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猫時々彼  作者: mia
本編
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22.聖夜の誓い


 階段を上がる足音に、キッチンにいた祥子は顔を上げた。


 帰ってきたのかしら


 まだ具材の入れていないトマト鍋に蓋をし、火を止める。玄関を覗いてみると鼻の先を赤くした彼が靴を脱いでいた。

 「ただいま、祥子」

 「お帰りなさい。雪が降っていたみたいだけど大丈夫だった?寒かったでしょう」

 「ううん。祥子がくれたマフラーと手袋のおかげで大分温かかったよ。ありがとう」

 どうやら役に立ったようだ。祥子は一安心する。

 玄関の外で雪を払ってきたのだろうが、肩にまだついているのを見つけ、手で払い落としてやる。

 「美味しそうな匂いだね。俺も手伝うよ」

 「あなたはお風呂に入ってて。外を歩いていたんだし、体を温めないといけないわ。私はもう入ったから」

 「ん。分かった。ケーキ買ってきたから冷蔵庫に入れておいてくれる?」

 「ええ、ありがとう」

 彼が浴室に行ったのを見届け、祥子は再び夕飯の支度に取り掛かった。


 朝のこと、もう忘れたの?


 彼は何も言わなかったし、何もしてこなかった。

 下処理を済ませた海老やアスパラガス、白菜、えのきにしめじに鱈の切り身などなどを鍋に放り込みながら考える。


 きっと忙しくて忘れたんだわ。そう


 ぐつぐつ鍋が煮立った頃、彼が浴室から出てきた。バスタオルで濡れた頭を拭きつつ冷蔵庫を開け、チューハイの缶を3本出す。

 「祥子も1本飲む?ブドウと桃があるけど」

 「桃でいいわ。もうすぐお鍋できるから、髪乾かしてきなさい」

 「はぁい」と間延びした返事をして彼は洗面所へ。

 コタツのテーブルに1本と2本に分けて並べられた缶の間に鍋敷きを置いて、茶碗とお椀と箸を二人分用意する。鍋を移動させようとタオルを鍋掴みの代わりに使って運ぼうとした時、横からにゅっと手が伸びて鍋が持ち上げられた。

 「重くて熱いんだから危ないよ。こういうのは力の有り余ってる男に任せて」

 朗らかに笑ってそつなくこなしてしまう彼は男らしいというか何というか。

 イギリスに留学していた養成学校で空手を習っていたり、放浪中に工事現場のアルバイトをしていたこともあり、普段は着やせしていて分からないが結構逞しい体つきをしている。


 ……元気が良すぎるのも困ったものだけど


 人知れずため息をついていた祥子に、鍋の蓋を開けてお椀によそっていた彼は首を傾げる。

 「どうかしたの?ため息なんかついてたら幸せが逃げちゃうよ」

 邪気のない幼い様子に脱力する。

 「別に。何でもないわ」


 どうしてこんなに違うのだろうか


 ある時は甘えたがりの猫のようで、またある時は野性の獣のように豹変した表情を見せる彼。どちらも彼には違いないのだが、そのギャップに時々困らされる。

 取りあえず食事に意識を集中させた祥子は、彼が悩んだようにこっそりと息をついていたことを知らなかった。



 「……いくら寒いからって、こんなに引っ付かなくてもいいんじゃないの?」

 フォークに刺したチョコレートケーキを口に運び、必死に咀嚼する。喉になかなか通らないその訳は

 「いいの。背中寒そうだったから。こうすると温かいでしょ?」

 耳に息が降りかかって反射的に体が震えるのを何とか堪える。

 「確かにそうだけど…でも……」

 「やっぱり祥子に抱きついてるのが一番落ち着くなぁ」

 彼の長い腕が後ろから包み込むように回されて手はお腹の下で組み合い、さらに足の間に座らされているので密着感が半端ない。

 コタツで縮こまっていた祥子に、背もたれ椅子の役目を買ってでた彼は満足げに苺のショートケーキを食べている。

 「ねぇ祥子、苺あげる」

 ショートケーキの上に乗っていて最後に残しておいた苺をフォークで刺し、祥子の口元まで持ってきた。

 「私はいいわ。あなたが食べなさい。そもそも苺大好きなのに他人にあげてどうするのよ」


 どれだけ奉仕心が強いのだろう

 なんか心配になってきた


 難しい顔をして黙り込んでしまった祥子に対し、彼は気を悪くした風でもなく笑顔のままだ。

 「そんな誰にでもお節介するほど出来た人間じゃないよ、俺は。ただ自分の大好きなものを大好きな人にあげたいんだ。これは祥子限定」

 糖度満タンの言葉に頭もお腹も一杯になった。だが期待に満ちた眼差しで自分を見る彼に根負けし、結局は苺を貰う羽目に。

 「美味しい?」

 黙ってテレビに視線をやったまま何度か頷き、彼の方は決して見ない。というか見れない。

 苺のように真っ赤になってしまった顔を見られたくないからだ。

 「来年はホールケーキがいいね。苺が沢山乗ってるの」

 「そうね」

 「…来年も、その先もずっと一緒にいてくれる?」

 「英…?」

 真剣な声に思わず振り返った。驚いた様子の祥子に彼は何も言わず、彼女の左手を取ってその薬指に―――


 「俺と結婚して下さい」


 控えめでいて、凛とした輝きを放つダイヤの指輪がピッタリと収まった。シンプルな意匠だがよく似合っている。

 左手を握ってきた彼は躊躇いなく言い切る。

 「キミとこの町で出会うために、俺は生まれてきたんだ。今までにあった全てのことは決して無駄なんかじゃないんだって、キミが教えてくれたんだ。これから先、どんなことがあっても俺はキミを愛し続けることを誓います」

 祥子は自分の頬を伝う何かに気づいた。拭ってみると濡れている。

 鼻の奥がツンとして、声が震えてしまう。

 「馬鹿。不意打ち過ぎるわよ。場を整えてから、って言ったくせに……」

 「一応場は整えたつもりだったんだけど。…駄目だった?」

 不安そうな彼に意地悪はしないでおこうと思った。素直になろうと思えた。


 「不束者ですが、よろしくお願いします」


 目を合わせて言った。彼はあんぐりと口を開けたまま放心し、はっと我に帰った後に祥子の肩に顔を埋めて腹の底から息を吐いた。

 「断られたらどうしようかと思った…」

 「今更になって何言ってるのよ。全く、だらしないわね」

 強気で言っても鼻声は隠せなかったようだ。彼は忍び笑いをしてますます強く抱き締めてくる。

 「俺、今すっごく幸せ。もう幸せすぎて苦しいくらい」

 泣きながら彼の頭を撫でてやった。ちょっと乱暴に。

 しばらくして顔を上げた彼の目は少し赤くなっていて、それでも太陽のような笑顔を浮かべている彼から目が離せなくなる。


 …一生敵わないかも


 「そういえば、朝約束したよね。祥子からしてくれないなら俺からしちゃうよ」

 そう言ってそっと目を閉じた彼がただ1人だけに贈ったのは何よりも甘くて熱いモノ。それはどんなものなのか、受け取った本人にしか分からない。


 サンタクロースもお邪魔虫の、二人の聖夜でした。



 もしmiaサンタがこの二人に遭遇したら、小石蹴って居酒屋で一杯ひっかけて吹雪の中トナカイを全力疾走させて帰ります。それかベランダに隠れて仕事放置で観察します。

 こんな作者でいいのだろうか、いや、よくない。(反語表現)

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