14.rain(1)
『……行ってきます』
玄関まで見送りに来た英はゆっくりと顔を上げた。
目が合った祥子は何か言おうと口を開きかけたのだが、何の言葉も告げることも出来ない。
帰ったら、ちゃんと話そう。これからのことを
明るい茶色の毛並みを撫でることなく、祥子は英に背を向け、ドアを開けた。
この時、何でもいいから後ろを振り返ってさえいれば、英の異変に気づけたのだろうか
“もし”をいくつ積み重ねたとしても、もう取り返しはつかない。
電気の点いた居間で、ワインレッドのカーペットの上に座り込んでいる祥子。
俯いた顔に短く切り揃えられた黒髪が垂れかかる。
力なく床に落とされた手には茶色の封筒が握られていた。エントランスのポストにあったものだ。
差出人の記載は無いが、誰からなのかは分かった。
部屋のどこにも、彼はいなかった。
私の所為だ
あんなことを言ったから
どんよりと曇った空がベランダの窓越しに見える。今にも雨が降りそうだ。
自分の心境にも似た空模様を眺めていた祥子は虚ろな瞳を封筒に向ける。
封筒を逆さにして手のひらに転がり落ちたものはスペアキーだった。
冷たく無機質な感触に、これは現実なのだと思い知らされる。
その封筒の中には三つ折にされた紙も入っていた。取り出して紙を開いた祥子は彼の筆跡を目で追う。
手紙の内容は〈祥子へ〉からで始まっていた。
〈祥子へ
急にいなくなってごめんね。
俺がこうしたのは祥子の所為じゃない。最初から全部、俺が悪かったんだ。
だから、これは俺の最後の我がまま。
書きたいことは沢山あるんだけれど、未練がましくなるから省くね。
でも、これだけは祥子に伝えておきたいんだ。
キミを愛してる。
ペットとしてじゃなく、ひとりの人間として。
短い間だったけど、祥子と過ごした時間は俺にとってかけがえのない宝物だよ。
キミに出会えて良かった。
初めて好きになった人がキミで、本当に良かった。
ありがとう、祥子。
さよなら。
英より〉
雨音が耳に届く。窓の外に目を向けると、空も泣いていた。
「馬鹿、ね……」
失ってから気づくなんて
黒みがかった灰色の瞳が頭から離れない。最後に見た彼の顔が忘れられない。
私は――
スペアキーをきつく握り締める。
気力を無くしていた瞳は強い決意を秘め、濃く彩られていた。
作業用に流しているアルバムの中に彼の心境にすごく合っている曲がありまして、サブタイトルに使わせて頂きました。
ちょうど雨が降っていていいかなと。(私が降らせたんですけどね)




