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エメラルド・オーシャン  作者: ゆずはらしの
<疾き風槍>
4/11

* * *



副長ディナ、良いなあ。あんなに長く飛べて。〈大き翅〉の人は、船の呪印も使わなくて良いのよね」



 見張り台にいたセアラは、漆黒の翅を広げるテサを見上げ、思わずそう言った。


 セアラ・マイ・ヴェネ・ロ・ウーラヴェレ(僕たるウーラ氏族、ヴェネの娘のセアラ)。


 〈疾き風槍〉に属する船ノ人。見習いの水夫である。


 十五周期になる彼女は、まだ成長しきっていない。痩せっぽちで、そのせいか腕や足が長く見え、体の節々が目立つ。


 船ノ人としては良くある淡い紅色の髪は、十二になり、〈己が意志で飛ぶ〉ことを示した時から、きっちりと編み上げられている。しかし見習いであるため、編み込んだビーズは全て白い。


 色鮮やかなビーズは、正式な船員になった時に身につけるものだからだ。


 赤茶の瞳。少し鼻が低く、口は大きめ。顔には白っぽいそばかすが、点々と散っている。


 いつもは気安い笑みを陽気に浮かべるその顔に、今は憧れが浮かんでいた。


 なんて力強い飛翔だろう。


 テサを見上げ、セアラは思った。〈大き翅〉の人々は、美しい。副長は力強く神秘的で、船長は豪奢で優雅だ。二人が並んで空を行く姿は、神話か伝説に出てくる英雄たちのよう。竜のように美しく、嵐のように力強く、


 はるかな星々のように、手が届かない。


 自分では、あそこまで飛べない。この背の翅の大きさでは、船にまとわりついているのが精々だ。自分だけではない。この船のほとんどの者が、あの高さまで昇る事はできないだろう。



「副長もヴェッラだからな……見張りの役目はちゃんと果たしなよ、セアラ。テサに見とれてないでさ」



 帆の様子を見ていたアギーが、思わずもらした彼女の言葉に応じ、近寄ってきてそう言った。セアラは副長を見つめるのをやめ、仲間である年長の女に目線を向けた。



「つい、見ちゃっただけじゃない。ちゃんとやってるわよ。


 不思議なんだけど、アギー。みんな副長が古のヴェッラの筋だって言うけど……どうして? 副長ディナ、名前にロ・ヴェレってあるでしょ?」



 ロ・イーネヴェレ。副長の名前は、そうだったはずだ。



「テサは、最初の戦士長をしていたイエリさんの養女になったんだよ。で、イエリさんの氏族の名前を名乗るようになったのさ。でも元々は、ヴェッラだった。あの翅を見ればわかるだろう?」


「ヴェッラだったのに、なんで名前を捨てたの? 直系氏族ヴェルド・エイ・エレなら、それだけで良い暮らしができるんでしょ? 大きなお城みたいな船に住んでさ」


「色々あるのさ」



 アギーの言葉に、セアラは不満そうな顔になった。



「聞きたがりの知りたがり。人の過去にあれこれ口出ししたり、詮索するんじゃないよ。誰だって、見えないところに傷ぐらいは持ってるんだからね」



 会話を聞いていた、別の女がやって来てそう言った。エルマ。アギーと仲が良い古参の船員だ。



「そうだけど……なんか、気になるじゃない」



 膨れたセアラを、女たちは笑った。



「お嬢ちゃんは、まだまだ子どもだ」


「そうさ。人が言い出さないものは、聞くもんじゃない」


「子どもじゃないわよ! みんなは、気にならないの? 古の竜に直接つながるかもしれないのよ?」



 どうだって良いさ、と年長の女たちは答えた。



「あたしらにとって重要なのは、良い副長かどうかって事だけだよ。なあ、アギー?」


「エルマの言う通りだ。命を預けるのに信頼できるかどうか。それが一番重要だ。あたしは何度も、テサに命を助けられた」


「あたしもさ」


「あたしら、<海>を行く竜の娘にとっては、それが重要なんだ。他はどうってことない」


「そうともさ。セアラ。あんただって、〈海〉に落ちた時、副長に助けてもらっただろう」


「あ、あれは……」



 セアラの表情が、引きつって歪んだ。もう随分とたつのに、今も忘れることができない事故。


〈海〉に落ちて、飛ぶことも、這い上がる事もできなくなった。悲鳴を聞いた副長が飛んできて、重り輪を投げてくれた。それをつかんだ所を引き上げてもらい、副長に抱えられ、甲板に戻った。


〈海〉の中は暗く、上空の世界とはかけ離れた異様なものだった。ばたついてもばたついても、翅に緑がからみ、底へ、底へと引きずり込まれる。


 悪夢のようだった。


 落ちたセアラを狙い、角魚や角蛇が集まろうとしていた。海の獣の歯や牙の鳴る音を、セアラは確かに聞いた。


 恐ろしかった。ただただ、恐ろしかった。すぐに引き上げられたから助かったが、そうでなければ緑の底に沈み、魚や蛇たちに喰われていただろう。


 あの時のテサの、大きな翅。黒く輝くそれをセアラは、本当に美しいと思った。そして、憧れた。


 今も、憧れ続けている。死の恐怖に怯え、甲板に立つことすらできなくなった彼女がもう一度立ち直れたのも、恩人である副長の前に立ち、認められたいという願いがあったからだ。



「憧れてる相手の事が知りたいっていうのは、わかるけどねえ」



 からかうようにエルマが言う。セアラは赤面した。



「真っ赤だよ、セアラ」


「良いねえ、若い娘ってのは」



 女たちは笑った。



「そこ。なにをおしゃべりしている!」



 上から、副長の叱る声が降ってくる。



「ヤー、ディナ」


「ヤッハ、テサ・ディナ!」


「すみません、副長。作業に戻ります!」



 アギーとエルマは慌てて、帆に向かった。セアラも急いで姿勢をただし、前方に注意を戻した。


 少し離れた二人の声が、風に乗って切れ切れに聞こえてくる。



「叱られちまった」


「ああ、でも、じきに着くよ。本当に、安心だね。新しい船で、船長も副長もヴェッラで、〈大き翅〉の方々だなんて、他にはないよ。あの方々がいる限り、どんな航海でも無事に戻って来れる」


「古の竜の加護を、ヴェッラは持つからね……」




 ぎゃっ、ぎゃっ、ぎーっ、ぎゃっ、

 ぼおおー、ぼうおうーお、



 鳴き交わす、魚の声。響く、蛇の歌。



 ざ、ざざ、ずざざあああああ



 陽光を受けて輝く、緑の波。吹き過ぎる強い風。〈海〉から上がってくる、むっとする熱気と匂い。


 船は進む。


 柳ノ魚島は、次第にその姿を大きくしつつあった。




できているのがここまでなので、一度完結にします。……ラノベのつもりで書いていたのですが、なんか、違ってる……?(*_*;

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