魔界へGO! 01
「それは。気の毒な話だったな…」
全ての話が終わるとサーザントは素っ気なく言いました。
「助けてくれるのよね? もちろん」
シーラが訴えるように言います。そのグリーンの瞳が、まっすぐにサーザントを見つめました。サーザントは、 視線をそらしつつ
「なぜ、私がお前らを助けねばならないのだ?」
と、無愛想に答えました。
「だって、あなたは新しい勇者だから…。その証拠にホワイトクロスを…」
「私は勇者ではない。何度も言わせるな!」
食い下がって来るシーラに向かい、サーザントは思わず怒鳴り声をあげました。
そして、世にも冷たい口調で、こう言い放ったのです。
「勘違いをするなよ。私は魔王の息子なんだ。勇者になるいわれも、お前らを助ける義務もない。むしろ、人間どもがひどい目に合ってざまあみろと思っているくらいだ。ついでに、この町ごと滅びればよかったのだ」
「なんですって!?」
カッとなったシーラが、腰にさした剣に手をのばしました。
「もう一度言ってごらんなさい!」
すると、サーザントは、自分も(なぜか)手に持っていた勇者の剣に手をかけ、にやりと笑って言いました。
「こりぬ小娘だな。いいだろう、今度こそ息の根を止めてやる…」
すると、見かねたヤンバが止めに入りました。
「やめなさい。シーラ。それに、サーザントさんも…。シーラは、こんな所で争っている場合じゃないだろ。それに、サーザントさんも、自分より年下の女の子 に向かって大人気ないですよ」
「ふん」
サーザントはヤンバの言葉に剣を収めました。しかし、シーラは剣にかけた手をおろそうとしません。そして、グリーンの瞳に怒りをたぎらせて、サーザントの事をにらんでいます。
「やめろと言ってるだろ、シーラ。お前は町の人々を守らなくてはいけない立場なんだぞ。こんな所で喧嘩をして、怪我でもしたらどうする」
もう一度ヤンバにしかられて、シーラはやっと剣を収めました。
「賢明な判断だな、町長。礼だけは言っておこう」
サーザントは冷ややかに言いました。そして、
「それでは、私は魔界に帰る。さらばだ」
と、黒いマントを翻して、海に続く坂道を走り降りて行きました。
「なによ」
シーラが今にも泣き出さんばかりの顔でつぶやきました。シーラは、大きく息を吸い込むと、走っていくサーザントの後ろ姿に向かって叫びました。
「人でなし! 悪魔! あんたなんか一瞬でも信用しようとした私がバカだったわ! 死んじゃえ!」
「もういいんだよ、シーラ」
ぽつりとヤンバが、言いました。
「はじめから、無理があったんだよ。魔界の王子が勇者だなんて…」
そう言うヤンバの顔も、すっかり意気消沈しています。
「でも…」
シーラは、精彩のないヤンバの顔を見上げてしゃくりあげました。
「泣くんじゃないよシーラ。なんとか考えよう。我々人間だけの手で。なんとか世界を救うんだ…」
浜辺には、10ヵ月前と同じように大きな三日月がかかっています。波打ち際に起き捨てられた小舟の上に座り、サーザントはぼんやりと空に浮かぶ月を見ていました。潮風が、サーザントの黒髪をなぶります。サーザントは、風が吹いて来る方向…水平線を見つめました。この風のうまれる所に、サーザントの故郷はあります。
…今すぐ帰り、事の次第を話せば、きっと父王は許してくれるだろう
サーザントは、楽観的に思っていました。
…そして、私は父上の右腕となって、人間を滅ぼしこの失態を拭い去るのだ…。
しかし、そんな事を思うばかりで、サーザントは動き出そうとしません。そして、空に浮かぶ月ばかり見ているのです。じっと見ていると、その金色の光は、ゆっくりと空一杯に広がっていくようでした。やがてそのイメージは、空一杯に広
がり柔らかなウェーブを描いて雲の下をたなびきはじめました。そして、いつしかそこには、一人の女性の顔が浮かび上がって来ます。
…ヴェロニカ様が、人質になって魔界に…
先ほどのシーラの言葉か、潮騒の中に聞こえて来るようです。
突然、サーザントの胸が早鐘のように打ち始めました。そして、たまらなく不安に襲われはじめたのです。サーザントは、やみくもに思いました。
…すぐに魔界に行かなくては…!
けれど、なにしに?
サーザントの心の中で、二つの矛盾する気持ちが葛藤しはじめたその時、後ろからやけに陽気な声が響いて来ました。
「そうか、魔界に殴り込む計画を立てているんだね?」
サーザントが驚いて振り返ると、そこには…