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深海の魔女 04

「そのとおり」

 アドリアナがうなずきます。

「しかも、真直ぐこっちに向かって来てる。ここに着くのも時間の問題ね。しかも、トルネーダは結界をはっている。この結界をぬって地上に戻るのは私の魔力をもってしても……」

「できぬと言うのか?」

「……難しいけど、やってあげるわ」

 アドリアナはそう答えると、右側の珊瑚のテーブルの上に置いてある小びんを手に取り、その中身を一口ごくりと飲みました。

「このアドリアナの、全ての魔力を使ってでもその子を地上に戻してあげる」

「本当か?」

「ええ。本当よ。ただし……」

 アドリアナはそう答えると、サーザントを見て言いました。

「ただし…分かってるわよね。アドリアナの魔法の報酬は……」

「ああ、分かっている。私の一番大切な物だろ?」

「そう。王子様の一番大切なものを私にちょうだい」

「私の一番大事なものか……」

 サーザントは、仰々しく腕組みをし、目を閉じて考え込む…ふりをしました。実は、サーザントの中では何をアドリアナに差し出すか、とうに決まっていたのですが…

「私の一番大切な物…それは…」

 サーザントはわざともったいぶってみました。なぜなら、その方が、よりアドリアナに疑われず、それを手放す事ができると思ったからです。

 シーラがサーザントに尋ねます。

「何を差し出す気? サーザント」

 その言葉に、サーザントは薄目を開けてふっと笑いました。そして、心の中でこうつぶやいたのです。

 …知れた事! このふざけた勇者の剣と、いまいましい約束の石だ。アドリアナの魔力を持ってすればこの石の呪いも解けよう。この石を『永遠の美と若さを保つ石』とかなんとか言って押し付けてやる。…

 サーザントの口から無気味な笑いがもれて来ました。

 …これで、ミリオネスト手が切れる! それがここに来た真の目的なのだ。ざまあみろ! 勇者め! 後で吠えずらこけ!…

「ふははははは!」

 気が付くと、サーザントは声を上げて笑っていました。

「全部聞こえてるんだけど」

 ミリオンが言います。

「な……なによ」

 アドリアナは引き気味です。

「聞くがよい! アドリアナ。私の一番大切な物は…」

「ちょっと待って」

 アドリアナが、手のひらでサーザントを制しました。

「それは、私が決めるわ、それがアドリアナの館でのルールなの」

「なんだって!?」

 サーザントは、叫びました。

「そんなルールは聞いてないぞ」

「調査不足よ」

 アドリアナはドライに答えると、サーザントの頭のてっぺんからつま先までを値踏みするように見つめました。そして、やがてサーザントの額でキラキラ輝く紫色の石に目をとめて、

「これが欲しい!」

 と、指をさして叫びました。

「冗談ではない!」

 サーザントは額を手で覆い隠しました。

「これは、私が生まれた時に魔王である父から賜った物で、魔界の正統な後継者である証なのだ。私にとっては命の次に大切な物。やすやすと渡せるか!」

「命の次にね」

 アドリアナが赤い舌を出してぺろりと唇をなめます。

「だから、そういう物が欲しいのよ……」

 そして、額の宝石を指先でなでました。

 サーザントは絶句しました。しかし、ここで引き下がるわけにはいきません。

「しかし……たかが人間の小娘一人を救い出す代償にしては、高すぎるとは思わぬか?」

「だったら、やめとけば?」

 アドリアナはドライに言いました。

 そして、真珠のテーブルの上から例の魔法の鏡を手に取ると、そこに映る物にじっと見入りました。そこにはトルネーダの水軍が映っているはずです。

 サーザントは不線としました。

 ……まったく、計算違いだ。小娘の事などどうでもいいが、今度こそあのいまいましい勇者と手をきれると思ったのに…

 その姿を見たアドリアナは、サーザントがシーラの事で悩んでいるとでも思ったのでしょうか?

「さあ、どうするの? お嬢さんを助けてあげるの? それともやめるの」

 と、サーザントに向かって意地悪く尋ねます。

 ……どうするもなにもあるか。この石を失うぐらいなら、こんな小娘の一人や二人どうなってもかまわぬ……

 サーザントがそう言おうとしたその時…

「もう、いいのよサーザント」

 シーラが言いました。

 それでサーザントは、今まで意識もしていなかった右隣……シーラの方を見ました。シーラは、小さな唇をきゅっと結んでこちらを見ています。

「やっぱりこのまま魔界に向かいましょう。その石……大事なんでしょ? あたしのために手放すなんてしちゃダメ」

 サーザントは、言葉を失いました。まさか、そんな事を言われると思わなかったからです。同時に、胸の奥の方から、なんとも言えぬ苦い物が込み上げて来るのを感じました。それは、人間の言葉で言うところの「自己嫌悪」だったのですが、魔界の住人である彼はそういった感情を知りません。ただ、ひたすらこの場に居たたまれなくなり……

「どうするんだよ、サーザント君」

 それまで、洞窟内をフワフワと飛んでいたミリオンが意地悪く言いました。

「その石を渡すのかい? それともこのまま帰るのかい?」

「……」

 サーザントが、考えあぐねていると、

「ああ。来るわよ。来るわよ…青の坊やがくるわよ……」

 アドリアナが、唄うように言いました。


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