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猫時々彼  作者: mia
本編
42/58

18.優しいあなた(3)


 「お騒がせして申し訳ありませんでした。どうぞ続けてお食事をお楽しみ下さい」


 琳がにっこりとそう告げると、客の各々が安堵したように食事と談笑を再開させた。

 オーナーの姉であり、経営の管理者でもある(らん)は嵐の如くやって来て、いち早く騒動の収束をなしたのだ。


 『私の愛でるべきものに手を出すなんて、いい度胸してるわね。その腐った面貸して頂戴』


 般若を背負った蘭によって奥の休憩室に連れてこられた麗菜は携帯でどこかに電話をかける。

 1分もかけないうちに神城に案内されて休憩室に現れたのは、立派な風格を伴った妙齢の執事だ。

 「鶴沢(つるさわ)、帰るわよ!お父さまに言ってこの無礼な店を潰していただかないと!あの薄汚れた狭いアパートもですわ!」

 甲高い声で叫ぶ麗菜に対し、鶴沢は表情ひとつ変えず淡々と言う。


 「栄宝院家程度の財力では無理でございましょう。つけ加えますと、私の主人はもうあなたではありません」


 呆気に取られた麗菜は偽物の清純さを捨て、眉間に皺を寄せた。

 「何を言っているの?あなたは田宮沢のおじさまに命じられて私に仕えているのでしょう?」

 「その通りでございます。しかしながら、先ほどロンドンにご滞在されている旦那様から連絡を頂き、あなたとの契約を破棄すると申されました。ですから私が仕えているのは貴女ではなく、田宮沢様です」

 麗菜の顔が強張った。唇がわなわなと震える。

 「一体どういうことです。契約を破棄するだなんて、そんなことをしたら栄宝院家との取引が……」


 「栄宝院家との協定は白紙になりました。秋様との婚約もです」


 「嘘、嘘よ…」

 床に座り込んだ麗菜は愕然とする。その姿は実に哀れなものだ。

 「そちらのお方々には多大なご迷惑をおかけして、誠に申し訳ありませんでした」

 打ちひしがれる麗菜に目もくれず、鶴沢は琳と蘭に向かって頭を深々と下げた。

 同じ顔をした双子の姉弟は冷ややかに腕を組んでいる。

 「田宮沢家だか栄宝院家だか知らないが、契約を破棄したといってもアイツの家の奴らが二度と関わらない、というわけではないんだろう?」

 「そちらがどんな手を使おうと、うちのギャルソンは渡さないわよ。せっかく見つけた逸材なんだから」

 「……蘭さん、私情入ってる」

 神城の突っ込みと同時に、従業員の着替え室のドアが開いて明るい茶色の髪をタオルで拭きながら彼が出てきた。

 黒いネクタイとベストは着けておらず、乾ききっていないシャツに気持ち悪そうにしている。

 「仔猫ちゃんの具合は?」

 「軽い捻挫でした。椅子に座って休ませてます。…話は、全部聞いていました」

 一歩前に進み出た鶴沢が彼に恭しく頭を下げる。

 「お久し振りでございます、秋様」

 彼の目は静かに年老いた執事を捉える。

 「鶴沢さん、栄宝院家との契約が破棄になった経緯について詳しく聞かせてくれませんか」

 「かしこまりました。少々お待ち下さい」

 鶴沢は懐から携帯を取り出し、操作をして「どうぞ」と彼に手渡す。

 首を傾げつつ受け取った彼が通話の相手に呼びかける。すると――


 〈私だ〉


 その一言を耳にしただけで心臓を鷲掴みにされた感覚に陥る。息ができない。

 「ご無沙汰しています、……父さま」

 〈鶴沢から聞いたと思うが栄宝院家との協定は無くなった。新しい取引先との契約を結ぶためにだ〉

 「その取引先と協定を?」

 〈そうだ。名前は――〉

 続いて父親の口から出た名前に、彼は瞠目した。言葉が出なかった。

 〈今、その彼と話をしている所だ。留学中にお前が世話になったそうだな。挨拶しておきなさい〉

 彼の返事も待たずに父親は取引相手に英語で何かを言う。

 それに対して返ってきた返事のあと、


 〈元気にしていたみたいだね、シュウ〉


 流暢な日本語で話す相手に、間違いようもないその声に、彼は驚かされた。

 〈あまりに上達してびっくりしたかい?愛の力は偉大なんだよ。たくさん話したいことはあるけれど君のお父さんに席を外してもらっているから、あまり時間が無い。重要なことだけ言わせてもらうよ。先日、ミスター・タミヤザワから協定を申し込まれてね。受け入れる際にいくつかの条件を出させてもらったんだ〉

 「条件って、まさか…」

 〈そのまさかだよ。一つ目は栄宝院グループとの取引を止めること。彼らのやり方は僕の好みではなかったからね。あんなの長続きしないさ〉

 はっきりと言い放つ口調に彼は懐かしさを覚える。


 〈そして二つ目は、田宮沢家は今後一切、経営目的で君の人生に干渉しないこと。遺産相続なんて煩わしいもの、君には必要ないだろう?〉


 「な…そんな条件なんか出しても、貴方の利益にならないじゃないですか!俺は…!」

 受話器の向こうで微かに笑う気配がした。彼はむっとする。

 「…何がおかしいんです」

 〈いや、変わっていないようで安心してね。その様子だと君を大切にしてくれる誰かを見つけたんだな?僕たちはとても嬉しいよ。(なあ、お前も嬉しいだろ?)〉

 最後の言葉は英語で、彼に対して発されたものではない。

 〈(ええ、勿論です)〉

 抑揚の無い声が耳に届く。彼の脳裏に赤髪の従者の姿が浮かんだ。

 「相変わらずですね、貴方は…」

 〈それは褒め言葉かな?まあ何でもいいよ。君のお兄さんから色々と話を聞いて、親友として君を手助けしてやろうと思っただけだ。恩に着せるつもりはないからね。その代わり、ひとつだけ約束してくれればいい〉

 「約束?また無理難題なことを言うんじゃないんでしょうね」

 不安そうに呟いた彼に、相手はあっけらかんと応える。

 〈僕がいつそんなことを言ったんだい。常に良識ある主人の鑑じゃないか〉

 自分でよく言えたものだ。彼は心の中で毒づく。

 「…分かりました。それでロード、俺は何を約束すれば良いんですか?ここまでしてもらったので、ちゃんと守ります」


 〈ああ、守って欲しい。君が選んだその世界で、君の愛する大切な人と、幸せになれ〉


 真剣な声が耳を、頭を、胸を打った。涙が込み上げそうになるのを唇を噛んで堪える。

 油断すると泣いてしまいそうだ。だから生意気に言ってやる。

 「本当に敵いませんね。どんなに真似をしようとしても、貴方のようにはなれない」

 〈シュウ、それは少し違うよ。僕が僕でいられるのは愛する人がそばにいてくれるからだ。君は君らしく生きればいい〉

 その時沈黙を保っていた神城が盛大なくしゃみをした。

 麗菜以外の視線が神城に寄せられる。

 「あ、すいません。どうぞ気にせず続けて下さい」

 よく通る声に反応したのは意外にも、受話器越しの人物だった。

 〈今の声、もしかしてケイじゃないか?まさか君がいる場所って華里なのかい?〉

 どうして分かったのかと彼が問うと、その返答は


 〈義理の弟の声を聞き間違えるわけないだろう〉


 たちの悪い冗談かと思ったが、神城に電話を代わってもらうと真実だと分かった。

 電話の相手の挨拶を聞いた神城は飄々と、


 「あ、義兄さんじゃん。昨日ぶり。姉ちゃんと仲直りできた?」


 月島姉弟(特に弟)が今すぐ電話を代われと言い出すのは、その直後のことだ。



 何か、未投稿の作品を大々的にネタ晴らししてしまいました。

 どうしましょう!(いや、もうどうしようもない)

 笑って空の彼方に飛ばします。

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