再び青の貴公子 2
剣をに手をかけたサーザントを見てトルネーダが笑みを浮かべます。
「では、私と闘われると?」
「事によっては。それもしかたあるまい」
「事によっては? とおっしゃるのは?」
「そうだな」
サーザントは剣から手を離すと少し考え込んで言いました。
「貴公が望むなら、私を縛って魔界に戻り反逆者を捕らえましたと手柄にしても良い…私が反逆者であるなどというのは、まったくの誤解であることをすぐに魔王は悟られるだろうからな」
サーザントは、「まったくの誤解」という言葉を殊更に強調して言いました。
「ほう。それならば話が早い」
トルネーダが背後に立つ兵士に縄を用意させます。すると、サーザントは言いました。
「話は最後まで聞け!」
そして、サーザントは両の手を背中で組み、カツカツと足音を立てて真珠の机に歩みよりました。そして、トルネーダが脇に抱えているシーラを指差し、
「ただし、その小娘を地上に戻してやること! それが条件だ」
と、言いました。
トルネーダの腕の中では、シーラが真っ青な顔をして気を失ったきりでいます。
トルネーダは即座に首を振りました。
「それはできませんな」
「なぜだ、あの小娘は我々魔族の諍いとは全く関係あるまい?」
「確かに、魔界の争いには関係ない。しかし、これはロムデル様のお言い付けなのだ。あの小娘を必ず生かしたままで連れ帰れと…」
「何?」
意外な場面で意外な名前を聞き、サーザントは変な顔をしました。
「なぜ、弟が?」
すると、トルネーダは答えました。
「ふん。人間族がいうところの恋というやつのようだぞ」
「はあ?」
あまりにも、この場にそぐわない単語に、サーザントとミリオンはぽかんと口を開け、しばらく動けないでいました…。やがてミリオンが言いました。
「うそだろー! だって、ロムデルって噂じゃまだ10歳だっていうじゃないか!」
はっとなったサーザントが、その声に答えるように叫びました。
「嘘に決まっている! 仮にも魔界の第二王子が恋などと…下等な感情を持つものか!」
「それは、どうかな?」
トルネーダが意味ありげに笑いました。と、なぜかサーザント脳裏にヴェロニカの顔が浮かびました。サーザントは、そんな自分に驚きました。そして、ヴェロニカの幻を打ち消そうと必死で頭を振りました。しかし、ヴェロニカの影は、容易に消えてはくれません。うろたえたサーザントは、焦りのあまりにとんでもない事を口走ってしまいました。
「とにかく、小娘を地上に帰さぬなら、私はテコでも動かぬ。どうしてもというなら、剣に物言わせよ!」
言ってしまってから、サーザントは心の中で「しまった!」と、叫びました。雷神の子トルネーダは、槍だけではなく剣を振るう事にも長けている…と、いうことは魔界にも広く知れ渡っている事であり…
「そうか」
トルネーダは、うなずきます。
「そこまで言うなら、仕方がない。せっかくだから私も剣で相手しよう…」
トルネーダは言うと、背後に立っていた兵士にシーラの体を預け、腰に差した剣をすらりと抜き、サーザントの鼻先に向け、ブンと振りました。諸刃の剣が、目の前でキラリと光ります。サーザントは、ごくりと唾を飲みました。
「おい、大丈夫なのかよ? 勝負なんて言っちゃって」
ミリオンが、サーザントの鼻先に迫った切っ先の上に腰掛けて言いました。
「…」
サーザントは、無言で勇者の剣を抜きます。(それが、ミリオンへの答えです)
「あ、そう。じゃあ、頑張りな、ただし今回、ボクは助けてやんないから」
ミリオンは、そう言うと腰掛けていた剣の切っ先をポンと蹴り、洞窟の天井まで飛上がりました。
天井高く飛上がると、ミリオンは宙であぐらをかいて、サーザント達を見下ろしました。
洞窟の中央で、サーザントとトルネーダが睨み合っています。サーザントの後ろの真珠のテーブルでは、シーラを抱えた兵士が立っており、その脇にある貝の椅子後ろには、アドリアナが際めて迷惑そうな顔で二人の事を見ています。
サーザントは威嚇するかのように、ブンと勇者の剣を振りました。その目はただならぬ光を放っています。
「あーあ、サーザントのやつテンパっちゃって。勝ち目ないと思うぞ」
ミリオンは、溜め息をつきました。しかし、すぐ、気を取り直すように
「まあいいか。魔王が生きて連れ帰って来いと言ってるんだ。まさか、殺したりしないだろう」
とつぶやくと、サーザントのお手並み拝見とばかりに、身を横たえ、下へと身を乗り出しました。