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飛湍の中  作者: GOLDMUND
17/22

・16 開眼

短くてゴメン……

次も短いかも……

変な人ばっかりの周家にもう一人仲間入りです。

 合肥を北上する街道に沿って歩を進める、汝南に出る。距離は三百里程で、脚の達者な者なら三日と言うのが順当な距離だ。が、残念ながら李光を含めた四人の一行は、溌溂とした若者ばかりであるにも拘らずに四日以上は掛かりそうである。

 しかも、本来は汝南と合肥は主街道上に有り、整備された道に依って脚への負担は少なく、障害は無い筈なのだ。しかも、合肥と言う防衛上で重要な都市が有れば、警戒は厳重に行われている事から賊徒などの影がある筈は無く、余計に旅人への負担は軽く為るのだ。

 為る筈なのだ……、が、

「先生! こんな道じゃあ、腕を磨く事が出来ないよ! 何の為に私達が付いて来ていると思ってるんだよ! 裏街道とか、山道とか、人の往来の少ない所じゃないと困るんだよ!」

 と、口を尖らせる蒋欽と陳武の不満が無ければ、の話である。

 併し、常識で判断すれば、態々と危険が潜む裏街道を通ろうとする者は皆無であろう。当然の事ながら、常識を有し、射弓以外に覚えのない李光にすれば、却下するのが当然であろう。

 但し、此の二人にすれば言い分はある。二人は武技を高める為に李光に同道しているのだ。と言うか、無理矢理と親の説得を行った迄は良いが、修行の条件として、李光に同道する事、と其々の親から釘を刺されているし、旅費に関しても李光任せである。本来なら我侭を口に出来ない立場であるにも関わらず、其れが出来るのは少々世間の常識が足りない少壮だからか、若しくはそう言った性格だからだろう。

 二人は、否、周泰を含めた三人は、未だ加冠を迎えてはいないからこそ、世間と言うものを知らないのだ。

 但し、この手の人間の扱いが慣れている李光である。人は違えど、こんな苦労は大した事が無いのだ。だからこそ、二人からの文句を全く取合う事無く黙々と歩を進めている。兎に角、相手にしない事が最も効果的な手段である事は、此れまでの経験から熟知している。現に、蒋欽と陳武の二人は相貌に不満を張り付けながらも、李光の背を追うしかないのだ。

 急ぐ旅でなければ、三日が四日に為っても如何と言う事は無いし、五日に為ったとしても何の問題も無い。李光は、蒋欽と陳武のけたたましい文句と雲雀の晴れやかな囀りを交互に聞きながらのんびりと歩いている。それでも時間の経過と共に脚は進み、汝南の城郭が遠望できるようになったのは、合肥を出立して四日目の夕刻であった。

 相変わらず通鑑を提示する必要は無い。容貌と身形が釣り合わない者であろうが、老若を問わずの女ばかりの一行であろうが、明らかに不審の風体であろうが、門衛に賂を掴ませさえすれば、何処の誰であっても関係が無いのだ。勿論、李光達のように若輩者ばかりであっても関係はない。黄巾の賊徒に依る城郭の奪取も、種を明かしてしまえば実に陳腐な話しであったのだ。結局、銭に目が眩んだ役人が、自らの手で災厄を招き入れたのだ。

 唯、荊州に比べると、吏人の質が明らかに低くなっているとは感じた。横柄な態度と要求する賂の額が其れを証明している。城門を潜る際、複数なら多少の賂の割り増しをするが、

「人数分に寄越せ」

 と、はっきりと口に出されたのは初めてであった。其の時の義憤を感じた李光の貌には誰も気付かなかった。

 汝南は、豫州南部の中核都市に当たる。広大な平地が周囲に広がるばかりか、淮水が北を通る事で肥沃な大地を作り上げている。当然ながら口数は多く、又、西漢の時代には諸侯国の領地であった事から豪族が多い。汝南と言えば真先に浮かぶ氏姓は『袁』家だが、再三登場している『周』家もこの近辺で名を上げた。その証拠に、

「周泰ではないか」

 と、駈け寄って来たのは、周防と言う者である。周家の分家は、此の汝南にもあるのだ。

 周防は、汝南で仕えている吏人で、計掾(けいじょう)を担当している。扶持が多い訳ではないが、無駄な贅沢さえ控えれば、充分な生活を送る事が出来る位には収入が有る。唯、時代が時代であるが為に賂をせびって贅沢をする者が多く、汝南に於ける金の動きが分かる地位にあるだけに個々の生活の質が判る所為か、密告を恐れる者から煙たがられていて、少々損な役回りを押付けられている。

 英邁が揃う周家の中では官人として推挙を受ける事無く、周防は見た目に於いても万事に於いても普通な人と言った印象が強い。

 簡素な挨拶の後、周泰から事情を聴いた周防は、

「そう言う事なら、我が家に泊まると良い。李少年が宗家の客なら、我が家にとっても客である事に変わりはない」

 と言い、朗らかな笑顔で先に立ち、のんびりと街の外れに歩き始めた。


 薄闇に未練を残していた夕景は去り、今では春宵も深くなっている。

 汝南周家で世話に為る事にした李光達四人は夕餉を済ませ、加冠を迎えてはいない三人は此れまでの旅の高揚と疲労で早くも臥所で身を横たえているが、旅慣れをしている李光はのんびりと朧月を眺めていた。

其の時だ。

「一献どうですか」

 (ぬく)やかな春宵の様な言葉と共に顔を出したのは周防だ。両の手には盃と瓶子を持っている。その直後には肴を持った女が居て、春の様な柔らかな笑顔を添えていた。

「主人は、計掾と言う役目柄、同僚の方々から酒の席に誘って貰えません。宜しかったら、付き合ってあげて下さいな」

「馬鹿者、余計な事は言わんで宜しい」

「はいはい」

 二人は李光が招き入れるのを待たずに部屋に入り、周防はさっさと腰を落ち着け、妻は手早く肴を置くと、良人の視線に追われる様に疾々(とっと)と姿を消している。

 李光は、微苦笑と共に周防へと膝を突き合わせた。

 出会いに乾杯をした後、世間話と共に盃を重ねたが、住む世界が違う二人に共通した世間話は多くは無い。

 軈て、

「所で、汝南は如何ですか?」

 と、周防は続けた。微笑む眼差しの奥の瞳の色が変わった所を見ると、此処からが話の本題と言う事だが、残念ながら、李光は其の事には気付いていない。

 扨、周防は、李光に付いては大まかに知っている。宗家の周異の采配で、周家の各分家の住む城郭に李光が訪れるかも知れないとの旨の書簡が送ってあり、或る程度の面倒を頼んでいるからだ。詰り、周防は偶然を装って周泰に声を掛けたが、実は李光を待ち伏せをしていた、と言う事に為る。

 断片ながら少年の事を知れば、数日、下手をすれば一晩の付き合いとは言え、口添えが出来れば其れに越した事はない、とこうやって酒肴を手に現れたのだ。

 扨、問われた李光は視線を落として口を開く。

「慾深い人が多いのではないか、と感じました」

 周家の一員とは言え、こんな事を話して良いのかと言う罪悪感が有る。

 言葉を聞いた周防は、自嘲とも取れる笑みを浮かべた。否、寧ろ、穢れていない李光が羨ましかったのかもしれない。城門を潜っただけに、李光が何を訴えているのかがはっきりと理解が出来る。其れは、彼自身にも通ずる所が有るのだ。

 相貌から笑みが消えた時、周防は口を開いた。

「誰もがより良い暮らしを望んでいるのです」

 李光は、視線を上げて眼差しで訳を問うた。

「官人にせよ吏人にせよ、庶民とは比べ物に為らない程に収入が多いし、その上に安定しているのです。役職が上がれば、更に収入は増すのです」

「為れば、己が見識を深め、経験を活かせば良い」

「ですが、官吏の数は夥しく、こんな地方の汝南でさえ余剰しています。その中で頭角を現すのは難く、寧ろ、他の手段を使って上役の目を引く方が効率は能く、言葉を変えれば、賢明、と言えます。漢の時代に為って四百年、都が雒陽に移って百五十年が経ち、戦の声が遠くなった御蔭で海内は人で満ちています。庶民も然る事ながら、士大夫や豪族もその類を免れる事は出来ません。百姓(ひゃくせい)が生きるのに懸命なのと同じ様に、士大夫や豪族とて生き残る事に懸命なのです」

「其れが売官と言う行為に及んだとしてもですか? その為に袖口を大きく広げるのですか? その大元と為るものが民の血税であると、民を苦しめる行為だと分かっていても、ですか?」

 周防は、曖昧ではあっても肯いてこの言葉を認めた。

 本人の意志ではなくとも此れまでの経験が、其処に現在の朝廟の真理が有ると理解しているのだ。既に孝行で廉直なだけでは今の世を生き抜く事は出来ない。政治や軍務の才能の豊かさより、世渡りの上手さと言う才能を開花させた方が、現在の朝廟では出世が出来るのは周知の事実なのだ。

 周防自身がそう言った才能に乏しいだけに強く実感している。唯、彼は儒者であるが故に、出世や偉業と言うものには重きを置かず、生き様そのものに価値を見出すから人生を達観できるし、客観的な眼差しを向ける事が出来るのかもしれない。

 が、残念ながら李光は孺子で、周防の様に広い世界を見て来た訳ではないし、見識を備えている訳では無い。其ればかりか、若さから来る潔癖と言うものもあるのだ。

「その昔、子産や士会、晏子が人臣位を極めた時には賂は横行せず、適材適所に人が割り振られました。併し、費無忌や鄒忌が同様の立場に為った時には賂は横行し、国政は停滞するばかりか滅亡の危機を迎える様にまで為りました。今の国家は、其の時と同じで、破滅の道を進んでいるとしか思えません。上が襟を正せば、何れは下の者も清廉に為りましょう」

 周防は、その言葉にも肯いた。

 儒者である周防が、この言葉を否定する筈が無い。李光の言葉は、正に孔丘の言葉である。

 抑々、周防と言う人は賂を受け取らない。言葉を変えれば、上役に諂わないと言う事だ。だから疎まれ、考廉であっても推挙を受ける事が出来ずに県吏に埋もれている。唯、計掾に為れたのは其の清廉な態度が故だ。賂を受け取らない周防なら、県政の予算会計を任せても邪な思いは抱くまい、と県令は考えた訳である。

「李少年は、清流の様な御方だ。滔々と湧き出る清流が有ってこそ、今の海内は潤っているのです。ですから、李少年の様な御方は、何時の世であっても海内には必要な人と言えましょう」

 其処まで聞いた李光は、少し首を傾げた。反論されると思っていただけに、拍子抜けもした。だからこそ、突然の周防の言葉の意味する所が今一つ見当が付かないのだ。が、周防は、訝っている李光を余所目に言葉を続ける。

「ですが、滔々と湧き出る清流が、海内に流れるからこそ意味が有るのです。河水と為り、江水と為り、その支流と為るからこそ意味が有るのです。其れこそ、鮮卑の地や唐旄、発羌の地に向かい、彼の地を潤わせては意味が有りません。喩、河口が近く為って源流の様な清らかさを失ってしまったとしても、喩、汚れてしまったとしても、肥沃の大地を作る事は出来るのですから」

 李光は、何時の間にか低頭していた。

 川が下流に為るに従って形や色を変える様に、掲げる理想も立ち位置に依って変わるものなのだ。穢れる事を恐れては、何も出来ないのだ――、と。

 現実を知れば、出来る事と出来ない事の判別が出来る様に為る。其の時に、すべき事を見誤らねば良いのだ。李光が頭を戻した時、周防の姿は既に戸口に有った。

「今日は良い酒であった。若者と語らうと、若き日々を思い出し、明日への活力と為る」

 独り言つ周防は、覚束ない足取りで闇の中へと消えて行った。李光は、もう一度頭を下げて周防を送り出していた。


 翌朝を迎え、李光達四人の姿は汝南の東門にある。

「徐州に向かうなら東に向かった方が良い。汝南から北進して淮水を渡ると兗州との境と為り、未だに多くの賊徒が跋扈している筈だ」

 と、周防に教えられたからだ。

 相変わらず蒋欽と陳武の貌は不満に満ちている。二人の視線を追えば、広くはないが真直ぐの街道が伸びていて、如何考えても危機らしい危機が有るとは思えないからだ。

 李光は、二人に構う事無く一歩を踏み出した。


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