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ムルグ 02

 ムルグは黒い杖を持ち替え、その背でサーザントを守るようにして、トルネーダの方へ振り返りました。

 トルネーダは、銀色に輝く背丈より高い槍を片手に、あの蒼い洞穴のような瞳で、老魔導師と、いましめを解かれたサーザントの姿とを見比べています。彼は冷ややかに尋ねました。

「偉大なる闇魔導師ムルグ殿。これは、一体何の真似です?」

「王子の身柄を引き受けに来た」

 フードの下の真っ赤な、射るような瞳をトルネーダに向け、ムルグは静かに答えました。

「どうやら、そのようだ」

トルネーダは、皮肉な笑みを浮かべます。

「で、それは魔王の命令か? それとも…?」

 それこそは、まさに自分が聞きたかった事でもあります。サーザントは朽ち木の前に腰を落ち着けたまま、目の前の老魔導師の横顔を見上げました。ムルグはむっつりと固く口を閉ざし、しばらく考え込んでいるようです。その姿にサーザントは、答を見たような気がしました。そして、その答がサーザントにとってあまり愉快な答えではない事も彼は察してしまいました。それは、トルネーダも同じだったようで、

「何故だ? 魔界の知と呼ばれ、魔王の参謀であるあなたが…」

と、手にした槍を構えました。パリパリと白い光が槍の柄から穂先へと走り始めます。

「どうとでも、好きに思うがよい」

 ムルグはそう答えると、威嚇するように両手を左右に大きく広げました。黒いローブを来て両手を広げるその姿は、大鷲のようにも見えます。サーザントの姿は、その羽の部分、ローブの袖のちょうど後ろに隠れるような格好になっています。そして、ムルグは右手に持った杖をとん…と地面につき、静かに言いました。

「しかし、邪魔だてするというのであれば容赦はせぬ。わしの力は分かっておろうな…?」

「ふん…」

 トルネーダは鼻白みました。

「いかに、あなたが魔界随一の魔力を誇ろうとも、このトルネーダがたかが老いぼれ魔導師にやられると思うか?」


 ダン!


 ムルグは杖の先で力強く地面をつきました。同時に地面から温かい風が吹き上げて来るのをサーザントは感じました。風は徐々に強くなり、目の前のムルグの黒いローブがはためくのが見えます。

「ル・マン・メルフィス・ゴウト・ドレスァム・ボーン・トゥー…」

 呪文を唱えるムルグの声が、地の底から響くように聞こえて来ます。赤い火がムルグの黒い杖の先に集まって行きます。闇魔法「業火」です。

 はためく黒いローブの向こうで、トルネーダが光の槍を構えるのが見えます。

 その時…

「ボーン・トゥー!」

 ムルグの叫び声とともに、真っ赤な炎がトルネーダに襲いかかりました。それは、杖の先から炎の洪水となって溢れだし、一瞬世界の全てが真っ赤な壁に覆われたようにサーザントは感じました。そして、ほぼ同時に、地面から吹き上げる風が激しく上空を打ち、燃え盛る炎や、先ほどまで縛られていた朽ち木、足元に転がるごつごつした岩達…全ての輪郭が急速にぼやけ、遠ざかって行く事に気付きました。

 目の前では、依然としてムルグが杖を真直ぐに持ち呪文を唱えています。

「…シー・フー・ア・ライ・シー・フー・ア・ライ…」

 それが、脱出の呪文である事に、サーザントはすぐに気付きました。なんと、ムルグは「業火」と「脱出の呪文」を同時に使っていたのです。サーザントはぼやけて行く世界の中で、シーラの赤い髪を見つけ、思わず叫んでいました。

「ムルグ! 戻れ! 一人では行けぬ!」

 サーザントの言葉に、ムルグが驚いて振り向きます。

…それは、一瞬の隙でした。しかし…

 しかし、彼の雷神の子が僅かであれども隙を見のがすはずもなく…


…しゅっ!


 ひとすじの光が、おぼろになった世界から、ムルグとサーザントを守る結界を突き抜けて走って行きました。同時にムルグがその身をわずかにのけぞらせ、その後生じた眩しい光の為、サーザントは思わず我が目を覆いました。そして次に目を開けた時には、世界はまた鮮やかに、くっきりとした輪郭を描き、サーザントの目の前に広がっていたのです。

 気がつけば、彼は、元いたあの朽ち木のそばに座っていました。その後ろではシーラが頭を垂れ、いまだにぐっすりと眠り込んでいるようです。彼は呆然としてあたりを見回しました。しかし、岩の側にうずくまる老魔導師の姿を認め、慌てて立ち上がり、駆け寄って行ったのです。

「ムルグ!」

 サーザントはムルグを抱き起こしました。黒いローブの肩口が破れ、そこから真っ赤な血が溢れ出しています。

「肩をやられたのか?」

「大丈夫。かすり傷だ。こんなもの自力で治せる」

 老人は気丈にそう答えると、サーザントの手を払いのけて立ち上がり、朽ち木の向こうの地面に突き立っている銀色の槍を憎々しげに眺めました。

 それは、先程までトルネーダが手に携えていたものです。その穂先には血がべっとりとついており、これがムルグに傷を負わせた犯人である事を告げています。

 さらに、穂先から柄に向けて走っている青白い稲妻が、結界を破った光の正体である事をも告げていました。

ムルグは、肩を押さえながらも、しっかりとした足どりで歩いて行き、力強く槍を引き抜くと、大声で叫びました。

「出て来い! 青二才!」

 サーザントは、きょろきょろとあたりを見回しました。そういえば、先程からトルネーダの姿が見えないようです。

「どこに隠れている? 小心者が。手負いの年寄りが怖いのか?」

 嘲るようにムルグが笑った時…

しゅっ…

 と、青い影がムルグに襲いかかろうとしたのをサーザントは見のがしませんでした。

…が、

 刃を振り降ろし、ムルグを斬ろうとしたトルネーダは、次の瞬間には100メートルも先にはじき飛ばされていました。しかし、同時にまた、ムルグも地面に崩れ落ちました。僅かに背中を斬られたようです。

サーザントはムルグに駆け寄りました。

「おい! 大丈夫か?」

 するとい、ムルグは身を起こし荒い息で言いました。

「わしの事より、自分の心配をしろ…!」

 そして、杖の先をサーザントの後ろに向け、叫びました。

「後ろだ!」

 ムルグに言われて、サーザントは振り返りました。すると、なんと言う事か…!

 既に立ち上がったトルネーダが、まさに今、剣を構えてこちらに疾走して来る所ではありませんか…!サーザントは、思わず後ろに跳びずさりました。そして、無意識に…そう無意識に、ちょうどそこに落ちていた剣を拾い鞘から抜いたのです。

 しかし、その時には既に目の前にトルネーダが迫って来ていたのでした。


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