夜の襲撃 02
「この先は、お話するのもおそろしい…」
ヤンバは、そう言って身震いをしました。それから額の汗をハンカチでぬぐうと、囁くような声で続きを語りはじめたのです。
「シーラ達がモンスターをほぼ片付けてしまった頃、私は物陰から外に出ていきました。そこは、町の中央広場でした。騒ぎがおさまったのを見て、安心した町の人々も集まってきました。しかし、私は胸に沸き上がる不安を消し去る事が出来ませんでした。それで、女と、老人、子供達はすぐに町の外へ避難するように命じたのです。ところが…その時です! 突然水平線から大波が押し寄せてきたのです。夜の闇の中にもはっきりと見えたその大波は、あの教会の塔にも達するかという程でした。呆然と見ている私達の目の前に、大波はぐんぐんと押し寄せ、あっという間に港へと達しました…! これで終わりか…!?と 、思った瞬間、波はぴたりと止まりました。そして、真二つに割れ、中からあいつが現れたのです…!!」
ヤンバを始め、町の人たちは金縛りにあったように微動だにせす、二つに割れた大波を見つめていました。しばらく見ていると、波の下の方(おそらくは砂浜の辺り)から、フワフワと何かが昇って来るのが見えました。よく見ると、それは、人のようです。そいつは黒いマントを翻しながら、猛スピードで空を駆け、ヤンバ達のいる広場にシュッと舞い降りました…。
「それは、どう見ても10才くらいの子供でした。」
ヤンバの頭にその時の情景がありありと浮かび上がってきます。
「子供だと!?」
サーザントが叫びました。何か、非常に驚いたようです。
ヤンバは頷きました。
「ええ、確かに子供でした。ただし普通の子供と違っていたのは、右と左の目の下に血の後のような赤い痣が2本くっきりと浮かび上がっていたのと、黒いシッポが生えていた事、そして常人にはあり得ない緑色の髪だったこと…」
「ロムデルだ…」
サーザントがつぶやきました。
「ロムデルって?」
シーラが聞き咎めました。
「私の弟だ。つまり、魔界の第二王子ということになる…、クソ生意気なガキだ!」
サーザントはいまいましげに答えました。
「魔界の…!? どうりで…」
ヤンバが、ため息をつきました。
ロムデルは、黒いマントを翻して地上に降り立つと、手にしていたどくろの杖をふりかざし、広場にいる人々を睨み回して叫びました。
「魔界の裏切り者サーザントと、勇者はどこだ!?」
しかし、誰も答えるものは有りません。ただ、呆然としてこの空から舞い降りた少年を見つめるばかりです。
ロムデルは、鋭い牙をむき出しにして叫びました。
「出て来い! 裏切り者サーザント! 早く出てこないとこいつらを殺すぞ!!!」
それでも、反応がないと見てとると、どくろの杖を天にむかい高くかざし、呪文のような言葉を唱えました。すると、どくろの額に生えた角の辺りから金色の光がほとばしり、次の瞬間には辺りの家々はすっかりと崩れ去って瓦礫の山を築いていたのです。
「…それで、町の人間の半数が死にました」
ヤンバは、そう言ってぎゅっと目を閉じました。
「あいつなら、やりかねない。…あのロムデルなら」
サーザントは、大きく首を振りました。胸の奥底に焼け付くような痛みが走ります。と、同時に、激しく燃え盛る炎のように怒りが吹き上げてきました。
しかし、それは魔族である彼にとってあるまじき感情でした。彼は、その衝動を押さえるように、震える手を握りしめました。
「それはもう、思い出したくもない程の無惨な光景でした」
ヤンバは、そう言って首を振ると、本当に辛そうに黙り込んでしまいました。
「気がつくと、私は噴水の横に倒れていたの」
ヤンバの気持ちを思いやってか、シーラが後を続けました。
「よく見ると、地面に幾筋もの亀裂が走ってた。運がよかったんだわ。あの亀裂の真上に居たら死んでた。たくさんの人が倒れてた。あの情景については、これ以上私も思い出したくない…。だから、話さない。…私、しばらくその場に伏せていたんだけど、しばらくすると、立ちこめていた煙りとか砂埃とかがおさまってきたから、どうなったのか知りたくて立ち上がったの。そうしたら、あの悪魔がまだ広場の中央に居たわ。そして、こう叫んだの。『これでも出てこないのか、サーザントの臆病者! それならこの町ごと吹っ飛ばすだけだ!!』そう言って、あいつはもう一度どくろの杖を天に高く掲げたの…!」




