魔界につきました
かつて、海の中心の大陸に大ゾーマ帝国と呼ばれる美しくて強大な国がありました。
その国は、代々ローゼンクロイツ家により統治されておりました。賢い王達は交易を盛んにし、文化芸術を奨励し、教育を熱心にしたため、国は大変富み栄えました。
やがて、東の国で白魔術と黒魔術が生まれました。人間を越えた力を持つ事ができる魔術は、多くの人々を魅了し、あっという間に全世界に広がりました。ゾーマも例外ではなく、9代の王メールの治世には世界各地より集められた魔術師の手により、魔法の研究は隆盛を極めます。メールは、魔術研究がさらに進んだ、神代の書物の解読にまで手を広げました。世界各地から、神代の書物が取り寄せられ、優秀な魔術師と考古学者の手により、次々と解読が進められて行きました。
そして、10代メルフィスの時代、東方の魔術師の手により、神代の書『次元の書』がゾーマに渡って来ました。メルフィスは、魔術師達にこの書物の解読を命じます。しかし、それは、決して紐解いてはならぬ『禁忌の書』だったのです…
※ ※ ※
右にも左にも、煮えたぎる溶岩の赤い光が見えています。
既に、海の底から地上に出たというのに、まるで深海に居るように辺りは真っ暗でした。赤黒い空には墨のような雲が渦巻き、月も星もここにはありません。いいえ、今が果たして昼なのか夜なのかも分からないのです。何しろ、この大地に降り立って以来10日間もずっと、闇の中を歩き続けて来たのですから…
目をこらせば、そこかしこにおびただしい数の屍が見えます。これが、1000年前ゾーマ帝国を滅ぼした争いの後だとは、聞かねば分からぬ程の生々しさです。シーラは、足下に転がった死体を見て、思わず震え上がりました。
その時、先頭を歩くトルネーダが、北を指差していいました。
「王子、見られよ。懐かしい物が見えて来ただろう」
その指先には、天まで届くかと思われる程の険しい山が、黒く、禍々しくそびえ立っていました。頂上は逆巻く雲に隠れ見る事ができません。悪魔の影のようなその山を呆然と見つめるシーラに向かい、サーザントが言いました。
「あれは、グレートポイズンという山だ。あと2日もすればあのふもとにつくだろう。そうすれば、魔王の城は目と鼻の先だ」
「その通り、あと2日でこの苦しい旅も終わる。ホッとしたろう? お嬢さん」
トルネーダが振り返って言いました。
「もっとも、旅が終われば、更なる苦しみが待っているだろうが」
「どういう意味よ」
シーラが言います。
「この出来損ない王子は魔王に殺されるだろう。そして、お前は……せいぜいロムデル王子のいいおもちゃにされると言ったとこか」
トルネーダの言葉に、兵士達の含み笑いがもれます。
「あの娘、どんな目にあわされることやら」
「なにしろ、あの残虐なロムデル王子のことだからな」
「もったいないな。結構上玉なのに」
と、シーラの近くにいた兵士がシーラの足を触りながら言います。
「何するのよ!」
シーラは兵士の足を思い切り蹴り飛ばしました。
「何をする、小娘」
カッとなった兵士が、槍を構えます。
「やめぬか!」
トルネーダが叫びました。
「捕虜には傷をつけるなと、言われているだろう」
「は…」
兵士は、しぶしぶ槍を降ろしました。
…はぁ
シーラは、肩で息をつきました。
…結局こういう運命だったのよね…
黒い馬の背で目覚めて以来、心の中で何度も繰り返した言葉を、シーラはまた繰り返しました。
…確かに、あの時サンマリーナに辿り着いたと思ったのに、その直前で大波にさらわれ、気付いたら馬 に縛られていたのよね…、せっかくサーザントが大事な宝物を失ってまで助けてくれようとしたのに…
シーラは、隣で黙々と歩いているサーザントの横顔を見つめました。サーザントもシーラと同じように、後ろ手に縛られ、体の自由がきかないようです。しかも、腰にさしていた勇者の剣も見当たりません。シーラは、この100騎程の部隊のまん中を歩いている、馬の背に目をやりました。彼等の持っていた武器は、全て取り上げられ、この馬の背に乗せられているのです。
自分が気を失っている間に、随分色んな事があったみたいだ…と、シーラは思いました。…けれど、こうなった以上は力の限り戦おう、そして、必ずこの手でヴェロニカ様を救って差し上げよう。
こぶしを強く握りしめ、そう思う事で、シーラの疲れ切った体にふつふつと力が湧いて来ます。真直ぐ前を見つめるまなざしに、ゆっくりと魔の山は近付いて来ました。