夜の襲撃 03
ロムデルが、髑髏の杖をふりかざした瞬間、無我夢中でシーラは走り出していました。
それを見た、ヴェロニカが叫びました。
「おやめなさい!シーラ!」
しかし、シーラは止まりませんでした。
『このままじゃ、皆殺しにされてしまう。なんとかしなくちゃ!』その時のシーラの胸はそんな思いで一杯になっており、自分の身の危険を顧みる余裕などなかったのです。シーラは、ロムデルの目の前まで走っていくと、髑髏の杖を思いきり蹴りあげました。髑髏の杖は勢いよく空を飛び、かろうじて崩れていない家の屋根に、コーンと落ちました。
…やった!
シーラは心の中で叫びました。
一方、ロムデルは思いもよらない反撃に驚いて、その金色の目を大きく見開き、シーラの事をまじまじとみつめました。その瞳は、まだあどけないように見えました。シーラは、負けじとロムデルを睨み返しました。じっと見つめていると、ロムデルの瞳はネコの目のように、丸くなったり、半月型になったり、クルクルと動いています。それは、動くだけでなく、緑になったり紫になったり、ちらちらと、色を変えるのでした。さらに見ていると、その光はやがて真っ赤になりました。それは、まるで炎のように揺らめいています。…いいえ、炎では有りません。あれは、真っ赤な髪の少女です。その少女を見た途端に、なぜかシーラの体に悪寒が走りました。少女は、手に剣を持っています。その顔は、なびく髪に隠れてよく見えません。少女は、剣をふりかざして、シーラに向かって走ってきます。
…殺される!
シーラは、そう思い、とっさに自分も身構えました。そして、剣を振りかざすと走って来る少女の胸を、ひと付きに衝こうとしました。その瞬間、少女の髪が後ろになびいて、その顔がはっきりと見えました。その顔は…
「シーラ!」
ヴェロニカの声で、シーラは我に返りました。
気が付けば、シーラは自分の胸に剣を突き立て、今、まさに刺そうとしている所だったのです。
「シーラ…」
ヴェロニカが心配そうに駆け寄ってきました。
「ヴェロニカ様、今、そこに私が…私が」
「あなたは、幻惑されていたのよ。」
もし、シーラが見たもう一人の自分を殺していたら、間違いなく今頃は死んでいたはずだと、ヴェロニカは言いました。それを聞いて、シーラは思わず震え上がり、手にした剣を投げ捨てました。
「邪魔するなよ、聖魔導士」
ロムデルが、立ったままの姿勢で宙を舞い、こちらにやって来ました。
「その女、オレの大事な髑髏の杖、蹴り飛ばしたんだぜ。死ななきゃ。」
ロムデルは、非常に冷酷な事を無邪気に言い放ちます。
「お怒りは、ごもっともですが、どうかシーラを許してやってくれませんか?」
ヴェロニカは、静かに言いました。
「やだね!」
ロムデルは、そっぽを向きました。
「弱い者虐めなんて立派な魔界人のやる事じゃありませんわ」
ヴェロニカは教え諭すように言いました。すると、ロムデルはかえってムッとしたようです。
「うるさい! 説教なんか聞きたくない! サーザントと勇者を探すんじゃな
きゃ、オレだって人間なんか相手にするものか! さあ、サーザントと勇者を出せ! 出さなければ、この町のやつら、みんな殺す!」
「勇者様も、サーザント様も、この町にはいらっしゃいませんわ!」
ヴェロニカは、きっぱりと言い放ちました。
「居たとしてもあんたになんか渡さないわ!」
シーラが叫びました。
しかし、それがよけいな事だったようです。
ロムデルは、シーラをまっすぐに指差して言いました。
「お前、まじでむかつくな。もう絶対殺す!」
そう言って、右手を空に高くあげると、なんという事でしょう? 先程シーラが蹴り飛ばした髑髏の杖がかたかたと音を立てて、こちらに飛んでくるではありませんか。
髑髏の杖は、ふわふわ宙を舞ってこちらまで来ると、すぽっとロムデルの手の中に修まりました。
ロムデルは、髑髏の杖が戻ったのを確認すると、勝ち誇って叫びました。
「今すぐ、お前ら地獄に送ってやる!」
それから、ロムデルは髑髏の杖を空高くかざし、先ほどの雷を呼ぼうとしました。
その時、ヴェロニカが何か叫んだのです。
そう、何かを叫んだのです。しかし、なんと言ったのか、シーラにもヤンバにも、その場に居合わせた全ての人たちにも分からなかったのです。
しかし、その言葉を聞いた途端、ロムデルは驚いて髑髏の杖を降ろしたのでした。