・9 溜息
今回を含め、数回は、テスト投稿を実施しています。
色々なご指摘を受け、文字数のボリュームと、表現を平素なものにするように心がけてみました。
尚、文字数の減少に伴い、更新の速度には関係が有りません。
それにしても、孫堅の大切な一言(笑)を引き出すまでが長かったです。
高燥の地、涼州を表す言葉として、最適なものは此れに尽きる。茶褐色の大地は乾燥していて、潤いを湛える筈の草木は何処となく生気に乏しい。其れは、其処に住む人々も同じだ。
敢えて記す必要も無いだろうが、河西地方は通年の雨量が少なく、寒暖の差が激しい。人が生活するには厳しい土地だ。敵は自然だけでは無い。周囲は異民族に囲まれ、漢民族よりも更に厳しい生活をしている彼等に依る掠奪は、日常茶飯事だ。晩秋から初春に掛けては鮮卑族が、晩春から初秋に掛けては羌族や氐族が、食糧や従僕、金品に文化、様々なものの略奪を行う。
生活が厳しいこの地域は、常に国家の保護を必要としているのだ。武帝の時代に敦煌まで延ばされた長城だけでは、彼等の生活を守る事が出来なくなった。
先ず、最初に根を上げたのが、常に職にあぶれがちな、漢民族に帰化した羌族だ。涼州の反乱と呼ばれた、黄巾の乱の直後に起きた謀反は、困苦に喘ぐ河西の民の泣訴である。
此の反乱の鎮圧に当ったのが、涼州を出自とする董卓、江東を出自とする孫堅、そして主将が、やはり西涼出身の皇甫嵩である。
涼州の事情を弁えている董卓は、時間が掛かったとしても慰撫する事で鎮圧を行う事を主張し、承認した皇甫嵩は其れを実施している。
孫堅は律令を順守して強硬策を提案したが、退けられた。
鎮圧は、城郭を包囲し、住民には手を出さず、又、反乱を起こした者へも配慮する、と言う形で行われる。云わば、前代未聞の鎮圧作戦だが、周囲の者は様子眺めをするだけで、官軍にも賊軍にも与する事が出来ず居る。戦況は全く動く事無く、巌の様に膠着してしまっているのだ。誰もが見誤って、身を滅ぼしたくは無いと思うのは当然なのだ。
と為れば、天秤は重たい方に傾ぐ様に、戦況は、資金力のある官軍へと有利に転がる。
賊軍が意気消沈するには、もう一押し、なのである。董卓自身も陣頭に立ち、首謀者の助命の確約を条件に、降伏を促す。籠城側の心の軟化は、日を追う毎に進む。誰もが、手ごたえを感じていた。今日なのか、明日なのか、どちらにせよ、それ程に遠い未来では無い。城門に白旗が掲げられるのは、確実な未来であった。
併し、反乱の終結は、予想外の所から齎される。
時の大将軍、何進からの書状は、先の三人にとっては寝耳に水の出来事であった。頃合いを見計らった様に、立て籠もっていた金城郡都・蘭県の城門が開く。白装束の韓遂が、縄打たれて引き出される態は、余りにもタイミングが良すぎる。
誰しもが、
――何かしらの裏取引が行われた。
と考えるのが順当であろう。
事実、韓遂は以前に公務で洛陽に赴き、何進に目を掛けられている。
何進は、異母妹が宮中入りした事で朗中として取り立てられて出世を繰り返し、現天子の正室に納まった事から大将軍にまで上り詰めた。云わば、時代の寵児なのだ。其れだけに、与党の数は少なく、支援者は、宮中の内外を問わずに多く欲しい。大将軍の権力が有れば、彼だけの判断で官人を登用が出来るのだ。
今回の反乱で、韓遂が、仕方が無く頭領として祭り上げられたのなら、刑罰から免ずる理由と為り、それどころか、恩を着せて与党に取り込む事が出来ると考えたのだろう。
唯、どれも此れも、孫堅にとっては如何でも良い事であった。勲功を上げる為に、勇んで涼州くんだりまでやって来たにも拘らず、全く成果を上げる事が出来なかったのは、彼女にとっては無駄な時を過ごしたのと変わらない。
抑々、温暖で豊かな土地に育った孫堅に、河西地方の荒んでいる風土を理解出来る筈は無く、中原や東海と言った豊かな地方での鎮圧と同じ献策をしたところで、退けられるのは当然と言って良い。単なる城郭を包囲するだけの頭数に数えられ、忸怩たる思いをしたとしても、其れは、仕方が無い事なのだ。
併し、孫堅は前向きな思考の持ち主だ。既に、彼女の瞳は別の世界を捉えている。
一刻も早く、此れまでの勲功を認められ、新たなる世界へ身を投ずべきだ。戦の場に為れば、董卓如きの後塵を拝する事は無い――、と。
何進からの書簡は、三人への今後の処遇も記されている。皇甫嵩は中央に戻って車騎将軍に、幷州刺史であった董卓は漢陽郡太守へ、そして、孫堅は長沙郡太守に任ぜられる。
孫堅は、進発に先だって郷里と、娘達が世話になっている廬江郡・周家に書簡を送る。内容は、
「赴任地と為る、長沙の近隣、江陵で落ち合おう」
と言うものだ。出入の行賈に、充分過ぎる心付けと共に書簡を託すと、戦後処理を近隣に赴任する董卓に圧し付け、忌々しい思いを振り払う様にして涼州を真先に離れた。
因みに、刺史と太守は同位の五品官である。太守や令の統制を行う職務に有るが、軍権を有しない事から利権は多く無い。刺史から太守への任地替えは、一見して降格の様に思えるが、利権の向上と言う意味では出世と言って良いのだ。
○
扨、長沙郡へと向かう道中であるが、孫家軍の面々は、珍しい光景を目にして途惑っている。
戦争屋の黄蓋が、勢い勇んで先頭を歩いているのだ。此れまで、活躍の無かったものや、意味の無い戦闘の後では、盛大にぼやき節が零れる筈である。特に今回の様に全く成果の無い戦いの後では、どうやって黄蓋を宥めようかと孫堅は真剣に悩んでいた。
其れが、この光景を見れば、
「如何為ってんのよ……」
と、主従の関係では有っても、知己である程普に怪訝な顔を見せるのは当然であろう。
「先日の事ですが、本人曰く、恋文が届きましてな……」
答える程普の顔は、今一つ釈然としない、と語っている。言葉には為っていないが、黄蓋が勘違いをしているのでは、と疑っている事が見て取れる。否、寧ろ其れは、確信に近いものだ。
尤も、外野にはそんな事は関係ない。
話題は、恋文の君へと移っている。黄蓋と言う女傑に手を出そうとはどんな命知らず、元い、どんな物好きだ、と言う言葉が口の端々に上る。誰もが吉報に悦ぶ中、程普の顔を見詰めていた孫堅だけは、盟友の耳朶に口唇を寄せた。
「知ってるんでしょ? 誰なのよ?」
「堅殿は、許県攻略の際、汚物の排泄口を塞げ、と献策してきた孺子を覚えていますか?」
「あッ! あの時の……。じゃあ、謁見した時から、祭とは、懇ろな仲だった、て事?」
「否、祭と孺子は、初見したのは潁陰ですから……」
そう言うと、程普は如何にも難しい顔をする。『祭』とは黄蓋の真名であるが、今の彼女の悦ぶ態を見れば、水を注すのも気が引けてしまうのだ。さりとて、ずるずると先延ばしにすれば、傷付いた時の落胆は小さなものでは無くなる。
程普は、如何すべきか、と悩んでいる。
孫堅は、盟友の表情を正確に読み取り、心情を察した。
「祭の勘違いの公算が大、か……」
程普は、顎を引いて肯定する。
孫堅と程普は、お互いの顔が鏡の様に思えてきた。
「はぁ……」
溜息が出るタイミングばかりか、その音量も全く同じであった。
――何で、こんな余分な苦労まで抱え込まなければならないのか……
と。
孫堅は、先頭を闊歩する黄蓋を呼寄せた。
多少でも諌めておかないと、然るべき時に使い物にならない可能性がある。行賈を通じ、湖南地方では井岡賊が暴れ回っている事は聞き及んでおり、長沙郡を治めるに当たり、民心を得るには丁度良い敲き台だと思っている。黄蓋には、活躍してもらわねば困るのだ。
併し、あからさまに地に足が付いていない黄蓋の様子を見て、行き成り孫堅の気持ちが萎えた。笑い声が聞こえてこなかったが、視界の端で、嘲笑を浮かべている様な程普の顔を見て、更に気持ちが萎える。
「何か、良い事が待っているみたいね」
其れでも、黄蓋を呼んだからには、萎えた気持ちを曖気にも出す事はせず、孫堅は、威厳ある主君から旧友に戻って話し掛ける。寧ろ、事情が分かっているだけに、浮き出しそうな歯を何食わぬ顔の奥にしまい込む事に苦労している。目の端に映った、程普が噴出している様子が憎たらしほどだ。
「いや何、儂の周りにいる男共ときたら盆暗ばっかりだと思っておったが、中々如何して、捨てたものでも無いと思っての。そうじゃ、祝言の立会人は、堅殿に御願いしようかの」
呵呵とでも笑い声が出て来そうな黄蓋を見て、孫堅はそこはかとなく不安に為る。
――私を引張り出したら、後には引けなくなるでしょうに……
と。
「そう……、其れは目出度いわね。じゃあ……、両家では、二人の婚姻には異存が無い訳ね?」
孫堅は、突込んだ所まで話す事で、黄蓋に現実を直視させると共に、冷静さを取り戻させようとする。婚姻は、当人同士だけの問題では無く、家同士の付き合いでもあるのだ。其れを置き去りにして、話を進める事が出来ないのが当時の結婚と言うものだ。
果たして、その効果は覿面で、黄蓋の萎れ方は、気の毒に為って仕舞う程であった。孫堅が、正直が過ぎたか――、と後悔に思う位に、である。
「其れは未だじゃが……、お互いの合意は出来ておる訳だし……。特に、問題は無かろう……。寧ろ、婿を連れて帰れば、儂の実家は、諸手を上げて喜ぶと思うが……」
其れと分かる程に視線を外した黄蓋は、しどろもどろに言い澱む。首は、肩に埋もれて仕舞いそうな程に項垂れている。
抑々、孫堅に従臣していた彼女が、逢瀬を重ねる事が出来る筈はない。お互いが合意しているどころか、両家の付き合いが進行している訳は無いのだ。単に嫁き遅れている事を焦っているだけだ。
――其れは、単に貴女の希望でしょう……
孫堅は、苦笑するしかない。
が、孫家軍の中でもこの人あり、と言われる猛将の黄蓋が此処まで萎れると、主君の孫堅としては、不憫で不憫で仕方が無くなる。普段の彼女は姉御肌で、軍内のムードメーカーでもあるのだ。だから、与えなくても良い、こんな助言をしてしまうのだ。
「……まァ、男なんて言うものは、跨って搾り尽くして、享楽を与えてやれば、女からは離れられなくなるわよ。子供が出来れば、確実だわ」
これは、孫堅の経験談だ。愛される努力より、勝ち取る努力をしろとは、如何にも孫堅らしい助言だ。併し、彼女は既に間違いを犯している。年端もいかない三人の娘を目の前に並べ、同じ言葉を訓告として与えている。次女ははにかんで俯いたが、長女と末女は、目を爛々として身を乗り出してきている。尤も、次女の方もしっかりと耳を欹ててはいたが……。
勿論、似た傾向にある黄蓋は力を取り戻している。
「やはり、立会人は、堅殿に頼むしかないのゥ」
と。
呵呵とでも笑い声が出て来そうな黄蓋に戻っている。
「はぁ……」
不意に聞こえて来たのは、誰かが漏らした溜息だろう。
案の定だが、その遣り取りを眺めていた程普の長い々々溜息は、聞かせたい者の耳朶には届く事は無く、高い々々秋の蒼空へと虚しくも吸い込まれていった。
◇ ◇ ◇
朗報は、錦帆賊よりも井岡賊の方が早かった。
勿論、郭石が人質と為る王媚を連れ帰ったのだ。
唯、区星は王媚を、否、王媚の形相を目に入れた瞬間にげんなりとした。敵中に単身であるにも拘らず、全く物怖じせずに睨み付けてくる様子は、強がっていると言うよりは、本当に気が強いと考えた方が良い。
井岡賊の都合良く動く様に、苦痛や我慾、性欲を利用して操ると言う方法もあるが、如何見ても寝首を掻かれるか、舌を噛み切って自殺でもしそうだ。人質は、生きていてこそ、価値が有るのだ。
今にも涎を垂らしそうな郭石が、区星を仰ぎ見る。此れは、彼のおねだりのポーズでもある。もの欲しそうな眼差しだ。
区星は、此の態度を見せられる必要も無く、できの悪い義弟が何を言って来るかが分かっていた。郭石は、こう言う鼻柱の強い女を屈服させるのが好きなのだ。此の性癖で、此れまでにも幾人もの女を肉塊に変えて来ている。
「あ、あ、兄貴、俺、この女が欲しい……」
案の定だ。
尤も、この言葉に真先に反応したのは王媚だ。今にも、射殺しそうな鋭い眼差しを郭石に向けている。
区星は、全く怖じる様子を見せない王媚を見て確信した。
――下手に手を出すもんじゃない……
と。
「駄目だ」
言い放った区星は、しょぼくれる郭石に代案を口にする。
「その代わり、邑から攫った女どもは、お前達の好きにしろ。但し、この女に手を出す事は、赦さん。部下にも徹底しろ」
小躍りして駆け出して行く郭石から目を離した区星は、視線を王媚へと移した。その瞳は、弟分に向けていたものとは全く変わっている。その眼光の鋭さは、此れまで気丈に振舞っていた王媚が、息を呑む程だ。
「先ずは、譲ちゃんの名前を教えて貰おうか?」
王媚は、口を固く噤む。下腹に力を入れていないと、蛇の様な眼差しに抗えそうにない。こんな所で命運を潰えさせようとは考えていないが、ペラペラと喋って仲間の事を売ろうとは考えていない。
兎に角、今は機会を待つしか無く、王媚はきつく目を瞑る事で黙秘する。
其の様子を見て、区星はせせら笑った。
王媚が口を噤んだ所で、女性の少ない錦帆賊では、直ぐの彼女の正体は知れる。そうすれば、此れまで漠然としていた錦帆賊の情報を絞る事が出来る。必然的に多くの情報が舞い込んでくる、と。
「猿轡をして牢屋に御案内しろ。不自由が無い様に、常に二人は近侍させて置け」
区星は、釣れて来る者がどんなものなのか、楽しみで仕方が無いのだ。
○
扨、此の頃の李光は、甘寧の下と江陵の往復である。
何か少しの異変が起きただけで飛び出していきそうな張業は、李光の監視下に置かれ、まんじりとも出来ずに鬱屈とした日々を過ごさなければならずにいる。
江陵には多くの情報が舞い込む。例えば、孫堅の長沙郡への赴任は、彼女が到着するよりも遥か以前に情報として齎されている。金城郡・蘭県から長沙まで、通常の行軍ならひと月は優に要すが、情報だけなら精々四・五日である。十日も有れば、海内の隅々まで行渡るのが現実だ。
偏に、行賈による情報の伝達網の秀逸さの賜である。
其れ故に、些細な情報でも、耳を傾けている者の下には届くのだ。
江湖の周辺で王媚の事を嗅ぎ回っている者が居る、と言う情報は直ぐに李光の耳にも届く。当然、此れは二人にとっては朗報である。王媚が生きているからこそ、多くの情報を得て現状を活かそうとしているのだ、と。
李光はその事を話し、無策で飛び出そうとする張業を引き留める。第一に、郭石と対峙して勝てる見込みが無い以上、錦帆賊の命運の為にも其れを赦す訳にはいかないのだ。
張業が戻ってすぐ、一度だけ李光に訊ねた事が有る。
「先生は、王媚の事が心配じゃないのか?」
咎める様な眼差しである。
李光は、答える事が出来なかった。
人に依って命に優劣の差は無い。況してや、仲間であれば、付き合いの長短で優劣の順位を決定を出来るものでは無い。己が悟性は間違っていないと思う。併し、親友の筈の王媚の命を優先できない自分は、
――何とも薄情な事だ。
と考えてしまう。李光は、視線を逸らすしか出来なかった。其の言葉が、李光と張業の友情に、罅を入れた訳ではない。単に、視線の高さに依る所見の違いに過ぎない。併し、二人は海内の底辺で生活をしているだけに、観念に齟齬が生れただけだ。詰り、李光はもっと高みを望んでいるが、張業は現在の生活に満足していると言う事だ。
本来、張業は、李光の為人を知っている筈だ。
――先生は、こういう人だ。
と。李光が、士大夫としての教育を受けている事を知っている筈なのだ。
寧ろ、張業の方が、王媚の事で視野が狭く為っている。自分が焦っている事は、十二分に判っている。併し、張業の置かれている状況が、その事を覆い隠してしまうのだ。
李光が質問に答えたのは、張業からの問いかけの翌日の事だ。
「私は、王媚の事を救いたい、と本心から思っている。併し、其れで仲間を窮地に陥れようとは考えていない。私は欲張りだから、王媚と仲間の命、その全て救いたいんだ」
張業は、目頭を熱くしてこの言葉を聞いた。李光は昔から何一つ変わってはおらず、己が変わってしまったのだ、と。
李光が待っているのは情報だ。策謀とは、緻密な情報で相手を摩耶かす方法も有れば、情報を少なくして惑わす方法もある。周朝は、必ず井岡賊で孤立し、錦帆賊と結ぶ事で活路を見出す筈だ、と。信念の強さは自信へと繋がり、更には言葉の強さとなった。
李光の言葉に、今度は張業の方が俯いた。胸裡を知り、身を知る雨を頬に伝わせた。
相変わらず、李光の下には朗報が届く事は無かったが、長沙の任侠衆から、こんな懇請の書簡が届けられる。
「新たな長沙郡太守が、着任に差当り、御家族を呼寄せました。失礼に成らぬよう、出迎えをして欲しい」
と。
孫堅は叩き上げの武人だが、任侠とは育ちが違う。そんな者を、礼節に通じていない彼等が出迎えるより、其れを弁える李光の方が適役だと考えたのだ。現在の錦帆賊は、任侠衆と密接な繋がりが有り、彼等の依頼を無碍にする事は出来ない。
唯、次の長沙郡太守は孫堅だと分かっているだけに、家族と言えば、その中には孫伯符嬢が含まれている事が分かっている。此れまでの経緯も有り、変に対抗心を燃やされるのは厄介だと思ったが、李光は、肯きと共に快諾した。
翌日になり、李光は夕刻に接岸する商船を迎えに出る。
真先に孫策の顔が飛び込んでくる。
次いで、やはり孫策と同じ様に、孫堅の面影を宿す二人の少女が下船する。その他に、大量の荷物を抱えているのは、孫家の僕人であろう。
李光は、溜息を吐いた。
――夢であって欲しかった……
と。
目敏い孫策は、深々と頭を下げて出迎える李光を見付けると、駈け寄って来るなり、得意気な顔をしてこう言った。
「錦帆賊と井岡賊が、面白い事に為っているんだって」
と。
この情報は、孫策が世話になっていた周家の息女・周瑜が仕入れたものだが、如何にも自分の手柄とでも言いた気な彼女は、まじまじと李光を見詰めてくる。
李光は視線を逸らす事も許されなかった。その一方で、どんな言葉なら断念させられるだろうか、と考えた。併し、良案は全く浮かんでこない。
「仕方ないから、私も手伝ってあげるわ」
畳掛ける様ににっこりと笑顔で見詰めてくる孫策は、腕を絡めて逃げられない様にすると、顔を更に近付けて獲物を追い詰め、態度でも詰め寄ってくる。
李光は、良案どころか言葉すらも何一つ浮かばなかった。断念したのは彼の方だった。
その代わり、
「はぁ……」
と、口から長い々々溜息が漏れ、高い々々秋空へと吸い込まれていっただけであった。




