ご指名されたようです 3
扉の向こうは薄暗い小さな石造りの部屋でした。シーラ達が中に入るとひんやりとした空気が漂っています。その部屋のまん中には、石でできたベットがあり、その上に金色の髪の少年が横たわっていました。
「勇者様!」
シーラは、横たわっている少年を見て小さく声を上げました。しかし、少年は何も答えません。その青ざめた唇も、白磁のようなまぶたも閉じられたままです。
「こいつが勇者ミリオネスか…」
サーザントはそう言うと、ミリオネスの胸に手を当てました。
「心臓が止まっている。確かにこいつは死んでいるな」
「うそよ…!」
シーラが、首を振りました。
「うそ、うそ…」
そして、その目からぼろぼろと涙を零すと、勇者にの遺体に取りすがり、大声を上げて泣き出しました。そんなシーラの姿に、親父も町長もヴェロニカも言葉もなく、ただ、目頭を押さえ涙を押し殺していました。そんな中、サーザントだけは悲しみも哀れみの情も浮かぶわけもなく、心の中でひたすらこそくな計算を繰り返していたのです。
『なんて事だ。勇者が既に死んでいたとは!それでは、勇者をこの手で殺し父や弟、魔界のやつらを見返してやろうと言う俺の計画がおじゃんではないか! ちくしょうこのままでは弟のロムデルに王位を奪われてしまう。何とかしなければ…。どうすればいい?』
その時、サーザントの頭に電流のようにある考えが浮かび上がりました。
『そうだ!』
サーザントは、おもむろに携えていた剣を抜くと、切っ先を勇者の喉に当てました。
「何をするのです!」
ヴェロニカが叫びました。
すると、サーザントは、グハハハハハと笑い声をあげて言いました。
「知れた事! この場で勇者の首を取り魔界に持ち帰るのだ!」
言うと、サーザントは手に持つ剣に力を込めました。
「やめなさい!」
シーラが叫んでサーザントの腕にしがみつき、剣をもぎ取ろうとしました。
「放せ!小娘」
サーザントは、自分の腕にしがみついて来たシーラの首筋をつかんで放そうとしましたが、シーラは離れようとしません。
「どういうことだ?なんで新しい勇者様がミリオン様の命を狙うんだ?」
町長が唖然として言いました。
「あの黒髪の男は、魔王の息子なんだよ。」
武器屋の親父が答えました。
「なんだって?…」
呆然としている町長の目の前で、シーラとサーザントは揉み合っています。
「この怪力娘が…」
サーザントは真っ赤な顔をして叫ぶと、力任せにシーラを突き飛ばそうとしました。すると、シーラはサーザントの腕に噛み付きました。
「痛っ!」
サーザントが怯んだ隙にシーラは今度は、サーザントの股間を思いきり蹴り上げました。
「…!」
サーザントは声にならない声を上げて、その場にうずくまりました。
「ざまあみなさい!」
シーラは冷たい目でサーザントを見下ろすと、床に落ちていた剣を取り上げました。
「さすがだな、シーラ」
娘の活躍に、武器屋の親父は満足気です。
サーザントは情けなくその場にうずくまって、しばらくうめき声を上げていましたが、やがて燃えるような目でシーラを見つめると、手のひらを天に向けてかざし、無気味な声で呪文を唱えはじめました。
「偉大なる我が父、メルフィスよ…その邪悪な力を持ちて世界を怨念の火にて焼き付くし給え…ル・マン・メルフィス・ゴウト・ドレスァム・ボーン・トゥーラ…」
サーザントの手の平に真っ赤な光が集まって来ます。
「やばい!お前、あいつを本気で怒らせたぞ!」
武器屋の親父が悲鳴を上げました。
「あわわわわわ…」
町長は情けなく震えています。
サーザントは、手のひらに集めた赤い光を、ミリオンの方へゆっくりと向けました。そして
「焼き付くせ!」
と、叫びミリオンに向かって赤い光を投げ付けたのです。
その時…!
ミリオンの横たわっているベッドの四隅に置いてある約束の石がキラッと光りました。そして、四つのそれぞれの石の中から螺旋状に白い光が立ち上がり、対角線上でひとつに集まると、ミリオンの上で光のドームを作り、赤い光を跳ね返したのです。跳ね返った赤い光はもろにサーザントを包み、炎になってサーザントを焼き付くそうとしました。
「うわー!熱い!」
サーザントは悲鳴をあげました。すると、ヴェロニカが
「消えろ!シー・アー」
と、叫びました。すると炎は跡形もなく消え去ったのです。サーザントはその場にへなへなと座り込みました。羽織っていたマントが、音をたてて崩れ落ちます。
「危なかったですわね」
ヴェロニカは、サーザントの正面にしゃがみ込みました。
「でも、ミリオン様に向けて魔法を使うなんて…。言ったでしょ?ミリオン様の体は約束の石で守られているって。もうニ度としないと約束して下さい」
そう言うと、ヴェロニカはにっこりと微笑みました。サーザントは、ヴェロニカの微笑みに不覚にも見とれてしまいました。そして、胸の鼓動が激しくなるのを感じました。しかし、その気持ちがなんなのかは、悲しいかな魔族の彼には分かりません。
ヴェロニカは、そんなサーザントの気持ちを知ってか知らずか、またにっこりと笑い、胸のポケットからネックレスを取り出しました。それは、金色の鎖のネックレスで、ペンダントヘッドは虹色に光る小さな石のかけらでした。ヴェロニカは、サーザントの目の前でそれを振り子のように揺らせながら言いました。
「これは、五番目の約束の石のかけらです。これをあなたに差し上げますわ」
そして、サーザントの首にそのネックレスを、シャラリとかけたのでした。
約束の石は、サーザントの胸の上でキラリと虹色の光を放ちました。ヴェロニカは、その輝きをうっとりと見つめて言いました
「これをかける事ができるとは、まさしくあなたが勇様である証拠です」
その時…、
「ちょっと待ったぁ!」
町長のヤンバが手のひらを広げて叫びました。
「ヴェロニカ様! 私は反対です! 聞けばその男は、魔王の息子というではありませんか。そのような者に約束の石のかけらを委ねるなど…」
「そうよ! そうよ!」
シーラが後方から町長の援護射撃をします。
「ましてや、そいつが新しい勇者様だなんて、私は絶対に認めないわ!」
武器屋の親父も腕を組み組みうなずきました。
「うんうん、そうだな。話として、設定と構成に無理がある…」
すると、ヴェロニカはきっぱりとこう答えました。
「でも、これは勇者ミリオネス様の意志なのです。私は勇者様の選ばれたこの方を信じますわ」
勇者ミリオネスの名前を出されては、誰も何も言えません。一同は、下を向いて黙り込んでしまいました。
やがて、シーラが泣きそうな声で言いました。
「勇者様、なんで死んじゃったのよ…」
その言葉に、武器屋の親父もハッとしたようです。
「そうだよ。そう言えば、なんで勇者様は死んだんだ?」
サーザントも言いました。
「私も聞きたい。勇者はなぜ死んだのだ? 病気か?それとも誰かに殺されたのか? もし、殺されたのだとしたら、誰にやられた?双頭のドラゴンか? それとも魔界七武将か?」
三人の問いに、町長とヴェロニカはしばらく困ったように顔を見合わせていましたが、やがて町長が決心したように言いました。
「実は、勇者様は、フグにあたって亡くなられました」
「はぁ?」
三人は同時に叫びました。
「フグだって?」
「フグですって?」
「フグだと~?」
「はい…」
町長は、苦悶の表情を浮かべて言いました。
「勇者様は、当地にたどり着かれた夜、私どもの用意したふぐ鍋を召し上がり、その毒にあたってお亡くなりになりました。…いえ、毒を抜き忘れた事にはすぐに気がついたのですが、勇者様はよほどお腹がすいておられたらしく、私どもの制止のかいもなく…」
「馬鹿馬鹿しい!」
サーザントが叫びました。
「ふぐにあたって死んだだと? そんな阿呆な死に方する勇者がどこの世界にいる! これ以上お前らのコントには付き合いきれぬわ! 私は魔界に帰るぞ!」
そう言うと、サーザントは足音も荒く部屋を出て行きました。
「あ、お待ち下さい。勇者様!」
ヴェロニカはすぐに追い掛けたのですが、サーザントの黒魔法灼熱の炎に遮られ追い付く事ができませんでした。




