勇者なう 3
シーボーズは、サーザントを睨み付けると言いました。
「面白いじゃないか出来損ない。オレと勝負しようっていうのか?」
サーザントは、首を振ってこう言おうとしました。
「いや、違う。これは勇者の企みなんだ!」
しかし、体も口もサーザントの思うようには動きません。
それどころか、サーザントの口は、
「もちろんだとも!君みたいな弱い奴、一撃で倒してみせるさ!」
と、勝手なセリフを喋り、腕はガッツポーズをつくり、足はタップダンスを踏んだのです。
その仕種は、シーボーズの怒りを買うのに余りありました。この緑の化け物は、顔の血管を浮き上がらせ、ナマズのようなヒゲをピクピクと震わせると、
「いいだろう、前々からてめぇの事は気にくわなかったんだ」
と言ってその、巨大なこぶしをサーザントに向けてブンとふり降ろしたのです。
ズゥゥゥゥン…!
シーボーズのこぶしは物凄い轟音とともに、あらわになっている海底の岩を砕きました。その衝撃で海が大きく波立ちます。
間一髪で体の自由が戻り、後ろに逃れたサーザントが叫びました。
「やめろ!シーボーズ。これは勇者の企みなんだ!」
「やかましい!」
シーボーズは雷のような大音声で叫ぶと、もう一度そのこぶしを振り降ろしました。
ズゥゥゥゥン…!
再び大波が立ちます。サーザントは、波に呑まれないように空高くジャンプしました。すると、
ガシッ!
シーボーズがその大きな手の平で、サーザントの体を掴んだのです。サーザントはネコに捕らえられた小ねずみのようにもがきました。シーボーズは、サーザントを鼻先に近付け
「オレはてめェの事なんか、ハナから仲間とも王子とも思っちゃいねぇんだよ! この出来損ない!」
と、言うと、両手にじわじわと力を加え、サーザントを握りつぶそうとしました。サーザントの体が、めりめりと音を立てます。
「ぐはっ…やめろ!」
サーザントは悲鳴をあげました。
シーボーズは面白そうにサーザントの苦しむ様を眺めながら、どんどん力を加えて行きます。
あまりの苦しさに、サーザントの意識はだんだん遠くなっていきました。
「ゲへへへ。苦しめ、苦しめ」
シーボーズの下品な笑い声を、遠くで聞きながら、サーザントは思いました。
…ああ、私はこれで死ぬのだな。結局最後までみじめなものだった…
すると、その言葉に答えるようにあの声…勇者ミリオンの声が聞こえて来ました。
「安心して、君死なせたりしない。後は僕に任せて!」
その言葉が終わると同時に、サーザントの胸の約束の石がカッと光りました。その光はサーザントの体にも走り、外側に高熱を放ったのです。その燃えるような熱さに驚き、シーボーズは思わず手を放しました。
自由になったサーザントは、宙でひらりと一回転し、あざやかに地面に降り立ちました。
胸にかけた約束の石がキラキラと輝いています。そして、その光はサーザントの体を鎧のように包み込んでいます。サーザントは悪戯っぽい笑顔を浮かべると、
シーボーズに向かってこう言いました。
「よーく分かったよ。君はとっても弱いんだね!」
「なんだとー?」
真っ赤に腫れた手のひらを、息でふーふーと冷ましながら、シーボーズはサーザントを睨み付けました。
「今、なんと言った?」
シーボーズは、溶岩のように燃える目でサーザントを見つめて言いました。
「君は弱いって言ったのさ」
サーザントは、さらりと答えました。
もちろんそれは、彼の本意では有りませんでした。
先程地面に降り立った瞬間から、サーザントの体は、再び自由を奪われ、勇者ミリオンの好きなように操られているのです。
さらにサーザントは、右手の人さし指を立て、ウィンクをしてこう付け加えました。
「君みたいにでっかいだけがとりえの奴を世間ではこう言うのさ!『ウドの大木、木偶の棒!』ってね。一つ勉強になっただろ!?」
その言葉を聞いた途端に、シーボーズの緑の顔が赤い絵の具を注いだように見る見る真っ赤になりました。そして、化け物は鼻から汽笛のような音をピーッと立てると、頬をプクーとふくらませました。びっくりしているサーザントの目の前で、シーボーズの頬はどんどん膨れていきましたました。そして、やがてはち切れんばかりの大きさになった所で…
ぶー!
シーボーズは、その口から滝のように水を吹き出したのです。
それは轟々と音を立ててサーザントめがけて押し寄せました。あわや呑み込まれるという瞬間、サーザントは地面を蹴ってひらりと宙に舞い上がり、そのままの位置で勇者の剣を鞘から抜きました。そして、それを頭上に構えると、小さな声でこう唱えたのです。
「神よ、地上に眠る数多の人々の夢を守る力を僕にお与え下さい! …ラ・ミーヤ・リスト・ミ・テクト・ア・ミリオン・ドリーム・エット…」
唱え終わった途端、ひんやりとした白い光が勇者の剣を包みました。サーザントは、光に包まれた剣を大きく十字にきりました。闇の中に、剣が残した軌跡そのままの青白い大きな十字架の光が浮かびました。それを確認すると、サーザントは剣を振りこう叫んだのです。
「ホワイトクロス!」
すると、青白い光はシーボーズめがけて走り、その体を十字に切り裂きました。
シーボーズは緑色の血を噴き出し、声もなくその場に倒れました。
物凄い振動とともに二つに割れていた海が塞がり、ドーンと大波を打ちました。
その途端、サーザントを縛り付けていた勇者の戒めがが解け、サーザントの体は自由になりました。と、同時にサーザントは、見る見ると自分の力が抜けていくのを感じました。
サーザントは宙に舞ったまま、荒れ狂う海を眺め続けました。
「嘘だ」
サーザントはつぶやきました。
「ホワイトクロス…勇者しか使えないはずの光魔法最高峰の技を、私が…?」
たとえ、勇者に操られていたにしろ、自分が?
サーザントは、だんだん波がおさまっていく海を見つめ首を振りました。…信じられない。サーザントの意識が波のようにゆらゆらと揺らめいてきました。
南の浜辺から、声が聞こえます。そちらを見ると、町の人々が集まりサーザントを指差して騒いでいます。その中に、シーラの姿が見えます。町長も、武器屋の親父もいます。そして、アロイジアも。みなの顔は一様に輝いています。
「勇者様!新しい勇者様!万歳」
と、叫んでいるようです。
サーザントは焦点の合わない目で、暁の光を受ける彼等を見つめました。
一方北の闇の中から別な声が響いてきます。
「見たぞ!サーザントがシーボーズを殺した。サーザントは裏切り者だ、魔王様に伝えてやる!」
ぼんやりとした頭でその声を聞きながら、サーザントは思いました。
あれは…、あの声はカーミンだ。あいつは、間違いなく父上にこの事を伝えるに違いない。
そこで、サーザントの意識は途切れました。