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マジュ 2

 ムルグはおかまいなしに家に上がっていきました。その後に続くようにしてシーラとサーザントも家の中に入って行きます。石造りの小さな部屋の真ん中あたりには木のテーブルがあり、その上に分厚い書物が何冊も乗っています。天井からはランプがつり下がり、壁際では暖炉がぱちぱちと燃えています。しかし、少女の姿はありません。

「あの子は、どこに行ったの?」

 シーラが尋ねました。

「大方、隣の部屋に逃げ込んだのであろう」

 言われてみれば確かに、奥の壁に隣の部屋へと通じる扉があります。しかし、その扉にはノブがありません。

「このドアノブが無いわ。どうやって開けるの?」

 シーラの言葉にムルグが答えました。

「あの娘が許可を与えない限り、ノブは現れん。つまり、あの娘が許さぬ限り中には入れないようになっている」

「どうしてそんなに厳重なの?」

「あれは産まれてこの方ずっとこの家に閉じこもりきりだった娘だ。外界のものと接した事がないので怯えているのだろう」

「ふん。臆病者め。しかし、なんなんだ? あの娘は。まさかお前の孫ではあるまいな?」

「孫ではない」

 ムルグが首をふりました。

「孫ではないなら、なんだ? 私の目に誤りがなければ、あれは、人間の娘のように思われるが……」

「人間?」

 シーラが驚いてサーザントを見上げます。

「いや、まさかな。この乱暴娘を助ける事すらあれほど批判したお前が、人間の子供を育てるわけがないよな」

 皮肉まじりのサーザントの言葉にムルグが応えました。

「察しのとおり、あれは人間だ」

「やっぱり! なぜ、人間の子供など育てている?」

「わしの後継者にするためだった」

「後継者? バカな。人間にお前の後継者がつとまるか」

「あれは、ただの人間ではない。まれにいるのだ。人間でありながら魔族並みの力を持つ者が。しかし、大抵は人間界では嫌われる。あれは、人間界で両親に嫌われ、捨てられて魔界に送られて来た子供だ」

「ひどい……」

 シーラが隣の部屋をみてつぶやきました。

「わしがお前達をここに連れて来た理由の半分は、あの娘のためだ」

「何?」

 サーザントが奇妙な顔をします。

「本来であれば、あの娘はお前の地位を盤石にするための布石にするつもりだった。しかし、今やその夢も叶わん」

「どういう意味だ」

「分かっているだろう。お前には、もうこの魔界を統べる事はできない」

 その言葉にサーザントはショックを隠せませんでした。今までは、父魔王の情に一片の希望を寄せていた彼も、さすがに魔王の片腕であるムルグの言葉は信じざるをえません。いや、それでも彼は、まだわずかな希望を捨てきれませんでした。

「まだ、決まったわけではない。父魔王に誠意を持って話をすれば」

「まだ、そんな甘い事を言っているか?」

 ムルグが一喝します。

「誠意だと? ここをどこだと思っている? 魔界に誠意などあるか。人間界であっても王位継承などという問題には謀略はつきもの。誠意などとは片腹痛い」

「しかし……」

 サーザントはくちごもります。

「しかし、それならなぜ、お前は私を助けたのだ? 王位を剥奪された私を助けた事……しかも、あれだけおおっぴらに正体を明かして私を助けた事は、父王に対するあからさまな反逆に他ならぬのではないか?」

「ふん。確かにそうだ」

 ムルグは自嘲気味に笑いました。

「ついに、わしにもヤキが回ったと言うべきか? いや違うな。本当の事を教えてやろう。わしの命はもう長くない」

「なんだと?」

 サーザントは驚いてムルグの顔をみました。

「命が長くないとはどういうことだ?」

「言葉どうりだ。間もなく私の命は尽きる」

 そういうと、老魔導士は左腕のローブをめくり上げました。

「う……」 

 ローブの下に現れた腕をみてサーザントはショックを受けました。なぜなら、その皮膚の大部分がが溶けかけるようにただれていたからです。

「みてのとおり。わしの体は瘴気負けし始めておる」

「瘴気負けって何?」

 シーラが尋ねます。

「魔界には毒を含んだ瘴気が溢れている。それは、常に魔界に生きる者の命を蝕んでいるのだ」

 ムルグが答えました。

「それ故、余程の精神力と体力を持った者でなければこの魔界で生きていく事はできん。もちろん、魔族にはそれを凌駕してあまりある精神力と体力があるが、どのような屈強な者にも終わりはある。おいさばらえて体力が尽きた時、魔族は瘴気に蝕まれて死んでいくのだ」

「今のあなたがそうだって事?」

「そうだ」

 ムルグがうなずきます。

「もう長くないあとひと月がいいところだろう」

「お医者様はいないの?」

「魔界に医者など無い」

 サーザントが答えます。

「医者にかからねば生きられぬような者は、この魔界に暮らす事はできん」

 そういう彼の顔も苦渋に満ちています。

「じゃあ、人間界に行けば? そうよ。人間界なら瘴気も無いし」

 それを聞いてムルグがふっと笑いました。

「無理じゃよ、お嬢さん。我々魔族は魔界を離れて生きる事はできんのだ」

「なぜ?」

「ここの瘴気は体を蝕みもするが、生命力の溢れた者には力を与えもする。魔力も攻撃力も含めてな。故に魔族は力強く、寿命も長いのだ。私もおかげで無理に寿命を永らえて来た。魔界を離れたところで同じ。ひと月と持たぬ命だろう」

「そんな」

 シーラが泣きそうな顔をします。

 それを見てムルグが笑いました。

「見ず知らずのわしのために泣くのか? 人間とはおもしろいものだな。わしがあの娘や王子を見捨てられなかったのもそのためかもしれん……そうだ。王子頼みがあるのだ」

「なんだ?」

「あの娘を人間界に連れて行ってほしいのだ」

「なんだと?」

「わしが死んだらあの娘は生きてはいけぬ。それでも、お前が後継者であるなら、お前に預けてこの魔界の未来の王の右腕としようと思っていたが、今はそれも叶わん」

「バカな。なぜ、あんな人間の小娘が私の右腕になれると思った?」

「バカにするな。あの娘の能力は私を上回っている」

「なんだと? 人間の分際で?」

「いったろう? たまにいるのだ。人間でありながら魔族を凌駕する力を持つ者がな」

 そういうと、ムルグは扉の前に立ちノックをしました。

「出て来い、マジュ。出て来い」

 しかし、返事はありません。

 ムルグは再び呼びかけました。

「怖がらなくともよい。この方は、お前があんなに待ちわびていたサーザント王子だ」

「待ちわびていた?」

 シーラとサーザントは顔を見合わせました。

 すると、ぎいっと音がして扉が開きました。

 そして、あの黒髪の少女が顔を出して言いました。

「サーザント……王子様?」


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