勇者なう 2
「なんだ? 貴様は」
サーザントが振り返ると、そこには金髪の少年が立っていました。少年はウェイブのかかった肩まである金色の髪を揺らせ、サファイアの瞳でサーザントの事を見ていました。その唇にはいたずらっぽい微笑みが浮かんでいます。
サーザントは、我が目を疑いました。なぜなら、
「お前は…」
先程教会で見た…
「勇者…ミリオネス!?」
金色の髪の少年はにっこりと笑い、明るい声で言いました。
「ミリオンでいいよ! はじめましてサーザント君!」
そして、サーザントの方にすっと手を出し、握手を求めました。サーザントはしばらく化石のように固まっていましたが、やがて俯き、ワナワナふるえながら「くっくっく」と笑いはじめました。
「やはり、生きていたか。勇者め」
サーザントは、顔を上げてキッとミリオンを睨みました。そして、宣戦布告をしたのです。
「我が名は魔界のプリンス、サーザント・ローゼンクロイツ」
「知ってるよ」
ミリオンが答えました。
「私は、お前を倒すために。地底の帝国ゾーマからやって来た」
「それも知ってるってば!」
ミリオンは、首を降りました。
「君の事は全部調べあげている。その上で勇者にスカウトしたのさ!」
しかし、半ば自分に酔い気味のサーザントにはミリオンの言葉など聞こえていないかようです。
ギラギラした目でミリオンを見つめながら
「我が祖国ゾーマ帝国と、暗黒世界の繁栄のために、お前の首をいただく!」
と言うと、(なぜか)勇者の剣を構え、
「死ね! ミリオネス!」
と叫んで、勢いよくミリオンに飛びかかって言ったのでした。
ミリオンは、逃げようともせずその場に突っ立っています。勇者の剣は、うなりを上げてミリオンの体をまっぷたつに…と、思いきや
すかっ!
空しい音をたてて、剣とサーザントはミリオンの体をすり抜け、
ずぼっ!
そのままの勢いでつんのめり頭から砂浜に突っ込んで倒れました。
「…」
しばしの静寂が流れます。
やがて、砂から尻だけ出したサーザントの横にちょこんと座ったミリオンが、
「大丈夫?」
と尋ねると、サーザントは砂の中から顔を出し、苦悩の表情を浮かべて自問自答しました。
「なぜ斬れぬ? 私が未熟だからか? それとも勇者め…怪しい技でも使ったか?」
ミリオンが答えました
「技じゃないよ。ボクは幽霊だから剣じゃ斬れないんだよ」
「幽霊?」
サーザントは、砂だらけの顔でミリオンを見ました。
ミリオンは、悪戯っぽく微笑んで頷きました。
「そうだよ。教会の隠し部屋でみただろ? ボクはもう死んじゃってるんだよ。
それで、肉体には戻れないから、変わりにその剣に宿る事にしたんだ。」
ミリオンは、そう言ってサーザントの持っている勇者の剣を指差しました。
「だから、いうなればボクは、剣の精霊って所かな? 君がその勇者の剣と、
約束の石を身につけ、ボクの事を考えた時、ボクはいつでも君の前に現れるというわけさ。どうだい?素敵だろ?」
ミリオンは、ニコニコしながらべらべらと喋り続けました。
一方、サーザントは…
「なんてことだ、幽霊だと? やはり勇者は死んでいたのか…」
と、がっくり肩を落としたのです。
既に月は天高く昇り、町はひっそりと寝静まっていました。
サーザントのいる南の海岸には、明かり一つなく時折南の海岸線で灯台の光りがチラチラと明滅するのが見えるばかりです。
そして、何の音でしょうか…?
どこからか、ズン…ズン…と、地鳴りのような音が響いて来ます。
砂浜に座り込み肩を落としているサーザントに向かい、ミリオンは言いました。
「そう、落ち込むなよ。ボクまで悲しくなるじゃないか」
「やかましい、お前に私の気持ちなど分かるものか…!」
サーザントは、怒鳴りました。
「お前を倒し、父上に認めていただく事だけを目標にして生きて来たのに…!」
ミリオンは、この上なく同情した面持ちでしたが、やがてパッと顔を輝かせてこう言いました。
「でも、僕を倒すという目標は達成できなかったけど、君には『勇者になる』という新たな目標ができたじゃないか!」
「勝手な目標を設定するな!」
サーザントは地面を叩いて立ち上がりました。そして、
「もういい。私は魔界へ帰る。勇者は死んだのだ。これで魔界の安寧は保たれよう」
と、言うと、海に向かい右手を広げ、海を割る呪文を唱えようとしました。
その時です…
ズゥン…ズゥン…
先ほどから聞こえていた地響きが、大きくなって来ました。
ズゥン…ズゥン…ズゥン…ズゥン
そして、それとともにだんだんと波のうねりが激しくなってくるようです。
「なんだ?」
サーザントは地響きが聞こえて来る方向を見つめました。音は南西の方から聞こえて来ます。
「モンスターだよ」
ミリオンが囁くような声で言いました。
「あちらの方向に、海を割ってごらん」
サーザントは、南西に向けて手のひらを広げ、呪文を唱えました。
「暗き海よ、魔界への道を開きたまえ…アングァラン・リ・ウェル・フォウル・グァイン・シー・ヤ!」
その途端、海面に赤い光が走り、その線を中心に海がざっくりと二つに割れました。サーザントは、砂浜から海の中にできた道へかけ込みました。すると、海水の壁のはるか彼方で、一匹のシーボーズが足踏みをしているのが見えました。
シーボーズは、海中に住処を持つ人獣で、見た目は人と似ています。その全身は緑色の鱗で覆われ、ひれのような耳とナマズのような唇を持ち、山のような巨大な体をしています。余りにも大きいので、サーザントのいる砂浜沿いからもその姿ははっきりと見て取れました。
シーボーズは、海が割れたのにも気付かないでしきりに足踏みをしていました。そして、シーボーズが足踏みをする度に、ズゥン…ズゥン…と音がするのです。先ほど聞いた地響きは、このシーボーズの足踏みの音だったのでしょう。
「何をしてるんだ?シーボーズ!」
サーザントが叫びました。すると、シーボーズはこちらを振り向きました。シーボーズはサーザントを見ると、あからさまに馬鹿にした顔をしました。
「何だ、出来損ないじゃないか」
「何をしているんだ?そんなところで」
サーザントはもう一度尋ねました。
すると、シーボーズはふんと鼻を鳴らして言いました。
「ロムデル様の命令で、津波を起しに来たのさ」
「なんだと?」
サーザントは、叫びました。
「なんのために!?」
「知れた事。勇者を殺すためさ。勇者があの町にいる事は間違いのない事実なのだ。だから津波をおこし、勇者ごと、あの町を沈めてしまえとロムデル様から
御命令があった」
「そんな事をしたら、関係のない人間の命まで奪う事になるではないか。」
サーザントは唖然としました。そして、シーボーズにこう言ったのです。
「シーボーズ! 私が命令する! そんな真似はよせ!」
すると、シーボーズはさも馬鹿にしたように言いました。
「そんなんだから、てめぇは出来損ないといわれるんだ」
いわれて、サーザントは、ぐっと唾を飲み込みました。
シーボーズはさらにこう続けました。
「第一お前は勇者を探しにここまで来たのだろ? 勇者は見つかったのか?」
サーザントは頷きました。
「ああ、見つかったとも。勇者なら…」
死んでいた…。サーザントがそう言おうとした時です!
突然、サーザントの体の自由がきかなくなりました。そして、サーザントの口が勝手に動いてこう言ったのです。
「勇者ならここにいる。そしてお前を倒す!」
言ってしまってからサーザントは、自分の言葉に驚いて目をぱちくりとさせました。
シーボーズはギョロリとサーザントを睨み付けました。




