深海の魔女 05
「さあ、来るわよ、来るわよ。トルネーダが来るわよ」
歌うようにつぶやくアドリアナの手の中で、鏡が蒼い光をチラチラと放ちました。そこには、深海を粛々と進むトルネーダの軍勢が映し出されています。
「どうするのさ? サーザント君?」
ミリオンが顔をのぞかせて尋ねます。彼は、完全にこの状況をおもしろがっているようでした。
サーザントは、こぶしを握りしめ自問自答しました。
……なぜだ? なぜ私は迷う?
そう。彼は迷っていたのです。
勇者によってかけられた呪い(?)を解くという当初の目的が果たされない今、ここに居る事は何のメリットもありません。いわんや、人間の小娘のために魔王の後継者の証である石を渡すなど言語道断です。だから、つまり彼はたったひとことこう言えばいいだけなのです。
「では、帰る」
なのに、そのひとことがどうしても言えません。今を逃せば、シーラを無事に人間界に戻すチャンスは二度とないからです。
しかし……
……なぜだ? なぜ、私が人間の小娘の心配をせねばならんのだ? あんな小娘の一人や二人、どうなろうが知った事ではないはずなのに……
「ちょっと、いつまで迷ってるのよ」
アドリアナが言いました。
「さっさと決心しちゃいなさいよ。あたし的にはどっちでもいいのよ。さあ、どうするの?」
「う……わ……私は……」
サーザントが何かを答えようとしました。と、
「でも、誇り高い魔界の王子としては、か弱い女の子を見捨てるなんてできないわよねえ」
といって、サーザントの額に目をやります。
「う……」
サーザント再び言葉につまりました。すると、シーラが言いました。
「もういいわよ。行きましょう! サーザント」
「何?」
サーザントが驚いてシーラを見ます。
「あら、そんなこと言っちゃっていいの?」
アドリアナが言いました。
「今、人間界に戻らなきゃ、二度と帰れない事になっちゃうのよ」
「大きなお世話よ!」
シーラが言いました。
「大体、人の弱味に付け込んで足元見るなんて最低だわ! やっぱり人魚姫をあんな目に合わせただけあって汚い魔女ね。あなたなんかに助けてもらわなくても結構よ!」
「何よ! 生意気なチビね!」
「誰がチビよ!」
「あんたよ。それでも女なの? 出るべきとこが全然出てないじゃない」
「それは言える」
サーザントがうなずきました。
ガキ!
シーラはサーザントを殴ると同時に叫びました。
「大きなお世話よ! この若作りババァ!」
「若作りですって?」
「そうよ。その格好、全然似合ってないんだから! いい年こいてミニスカートなんてはいちゃってさ! 生足見せていいのは20才までなんだから!」
「うわあ。言っちゃったよ」
ミリオンがつぶやきます。
「……サーザント。もう、宝玉はいいわ」
アドリアナが冷ややかに言いました。
「なんだって?」
「そのかわり、あの小娘の足を切って、リトルマ-メイドの歌声と一緒にアドリアナのコレクションに加えてやる」
アドリアナは、そう言い放つと、恐ろしい目でシーラを見つめて無気味な声で何やら呪文をつぶやき始めました。
「な……なんなのよ」
シーラは全身が泡立つような恐ろしさを感じました。
「おい、よさんか! そんな下らん事でそんな恐ろしい魔法を使うな!」
サーザントはアドリアナの腕をつかんで叫びました。
しかし、アドリアナはサーザントの手をふり払って叫びます。
「止めないで!」
「あーあ。女の争いは恐ろしいねえ」
ミリオンは天井からこの有り様を見てため息をつきました。
「分かった。宝石をやろう!」
サーザントが言います。
すると、アドリアナは呪文を唱えるのをやめてサーザントを見ました。
「それ、本気?」
「ああ」
サーザントはうなずきました。
「だから、その娘の足を取るなどという恐ろしい事はやめてくれ」
「だめよ! サーザント」
シーラが叫びました。
「あたしなら平気!」
「平気なわけがあるか。足を取られるんだぞ」
「おかしな展開になってきたな」
ミリオンがつぶやきます」
「……そうね。その石をくれるならやめてあげてもいいわ」
アドリアナがうなずきました。
「でも、本当にくれるのね?」
「ああ。ただし、お前がこの石をはずす事ができたらだがな……」
「それ、どういう意味よ」
アドリアナはいぶかしげな顔をしました。




