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ご指名されたようです 1

 やがて3人が、ヴェロニカに導かれてたどり着いたのは、大きな鐘のある教会でした。

 それは聖マリーナ教会。この町にあるたった一つの教会です。

 ヴェロニカが、正面の大きな扉を開け、最初に3人を通したのは、石造りの質素な礼拝堂でした。ここは日曜礼拝などで、町の人々も利用している場所です。

 人々が座るために並べられた木の椅子達の正面には、大きな十字架を掲げた祭壇があり、祭壇の両脇には、聖母マリアと天使達の石象が並べられています。天井を見上げれば、そこには色とりどりのステンドグラスがはめ込まれ、堂内には美しい賛美歌のメロディーが流れています。それは、祭壇の横のパイプオルガンで、20代半ばの黒髪のシスターが弾いている音色でした。

 ヴェロニカは、黒髪のシスターに向かって言いました。

「ただいまロザリア。お待ちかねのお客さまをお連れしましたよ」

 すると、ロザリアと呼ばれた黒髪のシスターは、演奏をやめてこちらにやって来ました。

「お帰りなさい。ヴェロニカ様。バードさん、シルリアさん、ごきげんよう」

 黒髪のシスターはヴェロニカと、親父とシーラに挨拶をして、それからサーザントを見ました。

「ヴェロニカ様、ではこの方が?」

「そうです」

 ヴェロニカは頷きなした。

「こいつが、何なんだ?」

 親父が言いました。しかし、それには答えずヴェロニカは

「ヤンバ様にはお伝えしましたか?」

 と、ロザリアに向かって言いました。

「はい」

 ロザリアは答えました。

「先程町長のお屋敷に使いをやったところ、1も2もなく駆け付けられて、今は地下聖堂で待っておられます。」

「そうですか」

 ヴェロニカは再び頷くと、祭壇の上置かれた燭台を手に取りサーザント達をうながしました。

「さあ、こちらへおいでください。今から、秘密の聖堂に案内します」

 そういうと、ヴェロニカは、天使の石像を横へ動かしました。するとそこに、地下へ続く階段が現れました。ヴェロニカは燭台を持ったまま「さあ。こちらへ」と言って、ゆっくりと地下に降りていきました。それで、親父を筆頭にシーラ、サーザントの順番でヴェロニカを追って地下に降りていきました。3人の姿が見えなくなると、ロザリアは天使の像を元の位置にずらし、再びパイプオルガンを弾きはじめました。


 地下に続く階段は、ゆったりと底まで続いていました。その道すがら、黙っていられない親父がヴェロニカに向かって次々と質問を投げ付けました。

「ヴェロニカ様、なんで町長なんか呼んだんだい?」

「それは、みなさんにとても大事な話があるからですわ」

「それって勇者様に関係有ることなのかい?」

「ええ、とても」

「それにしても、どうして勇者様はここにいるんだい?おいら達てっきり旅立たれたものとばかり思ってたぜ」

「その理由は地下聖堂で話しますわ。あそこでなら、どんなモンスターに聞かれる心配も有りませんもの!」

 ヴェロニカは、蝋燭の火を吹き消さないよう、静かに小さな声で答えました。


 シーラは、話し続ける親父とヴェロニカの後ろ姿を見ながら、全然違うことを考え続けていました。「もうすぐ、勇者様に会える!」と。今、シーラの脳裏に浮かぶのは一月前、初めてこの町にやって来た時の勇者の凛々しい姿ばかりです。透けるような美しい金色の髪。そして深い湖のようなコバルトブルーの瞳…。知らず知らず、シーラの胸は高鳴ります。


 一方、サーザントはサーザントで、全く違うことを考えていました。

「勇者め。どんな顔をしているのか拝むのが楽しみだ。もっともどんな顔をしていようが、すぐにそれは胴体から離れてしまうのだがな。この魔界のプリンス、サーザント様の手によって!…くっくっく…」


 やがて、階段が終わり4人は大きな金色の扉の前にたどり着きました。そして、それぞれの思惑とともに、ゆっくりと扉は開かれたのです…!


 金の扉の向こう側は、真っ赤なじゅうたんが敷かれた小さな部屋でした。ヴェロニカは、扉を開くと言いました。

「ここは神の力で守られた聖なる部屋です。ここで話したことは、決してモンスター達に聞かれることはありません。そして、これから私達がお話する事は、絶対にモンスター達には知られてはならない事なのです。だからみなさんをここへ案内しました」


 …秘密?秘密って…しかもそこまで厳重に守らなければならない秘密って何?


 私達は、勇者様に会いに来ただけのはずでしょ?

 シーラは首をかしげました。


 それでもとりあえず、ヴェロニカに導かれるまま部屋の中に入って行ったのです。


 部屋に入ると、まず正面に小さな祭壇があるのが目に入りました。祭壇の上には金の十字架とキリストの像が置いてあり、その両脇では灯された蝋燭の炎がちらちらと揺らめいています。キリストの後ろにはマリアの像があり、その手に透き通った光る石を乗せています。そして、祭壇の前では町長のヤンバ・ルクイーナが神妙な顔つきで椅子に腰掛けておりました。

「勇者様!」

 シーラが叫びました。

「なんだと?」

 サーザントがシーラの視線の先を追いました。そこに居るのは町長のヤンバだけです。

「あのオヤジが勇者? 随分老けた勇者だな」

 サーザントは首を傾げました。

「違う。あれは町長のヤンバだ。シーラはあの絵を見て勇者様と言ったに違いねえ」

 武器屋の親父がそう言って指差した方向には、小さな肖像画が飾られていました。それは、まるで宝塚に出てきそうなマツゲバリバリの耽美な少年が、薔薇の花の埋もれて窒息しかかっている絵でした。

「あれが、勇者?悪趣味な…」

 サーザントは眉をひそめました。

「何言ってるの。美しいわ。勇者様そっくり!」

 シーラがうっとりとした顔で言いました。

 すると、親父が首を振りました。

「いやいや、全く悪趣味だ。その上さっぱり似ていない! しっかし下手くそだな~。一体誰が書いたんだ?」

「私です」

 ヴェロニカが言いました。口は笑っていますが、目が笑っていません。

「え?」

 親父が真っ青になりました。


 数分間の気まずい沈黙の後、サーザントが言いました、

「おい、そんなことより勇者はどこだ?」

「そうですよ、ヴェロニカ様。勇者様は一体どこです?」

 親父も話題をかえようと必死で叫びました。

 シーラも言いました。

「早く、本物の勇者様に会わせて下さい」

 すると、ヴェロニカは

「勇者様なら、私の目の前に…」

 と、気を取り直して言いました。すると、サーザントは怒りました。

「目の前って、あの絵の事か?あれは、お前のへたくそな絵だろ!」

 サーザントがその言葉を言い終わるや否や、ヴェロニカの体に真っ白な光が走り出しました。光魔法「神のいかずち」です。思わずサーザントは、一歩後ろに下がりました。


 その時です

「それでは、ヴェロニカ様…」

 と、町長のヤンバが立ち上がりました。そしてサーザントを指差すとこう言いました。

「その方が新しい勇者様という事ですね!」

「はぁ?」

 サーザントはびっくりしてヤンバ・ルクイーナを見ました。

       

「何を言ってるんだ、このオヤジは!?」

 サーザントはしらけきった顔で言いました。

「俺が勇者だと?阿呆らしい。よりによってこの魔界の王子を…」

 言いかけたサーザントの言葉を、ヴェロニカが遮りました。

「はい、そうですわ。確かにこの方が新しい勇者様です!」

「新しい勇者?」

 シーラと武器屋の親父が同時に叫びました。

「新しい?」

 サーザントもそう言って首を傾げました。3人には、何のことだかさっぱり話が見えません。しかし、キョトンとしている3人にお構いなしのヤンバ・ルクイーナはサーザントの肩をポンポンとたたいて豪快に笑いました。

「いやーなるほど。これはお強そうな…。いかにも勇者の風格がただよっている!」

 ヴェロニカもニコニコして相づちをうちました。

「その通りですわ。この方ならきっと魔王を倒し世界を平和に導いて下さるは

 ず…」

「ちょっと、待て!」

 サーザントが、ヤンバの手を振り払って叫びました。

「お前ら勝手に話を進めるな!この私を捕まえて勇者だと?なんという侮辱だ!」

「そうよそうよ!」

 シーラも顔を真っ赤にして叫びました。

「なんでこいつが、勇者様なのよ!ひどい侮辱だわ!早く本物の美しい勇者様を出してよ」

「2人の言う通りだ!あんたらまさか、おいら達をおちょくるためにこんな所まで連れて来たのかい?」

 武器屋のオヤジも、腕組みをして言いました。

「さあ、早く勇者ミリオンに会わせてくれ!」

「そうよ!勇者ミリオンに会わせて!」

「そうだ!愚図愚図せずに勇者をこの場につれて来い!」

 3人は口々に「勇者を出せ」と叫びました。


 ヴェロニカとヤンバは、しばらくお互いの顔を見合わせて黙っていました。しかし、やがてどちらともなく決心したように頷き、やがてヤンバがこう言ったのです。

「やはり、このことは私の口からお話した方が良いでしょう…」

 3人は、町長の顔を見つめました。その顔には苦悩の色が浮かんでいます。固唾を飲んで見守る3人の前で、町長は大きく息を吸い込みました。そして、静かに。しかしはっきり、こう言ったのです。


「勇者ミリオン様は、先日当地にてお亡くなりになったのです」


 サーザントとシーラ、そして武器屋のオヤジは、しばらく時間が止まったかのように口を開いたまま身動き一つしませんでした。


 やがて、気を取り直したサーザントが言いました。

「勇者が死んだだと!?」

 町長はうなずきました。

「冗談言うなよ町長」

 武器屋のオヤジが、無理矢理笑顔を作って言いました。

 しかし…

「冗談ではない…あの方は死んでしまった…あの方は…」

 町長はそう言うと目頭を押さえ、後は声になりません。その姿にうそ偽りはいっさい感じられませんでした。

「信じられない」

 首を振るオヤジ。呆然としているシーラ。サーザントはギラギラした目で、泣き続ける町長を睨み付けています。

 ヴェロニカはサーザント達の前に、ツ…と一歩踏み出すときっぱりとこう言いました。

「信じられないかもしれませんが、これは真実なのです」それから、ヴェロニカは「この先は私が話しましょう」と言って、3人に向かいあの夜起きた事をゆっくりと話しはじめました。


「あの夜、私は勇者様が亡くなったと言う知らせを受け、すぐにホテルにかけつけました。私達は勇者様の御遺体を誰にも見られぬよう、夜の闇にまぎれてこの部屋までお運びし、丸一日お祈りを捧げました。そして、次の日の夜勇者様を埋葬しようとしたところ、不思議な声を聞いたのです…」


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