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猫時々彼  作者: mia
本編
40/58

18.優しいあなた(1)

 展開が急過ぎてすいません。


 日曜日にもかかわらず、祥子は早くに目が覚めた。とは言っても、起きた時には既に彼は仕事に行ってしまっていたが。


 〈祥子へ

  おはよう。よく眠れた?朝ごはん作っておいたからちゃんと食べてね。

  英〉


 居間のローテーブルにあったメモの横には、トマトやレタスが挟まれたサンドウィッチがラップにかけられてあった。

 お茶を入れてワインレッド色の絨毯の上に座った祥子はソファに背中を預けて食べ始める。

 トマトの酸味とからしの程よい辛味がお互いを引き立ててぶつかり合わない。

 片手にサンドウィッチを持ち、何の気なしにメモを裏返す。

 「あ…」

 祥子は無意識に笑っていた。静かな空間に独りだが、不思議と寂しくはない。


 彼が作ってくれた朝ごはんを食べているから?


 そう。でもそれだけじゃない


 メモの裏には控えめに、それでいて迷いのない想いが綴られていた。


 〈愛してる〉


 彼はとても優しい人だから、彼が作るものは何でも優しい味になる。

 それがカレーであっても、ピーマンの野菜炒めであっても。

 

 「優しい、ね……」


 無意識に零れた言葉が何を意味しているのか、祥子自身にも分からない。

 ただ、その答えを知るのに神様は悩む時間すら与えてくれなかった。

 食器の片づけを終えてしばらくすると、インターンホンの音が鳴った。ドアを開ける前に訪問者を確認した祥子は目を見開いた。

 深く息を吸って吐き出す。

 無機質な金属音が響いた後、ノブを回してドアが開かれた。



 “Un chat noir”の店内には明らかに異様な空気が漂っていた。

 悲鳴の後に静まり返る客たち、焦った表情の従業員たち。全員が同じ方向に顔を向けている。


 「何を騒がしくやって…」


 厨房から現れたオーナー、月島琳(つきしまりん)は目にしたものに美麗な顔をしかめた。

 その場の全員の視線を集めていたのは、琳にとって気に喰わない男だった。

 どうしてそうなったのか疑問だが、頭から水を被って制服だけでなく床まで濡れている。

 彼が庇うように抱き締めている人物を把握した琳は、駆け寄ってきたバイトの神城圭(かみしろけい)に小さく耳打ちした。

 「了解」

 頷いて奥に去って行った背中を見送っていると、勢いよく椅子から立ち上がる音がした。


 「どうして、どうしてその人をかばうのです!?私の秋様がこんなに変わってしまわれたのは、全て貴女の所為ですわ!」


 麗菜は鬼の形相で、椅子に腰掛けたまま彼の腕の中にいる祥子を睨みつけた。

 憎しみに溢れた迫力に息を呑んでいた祥子は、不意にしゃがみ込んだ彼がそっと足首に触れて身を竦める。

 細い足首は赤く腫れていた。徐々に熱を帯びていく足首に顔を歪めた祥子に彼は黙り込み、しゃがんだ体勢のまま麗菜を見上げた。

 「秋、様…?」

 酷く冷たく、まるで凶器のごとく突き刺さる灰色の瞳に射られた麗菜は身体を震わせて青ざめる。

 「なぜそんな目で私を見るの……」

 後ずさりする麗菜に、彼は表情を崩さず立ち上がる。

 「英、止めなさ――!」

 我に帰った祥子が彼を引きとめようと手を伸ばした。だが届かない。

 足を動かすと激痛が走り、立つことも叶わない。


 「もう許せない。俺を本気で怒らせたね」


 怒りを滲ませた低い声。麗菜を見下ろす彼は、最早彼ではなかった。

 大きめのタオルを手に戻ってきた神城が「…義兄さんがいる」と呟いたのを耳にした琳は尚更表情を険しくし、神城からタオルを奪った。

 「ああ、そっくりだ。僕の初恋を踏みにじった奴に、信じたくないほど似ている」

 そう吐き捨てて、琳は神城に目配せをした。

 神城は「呼びましたよ。すぐ来ます」と冷静に答える。

 「そう。どうやら僕の仕事は少なく済みそうだ。行ってくるよ」

 美しい微笑みをたたえた琳に、神城は「行ってらっしゃい」と苦笑して見送った。



 祥子の怪我をした経緯などについては、回想で書きたいと思います。

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