周泰は自分の口で、
「近くに居た」
と宣言してしまったのだ。
蒋欽と陳武の貌から表情が消えた。最も年長の李光ですらも、此の事に付いては口を挿もうとは思わなかった。結果、四人共に仲良く襤褸雑巾に為り、顔に痣を拵えたのだ。其ればかりか、周泰の腕に抱かれた猫は、蒋欽と陳武の形相に怯えて逃げ去ってしまった。彼女にすれば、泣きっ面に蜂、であろうが、敢えて同情は出来ない。
結局、その晩は魯粛の屋敷に厄介に為った。
魯粛は相変わらず立ち直る事が出来ず、晩餐を目の前にして、
「私は、何処で間違えてしまったのでしょう……」
と呟く。
助言する心算は無かったが、李光にすれば、魯粛の間違いは身近な問題でもある。
「私が李姓の者であるだけに、貴方の行動の全てが間違いだと言えませんし、寧ろ、賛同すべき所は多いのです。唯、李耳の言葉だけでは人を救う事は出来ず、孔丘の言葉だけでも足りません。困っている者は、今この時の援助を待っているのは事実だし、一月先、一年先の事も考えてやらねばなりません。詰り、孔子や老子の教えの良い所取りをすれば良いのです。其の日の食の確保をしながら田圃の復興を行う。労働の対価として食事を保証するのです。憂慮は考え方次第で取り除く事が出来るのです。同様に、田圃に積もった泥土も取り払えば良いのです」
目を白黒させていた魯粛は、李光の言葉に膝を敲いて納得した。近隣一帯では、水害の所為で穀物が不足していて、銭で渡すしかないと考えていたのだ。妥協した事が、邑を危機に陥れてしまったのだ。
李光は、食事に困っているのなら、食事を施すのが最も好い解決法だと考えた。実に単純な事だが、肉体労働に従事した事の無い魯粛にとっては、正道こそが唯一無二の解決法だと知らなかったと言う事だ。
魯粛の歓び様は、褒められた幼子の其れであった。
但し、手を取って相好を崩しながら歓ぶ魯粛より、上座で置物の様に危座している彼の両親、魯翁と魯媼が深々と低頭している様子が、李光にすれば身の置き所が無い程にくすぐったくて仕方がないのだ。
李光は助言をした訳では無い。理屈では其れが最も正しいと考える自分が、其の場に立った時にその判断が出来るかどうかを考えたにすぎないのだ。決して魯粛に助言をした訳では無い。
翌朝に為り、李光は出立を告げた。送りに出た魯粛は野良着を身に纏っていた。 きっと、野良仕事を率先して行おうと言うのだ。
そんな魯粛が別れの言葉と共に懇請をする。
「北に向かうのなら、李先生に頼みたい事が有るのです」
と。
李光は内容を聞かずに肯き、魯粛の願いに応えようと思った。
「東海郡の朐県に糜竺と言う豪商が居ます。邑人に食事を提供しようにも、此の邑の備蓄は乏しいので何処からか買い付けをしなければなりません。海内全体が災禍に見舞われて穀物が不足しているかもしれませんが、糜大人なら何とかしてくれるかもしれません。そこで……」
と言うと、魯粛は懐から木簡を取り出して李光に手渡した。
「此れを糜大人に手渡して頂きたいのです。客人に頼み事をするのは恐縮ですが、人手が足りない今は、藁にも縋りたいのです」
と言う。
李光はもう一度肯いた。快諾する事で、魯粛の憂慮が少しでも取り払われればよいと思ったのだ。乗り掛かった船なら仕方だ無い――、と。
李光は、邑人に見つからない様に早々と魯邑から退散した。
恋姫のメンバーが出ないなァ……
次も出ないだよ……
その次に為ってやっと一人出るんだよ……




