それは、呪いの剣から始まった 5
先ほどの光が剣の先からほとばしり、大きな光の玉となってサーザントの体を吹き飛ばしました。サーザントは、天井まで飛ばされ、その後、剣や防具の散らばった床の上に思いきり叩き付けられました。そして、ガクッと気を失いました。
「?」
シーラが恐る恐る近付くと、
パチッ
サーザントは、いきなり目を開きました。そして
「ごめんなさい、ごめんなさい。僕が悪かったです!」
と、手をついてあやまりはじめたのです。それから、右手で自分の尻を叩きました。
「このバカ!バカバカ!」
と思うと、急に顔つきがかわり、
「やめろ、痛いじゃないか!」
と言って、左手で右手を押さえようとします。
すると、また顔つきが変わり、
「離せ!バカ。君は叩かなくちゃ分からないよ」
と言って今度は両足で自分の頭を叩きはじめます。
「痛いって言っているだろ」
サーザントは、手で足を押さえようとしましたが、足が言うことを聞かないようです。「バカ」とか「やめろ」とか言っているうちに、とうとうサーザントの体はこんがらがってしまいました。
「何をやっているの?」
シーラが冷たく言いました。
「体が言うことを聞かない…」
サーザントが情けない声を出しました。
「この剣は、本当に呪われているようだ」
「いい気味だわ!」
シーラは笑いました。
「あんたみたいな悪党には、その格好がお似合いよ!」
シーラは、そう言うと、剣の切っ先をサーザントの胸に当て、
「魔族のプリンス覚悟!」
と、剣を持つ手に力を込めました。
…これまでか!
サーザントが観念した時です。
「おやめなさいシーラ!」
凛とした声が、店の中に響きました…
シーラは剣に込めた力をふっと抜いて、声の主の方を見ました。
そこには青い修導着を着た長い金髪の女性が立っていました。
「ヴェロニカ様!」
シーラはつぶやきました。
「その方を殺しては、なりません」
ヴェロニカと呼ばれた女性は、静かに言いました。
「止めないでください。こいつは魔族の王子なんです!」
シーラが言うと、ヴェロニカは
「いいえ、ダメです」
と、サーザントに近付き、金色の髪を揺らせ、彼の目の前にひざまずきました。なんともいえない良い香りがサーザントの体を包みます。そのとたん、サーザントの心臓がドキンと音をたてました。ヴェロニカはサーザントの目をまっすぐに見つめると、その手をサーザントの頬に当て「ブレスユウ、ブレスユウ」
と、二回つぶやきました。すると、ヴェロニカの手から暖かい光がサーザント
の体に流れ込み、しびれや痛みをゆっくりとやわらげていきました。
「ヒールの魔法をかけました。じきに動けるようになるはず」
そう言って、ヴェロニカはにっこりと笑いました。
サーザントはぼんやりとヴェロニカの顔を見つめていたけれど、痛みがやわらぐにつれ、胸の動悸がどんどん激しくなり最後にはいたたまれなくなって、
「触るな!」
と、後ろに跳びずさりました。
それを見てヴェロニカは言いました。
「動けるようになったのですね?良かった」
それはまるで、鈴を振ったような声です。
「喋るな!」
サーザントは赤くなって叫びました。それから
「回復の魔法を使うとは、貴様聖魔導士だな!」
すると、シーラが言いました。
「そうよ、ヴェロニカ様はこの街で一番優れた聖魔導士様なのよ!あんたなんかが口をきける方じゃないのよ!」
「やかましい!小娘!」
サーザントは、シーラを睨むとブンと剣を振りました。その風圧で、ガラスがビリビリと音をたてます。
「聖魔導士は、我々魔族の敵である。したがってこの場で殺す!」
サーザントはヴェロニカに向かって剣を構えると「デヤー!」と叫び、飛びかかりました。そこへ、すかさずシーラのけりが入ります。
「ヴェロニカ様に何をするの!」
しかしサーザントは、ふわりとそれをよけると
「ぐはははは!そんなけりがきくか!この赤毛のチビが!」
魔族の本性をあらわしたように笑ったのです。
その瞬間、例の光が剣の先から立ちのぼりました。そして、
「やめろって言うのに!」
という声がサーザントの耳元で聞こえたかと思うと、サーザントの体はすざまじいしびれに襲われ、その場へと倒れ込んだのです。
「一体どうなってるんだ?」
サーザントは倒れたままでつぶやきました。
シーラは、サーザントを指差して言いました。
「ヴェロニカ様、今の見たでしょう?こいつは魔族なんです。性根まで腐りきっ
ているんです。今のうちに殺さないと」
しかし、ヴェロニカは首を振りました。
「いいえ、なりません」
「どうして?」
シーラはヴェロニカに詰め寄りました…
「一体どうしてこいつを殺しちゃいけないんですか?」
シーラがヴェロニカにつめよった、その時…
「うーーん!」
大きなあくびと共に、武器屋の親父が目をさましました。親父は寝ぼけた目でヴェロニカを見ると
「おや?ヴェロニカ様がどうしてここにいるんだ?」
と、半ば寝言のようにつぶやきました。
ヴェロニカは答えました。
「私は、聖なる光のパワーを感じてここに来たのです」
「へえ…聖なる?…うん?そう言えば、さっきの魔界の王子って奴はどこに行っ
たんだ?」
親父はやっと目が覚めて来たようです。
「魔界王子なら、そこでこんがらがってるわ」
シーラが店の奥を指差しました。そこには手足がこんがらがってもがいているサーザントがいます。
「なんだ?」
親父は驚きました。
「こいつ、自分で魔界の王子とか言っていたけど、本当は中国雑技団の団員だったのか」
「違うわ!」
サーザントが突っ込みました。
「じゃあ、本当に魔界の王子だってんだな?じゃあいい気味だ」
親父は、手を叩いて喜びました。そしてシーラに言いました。
「さあ、シーラ。いまのうちだ。こいつをさっさとやっつけちまいな!」
シーラは首を振りました。
「ところがヴェロニカ様は、そいつを殺しちゃダメだって言うのよ」
「え?どうして?」
シーラと親父は、ヴェロニカを見ました。ヴェロニカは静かに答えました。
「それは、その方があの剣に選ばれたからです」
「剣に?」
シーラは目を丸くしました。
「剣ってその呪の剣かい?」
親父も首をかしげます。
「剣に選ばれるってどう言う事ですか?」
「っていうか、その剣は何なんですかね?町長のヤンバに押し付けられてこっちはえらい迷惑しているんだが…」
シーラと親父は口々にまくしたてます。
「2人とも落ち着いて」
ヴェロニカは両手をあげて2人を制すると、
「2人ともあの剣をよく御覧になって下さい。見覚えがありませんか?」
と、言ってサーザントの持っている剣を指差しました。それで、シーラ親子はサーザントに近付きじろじろとのぞき込んだのですが、全く何も思い当たる節はないようです。
「うーん」
「やたらと豪華な剣だとは思うけど…ルビーよね、ここにはめ込んであるの」
「けど、こいつはいけねえ、鞘のまん中にでっかい穴が開いてるだろ? これは、ここに石がはめ込んであった後に違いねえ。誰かに盗み取られたか…」
「どうして、ルビーやエメラルドは取らず、まん中の石だけ取っていったのかしら?」
「よほど、価値の有る石だったか?」
シーラ親子はサーザントの頭に腕を置いて夢中で剣を見つめました。