深海の魔女 01
さて、深海の奥深く。
サーザントは疲れ果て、海底の砂の上に手をつき激しく息をついていました。その横ではシーラが横たわっています。どうやら脱出魔法のショックで気を失ったようです。
頭上からミリオンが言いました。
「だらしないなあ、あれぐらいでバテちゃうなんて……」
「やかましい。一体誰の魔力で脱出したと思ってる?」
あの時、サーザントの体をあやつって脱出呪文を唱えたのはミリオンですが、使われる魔力も体力も全てサーザントの物です。
「にしても、脱出魔法なんて中級レベルの魔法だろ? 魔力も体力も使わないはずだけどな」
「確かにそうだが、ただでさえ海を割る呪文を唱え続けているところに、呪文の併用。さらに貴様に中に入られるだけでものすごく消耗するんだ」
「ええ? そうなの?」
「そうだ。同じ、魔法を使っても倍以上は消耗する気がする」
「そうなんだ……でもどうしてかな……」
「知らぬわ。それより、なぜこんな事をした」
「こんな事?」
「どうして、私とトルネーダの偉大なる一騎打ちを邪魔したのかと聞いている」
「助けてやったんじゃないか。あのまま戦ってたら、君、無事ではいられなかったぞ」
「大きなお世話だ。誰が助けてくれと頼んだ?」
「別に助けたわけじゃないさ。今、君に死なれちゃ困るんだよ。君以外に次の勇者になれる人材はいないんだから」
「くどいな。私は勇者になどならぬ。それよりも、あのようにみっともなく敵に後ろを見せてしまった事、慚愧に堪えん」
「別にいいじゃん」
「よくない! 魔界の王子は敵に恐れをなして逃げたと末代までの笑いもんだ……ただ。ひとつだけ礼を言おう」
「なにをさ」
「シーボーズの時のごとく、私の身をのっとって戦わなかった事だ」
「ああ。それね」
「そうだ。あのような卑怯な勝ち方をしても嬉しくない」
「っていうかさ、だそれやると、また君長期間寝ちゃう事になりかねないもん。だって、相手は水軍百万だよ。ホワイトクロスでも足りないんだよ。ホワイトクロスで10月10日寝込んだよ。それ以上の技なんて使ったら、また君気を失って、そうなったらボクたち溺れ死んじゃうじゃないか」
「……それだけの理由で?」
「そうだよ。他に何か理由がいるの?」
「貴様には騎士道の精神というものがないのか?」
「あいにく僕は庶民だからね。それに、つまんない事ばっかり気にやんでても仕方ないだろ?」
「つまんない事だと?」
「そうさ。君が今考えるべき事は、恥や外聞じゃなくて魔王を倒す事だけだよ」
「くどいと言ってるだろう。大体、子が親を殺すなどあってたまるか」
「なんで、魔界では親殺しは日常茶飯事だって言うじゃん」
「魔界で日常茶飯事でも、私はやらん。私にとって魔王は愛する父君……」
「父親でも、魔王じゃん。倒さなきゃ」
「そういう問題じゃない」
「でも、魔王は倒さないと」
「……貴様、人として大事なものが何か欠けていないか?」
サーザントがそこまでいった時、
「ううん……」
と、声を上げてシーラが目を覚ましました。
「ここ、どこ? お父さん? お父さんは?」
「ここは、海の底だよ」
ミリオンがシーラの顔をのぞきこんで言いました。
「きゃ! 勇者様!」
シーラが真っ赤になって飛び起きます。
ミリオンはシーラに向かって説明しました。
「町に戻ろうと思ったけど、トルネーダの結界に邪魔されて飛べなかった。彼(とサーザントを指差し)の魔力の限界だったんだ。仕方ないから、奴らを追い越して先に進んだ」
「トルネーダの結界に邪魔されただと?」
サーザントは聞き返しました。
「そうだよ」
ミリオンがうなずきます。
「トルネーダめ、魔界へ行かずに引き返せとかぬかしたくせに」
「引き返したら引き返したで、水軍に囲まれて捕まったんだろうさ。どのみち君を殺す気満々なんだ。ここも安全じゃないだろう。一刻も早く先を急いだ方がいいよ」
「いわれなくても分かっている」
サーザントはそういうと立ち上がりました。しかし、すぐに腰が砕けてしまいます。
「なにしてるのさ?」
「無茶な魔法を濫用したせいで、足腰が立たぬ」
「まったく」
ミリオンがあきれ顔をします。
「仕方ない。今日はここで休もう。ボクが見張っていてあげるから、2人とも眠りな!」
ミリオンは、魂だけの存在なので、休息を必要とはしません。
「ふん。そうするか」
サーザントが頷きました。すると、
「おなか…すいた」
と、シーラが恥ずかしそうに言いました。サーザントは舌打ちしました。
「ちっ…。これだから人間は…」
しかし、そう言いながらも彼は、腰にかけた朝の袋の中から真っ赤なリンゴの実を取りだし
「食え。これは魔界になっている木の実で、1つ食えば3日は持つ。魔界の物だが、元は天界のもの故、人間が食っても害はない」
と、シーラに差し出しました。
シーラは驚いて尋ねました。
「あんたは、食べないの?」
「私は一週間飲まず食わずでも、休息だけで十分持つ。いらぬ心配をするな」
「ありがと…」
シーラは小さな声で感謝すると、しゃりしゃりとリンゴの実を食べました。




