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猫時々彼  作者: mia
本編
31/58

14.rain(2)


 分厚い雲は夜空を覆い、辺りをより一層闇の世界へと誘う。ぽつぽつと街灯が照らす道を、傘も差さずに走る人影が通り過ぎた。


 どこにいるの


 雨で濡れた髪や服が張り付いて気持ち悪いが、気にしてられない。傘を差していたら視界が狭くなって見落としてしまうかもしれないからだ。

 英を拾った川沿いの桜並木の道に行った。そこにはいなかった。

 華宮神社にも行った。そこにもいなかった。


 どこにもいない


 徐々に体温を奪われていく身体。その冷たさは、心にも届いているようだった。

 祥子は記憶を巡らす。彼や英とのやり取りに何か答えがあるはずだと。

 このまま別れることだけはどうしても嫌だった。


 「あ…」


 もしかしたら


 踵を返して、ある場所に向かった。住宅街に囲まれたそこは、よく散歩で来ていた公園。

 車止めに手をついて息を整え、祥子は顔を上げる。

 その瞳が捉えたのは――



 そう、あれは何でもないことだった。


 よく晴れた日、公園の遊具で子供たちが遊び回っているのを祥子と英はベンチに座って眺めていた。

 『英。帰りましょうか』

 立ち上がって声を掛けた祥子に、英はじっとある物を見つめ続けている。

 『何を見ているの?』

 その視線の先を辿ると順番待ちの子供たちで賑わうブランコが目に入った。

 あれに乗りたいのか、と尋ねる前に英は後ろ足を蹴ってベンチから飛び降り、祥子の隣に立った。

 灰色の瞳は帰り道に向けられていたが、祥子は小さな身体を両手で持ち上げて抱える。

 『にゃ?』

 予想外の展開に鳴き声を上げた英。それに構わず祥子の足はブランコに向かって進む。

 『あっ、ネコちゃんだ!』

 ブランコに乗っていた少女が顔を輝かせて駆け寄ってきた。周囲にいた子供たちもわらわらと祥子のもとに集まる。

 『こんにちは。この子ブランコで遊びたいみたいなの。私達も仲間に入っていいかしら?』

 祥子の言葉に英の目が丸くなる。

 『いいよ。僕と交代してあげる』

 もう一方のブランコに乗って遊んでいた少年が英の頭を撫でて言った。

 『ありがとう』

 ギィギィ鳴るブランコの鎖を掴み、英を膝の上に乗せて腰を下ろす。

 『英、落ちないように気をつけてね』

 『にゃあ』

 小さな背中を祥子の方に寄りかからせて応えた英に、祥子は軽く地面を蹴った。

 祥子の髪と、英のヒゲが風になびく。

 『ネコちゃんすっごく楽しそう』

 少女の呟きに肯定するように

 『にゃっ!』

 語尾が跳ね上がった短い返事が返ってきた。


 帰宅してから夕飯の準備に取り掛かる彼を手伝おうとキッチンに並んで立った祥子。

 『……ねえ、祥子』

 厚揚げを切っていた彼は不意に、大根の皮をピーラーで剥いていた祥子を呼んだ。

 『何?』

 作業をしていた手を止めて隣を見ると彼は穏やかな眼差しでこちらを見ていた。


 『一緒に乗るのも良いけど、いつか二人で並んで乗ってみたいな。どっちが高く漕げるかなんて競争したりしてさ』


 そんな彼に、祥子は『何言ってるのよ。子供じゃあるまいし』と苦笑いして返した。


 “いつか”に込められた言葉の意味が、彼にとってどれだけ切実なものだったのかも知らずに。



 キイ、と錆びついた音が鳴る。

 俯いた横顔に茶色の髪が水気を伴ってまとわりついていた。色とりどりの遊具も、彼の目には全て色の無いものにしか見えない。

 灰色の瞳はどこにも焦点を当てず、ただ虚空を見つめる。

 どのくらいそうしていたのだろうか。濡れそぼった服からはもう予測もつかなかった。

 ふと、明かりに照らされた視界の隅に見覚えのある靴が映った。


 この靴――


 そんなはずはないと思いながらも、ゆっくりと顔を上げる。

 彼の目が大きく見開かれた。


 「祥子……?」


 掠れた声で名前を紡ぐと、陶器のように白い手が彼の方に伸ばされる。


 雨は、まだ止まない。



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