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ムルグ 03

サーザントは、すんでのところで襲いかかるトルネーダの剣を受け止めました。


キーン! 


 剣と剣とがぶつかり合う激しい金属音が響き渡ります。そして、刃と刃を交えたまま、2人は鍔迫り合いを始めました。サーザントは足を踏ん張り、圧倒的な力で迫る青色の貴公子の剣を押し返します。しかし、ぎりぎりと軋む刃を受け止めながら、サーザントの腕はだんだんと感覚を失っていきました…。

「くそ…!」

 サーザントは奥歯を食いしばって、トルネーダの顔を睨み付けました。鼻先にまで迫るその青色の皮膚は砂で薄汚れ、額と右の頬から紫色の血が流れ出しています。…それらは全て、先程のムルグとの戦いで受けた傷でしょう。洞穴のような藍色の目は正視に耐えぬ程殺気立ち、口元には酷薄な笑みを浮かべています。サーザントの抵抗がだんだん小さくなっていくのを知って、楽しんでいるようです。

 その残虐さに、サーザントは全身がそそけだつ程の怒りを感じました。

…殺されて、たまるか!

 サーザントは、あらん限りの力を込めてトルネーダの剣を薙ぎ払おうとしました。そして、なんと、その試みは奇跡的に成功したのです。この、高慢な雷神の子は、驚愕の表情を浮かべて後ろへとつんのめり、どさりと尻餅をつきました。間をおかずにサーザントが一歩前に踏み込みます。そして、彼は、次の一閃で勝負を決めてしまおう…。そう考え、剣を振り上げました。…が、

「シー・フー・ライ!」

 彼が剣を振り降ろすより、トルネーダは移動呪文を唱える方が僅かに早く、その姿はこつ然とその場から消えてしまいました。

「!」

 サーザントは、慌てて辺りを見回しました。しかし、トルネーダの姿はどこにも見当たりません。遠くへ逃げてしまったのでしょうか…? もしかして、あの傷ではもう戦えないと思ったのかも知れません。…そう考え、サーザントが肩の力を抜きかけた時、

「後ろだ…!」

 地面にうずくまっていたムルグが、顔を上げてサーザントの後ろを指差しました。

 その声で振り返ったサーザントの目に、銀色の剣を大上段に構えて鷲のように舞い降りて来るトルネーダの姿が映りました。そして、それは、呆然と見上げるサーザントの目の前に、あっという間に迫って来ました。ところが、あまりに驚いたためか、サーザントは木偶のように突っ立ったまま動こうともしません。

「いかん…」

 ムルグはうずくまったままで震える手で杖をトルネーダに向け、

「ク・ル・トゥ…(闇を裂く光)」

と、呪文を唱えました。その途端、杖の先から二筋の細い光が走り、トルネーダの目を居抜きます…!

「うわ…っ」

 突然、視力を奪われたトルネーダは、空中で目を押さえバランスを崩しました。

「王子、今だ…斬れ!」

 ムルグは、かすれた声で叫びました。その声で、やっと我に戻ったサーザントは、剣を構え、斜に一閃…! 


 次の瞬間、彼の目の前には、紫の血を流し地上にうずくまる青の貴公子の姿がありました…。


 サーザントは肩で息をつきながら、地上にうずくまっている青色の貴公子を見つめました。傷口からは大量の紫色の血がどくどくと流れ出していますが、まだ息はあるようです。

「何をぼやぼやしている。早くとどめを…」

 ムルグが叫んだその時、彼方のテントの方がガヤガヤと騒がしくなって来ました。

「いかん…」

 その気配に気付き、ムルグは手にしていた杖を地面に突き付けよろよろと立ち上がりました。

「眠りの魔法が切れて来たようだ。今、やつらに見つかるとはやっかいだぞ。王子。さあ、私の後ろに。今すぐ逃げなければ…」

 しかし、サーザントは伸ばされたムルグの手を退け、シーラに駆け寄りました。

「まて。この娘も連れて行く…」

「何を言っている」

 老魔導師は、驚愕の目をサーザントに向けました。

「それは、人間ではないか? 気でも狂ったか?」

「気など狂ってはおらぬ」

 サーザントはぐったりしているシーラを抱き寄せ、憮然とした表情で答えます。

「しかし、こんな所に放っておけば殺されてしまうではないか」

 その言葉に老魔導師は深い溜め息をつき嘆きました。

「まだ、その癖が抜けぬか。だからこのような事になったのいうのが何故分からぬ…」

「なんとでも言え」

 サーザントはふて腐れたように答えました。なんと言われようが、殺されると分かっている者を見過ごして逃げる事など彼にはできないのです。そしてそれが、魔界のプリンスとしてあるべき自分の欠点である事も、重々承知はしているのです。もっとも、こんな事になった原因がその欠点によるものかといえば、それは彼にとってはなはだ納得のいかない意見ではありますが…。なにしろ、全てはあの、お気楽勇者の陰謀であり、不可抗力だったのですから…。

「とにかく、この娘は連れて行くぞ」

 呆れ返り、口を閉ざしてしまったムルグを尻目に、サーザントは手にしていた剣をすらりと抜くと、ぶつっ…と、彼女を縛っていたロープを切りました。そして、

「おい、起きろ、起きろ」

と、シーラを揺さぶります。

 そのせいか、または眠りの魔法が切れかかっていたためか、赤毛の少女は「う~ん」と小さな声を上げてうっすらと目を開けました。そして、今だ夢心地の眼差しで彼女が最初に口にしたのは、

「勇者様」

 という言葉でした。しかし、それは、サーザンントにとって大層面白くない事で、

「誰が勇者だ!」

 と思わず怒鳴り返すと、シーラは人さし指を立て、腕を伸ばしてサーザントの持っている剣を指差し、

「勇者さま…」

「何?」

 …その時はじめて、サーザントは自分が手にしているのが『勇者の剣』である事に気が付いたのです。…それはトルネーダに取り上げられ、サーザントの手の届かぬ場所…つまり馬の背に括りつけられていた筈の物でした。

「…いつの間に…!」

 サーザントは鳥肌を立て、思わず剣を投げ飛ばしていました。

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