魔界へGO! 04
シーラは、砂浜に続く階段を、ゆっくりと降りていきました。そして、砂浜に降り立つと足音を立てぬように、二人に近付いていきました。
サーザントと、「金色の人」は、波打ち際に置き捨てられた朽ちた小舟の上に立ち、何やらぼそぼそと話しています。二人とも話に夢中で、シーラが近付いているのに気がつかないようです。シーラは二人の乗っている小舟の側にある、大きな岩の影に隠れて、二人の様子を伺いました。
「あの金色の光は何かしら?」
シーラは、注意深くその人を見つめました。その美しい輝きからは、邪気は感じられないようです。(もっとも、シーラには、邪気を感じる能力はないのですが…)むしろ、なにか清らかで、貴いもののように思われます。しかし、武闘家としての本能から、シーラは警戒を解きませんでした。もし、その正体がモンスターであるならば、即斬って捨てようと、彼女は剣を構えた姿勢で、その人を見つめ続けたのです。
しかし、やがて、その人がふと横顔を見せた時に、シーラは心臓が飛び出るほどに驚きました。なぜなら、それは、彼女があれほど恋焦がれていた…そう、勇者ミリオネスだったからです。
…うそ!…
シーラは心の中で叫びました。
…勇者様は、死んだはずでしょ?
しかし、月の光の下でシーラの瞳に白く映るその横顔は、まごう事無き、ミリオネス、その人なのでした。シーラの胸の鼓動がしだいに早くなって来ました。そして、こんな状況だというのにシーラはまったくの15才の少女に戻り、肩からかけていた麻袋の中から鏡を取り出し、身繕いをはじめたのです。
…どうしよう、どうしよう。こんな格好じゃ、あそこに出ていけない!…
シーラは、思いました。なにしろ、教会の暗闇の中で慌てて着替えたので、自分の身なりがどんな風になっているのかを、しっかり見ている暇もなかったのです。
シーラが、身だしなみを整えていると、二人の話声が聞こえて来ます。
「君は、徹底的に修行が必要だよ。肉体的にも、精神的にもね」
シーラが、間近で初めて聞く、ミリオンの声です。
「ホワイトクロスを使うには、魔法力を高める事が必要なんだ。そのためには、精神的に鍛えなくちゃ。魔法力が低いという事は、精神的にもろいって事だよ。明日からは、ボクがびしびしとしごく。魔界に愛しのヴェロニカを助けに行くのは、それからだ」
シーラは、うっとりしてミリオンの声に聞き入りました。恋する乙女にとって、それは天上の音楽にも勝る、妙なる調べだったのです。しかし、それはすぐにサーザントの怒号によってかき消されました。
「勇者の分際で、私に指図をするな!」
サーザントの言葉は、「金色の人」が勇者である事の証になりました。
「私は、今すぐ魔界に帰る!今すぐにな!」
シーラは、岩影から頭だけ覗かせてサーザントの褐色の横顔を睨み付けました。
…何よ! あの男! 勇者様にあんな口の聞き方して。許せないわ!…
シーラはもう一度鏡をチェックすると、勇気を出して岩影から飛び出そうとしました。しかし、その時には、すでに、サーザントが例の、海を割る呪文を唱えていたのです。
「…アングァラン・リ・ウェル・フォウル・グァイン…」
サーザントが唱え終わると、ざっくりと海が二つに割れました。
驚くシーラの目の前で、
「それでは、さらばだ! 勇者ミリオネス! いずれまた相見えん。その時こそ、その首今我が手中に収めるなり!」
と、叫んでサーザントは海の中に消えていきます。
「やれやれ」
ミリオンはサーザントの後ろ姿を見てつぶやきました。
「僕から逃げられると思ってるのかね?」
そう言って同じく海の中に消えていきます。
「あ! 勇者様!」
シーラは思わず叫ぶと、岩陰から飛び出し二人の後を追って海の中に消えていきました。
三人が入ってしまうと、海の裂け目は徐々に塞がり、やがて何事もなかったように静かな浜辺に戻っていきました。