3.阿久津祥子の苦悩(2)
午後八時半。
仕事を終えた祥子は、菅野から誘われた食事を断って帰路についていた。
途中酔っ払いとすれ違って冷やかしを受けたが、睨みつけると委縮して去って行った。
ともあれ、何事も無く自分の部屋のドアの前まで来た。
またあの男がいたら
そう思うとなかなか踏み出せない。
何度も躊躇いながら、ようやく意を決し、鍵を開けて中に入ると――
「にゃあ」
何とも可愛らしい姿が、祥子を出迎えた。
今朝のアレは、きっと間違いだったのだ。
現に英は長い尻尾を振りながら祥子の足元に寄ってくる。
「ただいま、英」
ドアの鍵を閉めた祥子は、しゃがんで英の頭を撫でてやる。
「にゃあっ」
すると勢いをつけて英が飛びついてきた。
「きゃっ…!」
重心が後ろに傾ぎ、ドアに後頭部をぶつけ…ぶつけ……
ない?
その代わり、柔らかいものに後頭部を支えられて守られた。
何で?玄関にクッションなんてものは無かったはずよ
目をつむっていた祥子は、異変に気づく。
自分を抱き締めるように回された、この人間の腕のようなものは何なんだ。
まさか…
確認しなければならないのだが、恐ろしくて目を開けられない。
これは夢だ。きっとドアに頭をぶつけて、それで……
祥子はこの状況を、自分が気絶して見ている幻想だと思い込むことにした。
だが現実は無情にも、現実しか突きつけない。
「祥子、大丈夫?頭ぶつけなかったよね?」
気遣うような声が耳朶を打つ。
……最悪だわ
仕方なく目を開けると
「ああ、良かった。ぶつけなかったみたいだね」
ひどく安堵した表情が視界を占める。
不覚にも、鼓動を速めてしまった。
だが、今自分がどのような状態にあるのかを把握して、彼(英)をどうにかして追い出そうと画策し始めるのは僅か数分後のこと。
猫を飼いたいと思いつつ、自分の世話で手一杯なmiaです。
今は諦めます。