再び青の貴公子 01
「これで、あの娘は人間界に戻ったわよ」
アドリアナは金の装飾がほどこされたその鏡をくるくると弄びながら言いました。
「そのようだな。一応礼を言っておこう」
サーザントは、満足げにうなずき、そして、次の瞬間複雑な表情を浮かべました。それは、アドリアナが貝のテーブルの上に置いてある宝玉を嬉しそうに手に取ったからでした。
「用事がすんだなら帰ってくれない? あたし、この宝玉をゆっくりと眺めたいの」
「ああ……だが……」
「さっさと帰ってくれないと、壁のクラゲ達がひからびて死んじゃうんだけどお……死んじゃったら弁償してくれる?」
「弁償?」
「はっきり言って高くつくわよ。あんたの力で無理なら、魔王に請求書送るけど」
「……父上に? く……」
宝玉を奪われた上に、請求書まで送られたものではたまったものれはありません。宝玉はいつか奪え返したやると心に決め、
「仕方ない。帰るぞ」
と、サーザントは天井に浮かんでいるミリオンに聞こえるように叫びました。
ところが、ミリオンは動こうとしません。
「おい、どうした。行くぞ」
と、ミリオンを見てサーザントはいぶかしげな顔をしました。なぜなら、ミリオンが珍しく真剣な顔をしていたからです。
「おい、どうした?」
サーザントは、頭の中でミリオンに話しかけました。
すると、ミリオンが答えました。
「鏡から蒼い光が…」
「蒼い光…?」
サーザントは、首をかしげて真珠の机の上の鏡に視線を移しました。…確かに、鏡の表面にゆらゆらと蒼い光が揺れています。
「?」
サーザントは首をかしげてつ鏡を覗きました。
「いけない! サーザント!」
ミリオンが、叫んだその時です…。
キーン!
金属を弾くような音と共に…
轟…!
鏡の中から、勢い良く水柱が噴き出しました。
「うわあ!」
鏡を覗き込んでいたサーザントは、立ち上る水柱の衝撃で天井まで吹き飛ばされしたたかに頭をぶつけた後、床に投げ出されました。その後、
パリーン…
鏡が、内側から弾けるように割れて、轟々と立ち上る水柱を背に、青色の皮膚と、飛沫のような髪をした、あの雷神の子トルネーダが、片手に光の槍を携えて現れました。その腕には、先ほどアドリアナが地上に返したはずのシーラを抱えています。シーラは水に濡れてぐったりと意識を失っています。
「どういうことだ? アドリアナ?」
サーザントは、アドリアナを睨みつけました。
「まさか、裏切ったのか?」
「違うわよ」
アドリアナは即座に否定しました。そして、こう付け加えました。
「でも、ありえない。あたしの魔法がやぶられるなんて……」
「破られただと?」
「そのとおり」
トルネーダが答えました。
「王子は余程この私を見くびっておられるらしい。この私がアドリアナごときに出し抜かれると本気で思っておられたのか?」
「アドリアナごときとは何よ」
アドリアナが怒りました。
「いいや。アイツの言うとおりだ。口程にもない」
サーザントが言います。
「とりあえず、契約は果たされなかった。私の宝玉を返してもらおう」
「何よ。この件と宝玉は無関係のはずよ」
アドリアナが言い返します。すると、
「その事については、魔王より話があるだろう」
と、トルネーダが言いました。
「父上から話だと? もうこの事が知られているのか?」
「この深海も魔王の統治下だ。魔王は統治下で起きた事は、どんな事でも即座に把握するという事を忘れたわけではあるまい」
「……」
「しかし、命拾いしたな王子。魔王はあなたを生きたまま連れて来いと言った。でなければこの場でその魔女ごと斬り殺すところだった。まあ、私にとってはつまらぬ話だが……」
それから、トルネータは乗っていた真珠の机から飛び降りて言いました。
「さあ、王子。縄につかれよ。魔界へとお送りする」
「なんだと?」
サーザントが剣に手をかけました。
「断る。誰がお前になど従うか」




