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猫時々彼  作者: mia
本編
23/58

10.俺を呼んで(3)


 「妻がご迷惑をお掛けしたようで申し訳ありません。ほら、君もちゃんと謝って」


 「す、すいませんでした…」


 藤ヶ谷に肩を抱かれた菅野は顔面蒼白だ。


 「うん、良い子だね。では僕たちはこれで失礼させて頂きます。権田先生、お代の方はどうしましょうか?」


 さすがの権田も藤ヶ谷から漂う空気に何かを感じ取ったようだ。

 オレンジの照明に照らされた、何も無い頭を撫でて引きつった笑みを浮かべる。

 「い、いや…今日は俺が奢ることになっているんだ。お気遣いなく」


 さっさと藤ヶ谷君を帰らせようとしてるわね、権田先生


 権田の言葉に藤ヶ谷はにっこりと微笑む。

 「ありがとうございます。お詫びとして今度うちの店の菓子折りを妻に持って行かせますので」

 あれよあれよと言う間に菅野は強制連行されて帰っていく。

 藤ヶ谷に引きずられて店を出る前に「祥子先輩ヘルプミー!」とか言ってきたがスルーだ。


 “日本史上最恐の大和撫子王子”に勝てるわけがない


 あの小埜先生ですら「ああいう奴は敵に回したくない。後が面倒臭い」と言っているのに


 平穏が訪れたものの、すっかり酔いが醒めてしまった権田は大きく息をつく。

 「やっと行ったか。あいつは相変わらず黒いな……」

 以前聞いた話によると権田は昔、藤ヶ谷の在籍していたクラスの副担任をしていたとか。


 …高校の時からああだったのね、藤ヶ谷君


 再び飲み直し始めた権田を眺めながら、祥子は菅野の無事を祈った。



 主催者である権田が十分満足したようなので、そろそろお開きにしようと祥子たちは席をたつ。


 「じゃ俺は帰りますんで。ご馳走になりました。さようなら」


 小埜は短く挨拶を済ませてすたすたと帰宅してしまった。よほど早く帰りたかったのだろう。

 「小埜のやつは何をそんなに生き急いでるんだか…」

 ぶつくさ言いつつ権田は伝票を持ってカウンターに向かう。

 祥子もその後に続く。

 ちょうどその時、先に会計を済ませていた二人組がいた。

 その二人を目にした権田が声を上げる。

 「おおっ白樺(しらかば)先生!何だ、神林寺(しんりんじ)も来てたのか!」


 白樺先生?神林寺?

 権田先生の知り合いかしら


 「おや、権田君。またここで会うとはね」

 落ち着いた低い声。清潔な身なりで真っ直ぐ背筋を伸ばした老紳士と

 「先生お久し振りです。今日も元気ですね」

 小埜より背が高く、寝癖だらけの頭をした男性が振り返った。

 「おう。俺はいつだって元気……そうだ阿久津先生!」

 いきなり体の向きを変えた権田に祥子は思わず後ずさる。


 な、何?


 そして祥子は権田が続けて言った内容に耳を疑う。


 「俺は白樺先生とじっくり話し合いたいことがあるから、神林寺に家まで送ってもらってくれ!」


 「はあ?」


 初めて会ったばかりの人に送ってもらうなんて気まずい事この上ない


 「ちょっとそれは…」

 反論しかけた祥子に別の声が被さる。

 「僕は構いませんよ。夜道を女性一人で歩くのは危ないですし。迷惑でなければお送りします」

 神林寺の方から親切にも申し出てくれた。これでは断ることもできない。


 それによく考えてみれば…


 権田先生と帰ったらご近所に騒音被害を与えるだけだわ


 「ではお言葉に甘えて、お願いします」



 嫌な顔ひとつせず祥子をアパートまで送り届けてくれた神林寺文人(ふみと)は、華里大学の准教授だ。

 上司であり、飲み仲間でもある白樺教授と“菊乃”に行き、そこに居合わせた権田と飲むことがよくあるらしい。


 年上だけど親しみやすい人だわ

 …小埜先生とは正反対ね


 「神林寺先生、ありがとうございました。気をつけて帰ってくださいね」

 「ええ、お休みなさい」

 そう言って背を向けて歩き出した神林寺を見送り、祥子はアパートのエントランスに入って階段を上がる。

 部屋のドアを開ける前に腕時計を確認する。

 「11時前、か…」


 まだ起きてるわよね

 待ってるって言ってたし


 ガチャリとドアを開けて見慣れた玄関に足を進める。

 キッチンの電気が点いていたので、そこにいるのかと思ったのだが――


 「…いないじゃない」


 トイレかしら


 取りあえず居間の明かりを点けようとスイッチを押す。

 すると祥子の目に入ったものは

 「英?」

 専用の寝床で丸くなっている。目を閉じて祥子の声にも反応しない。どうやら寝ているようだ。


 待っているうちに眠くなったのだろうか

 よく眠っているし、起こすのは止めておいた方が良いわよね


 しゃがみ込んで英をしばらく見ていた祥子はシャワーを浴びに浴室に行った。



 「ふう、さっぱりした…」

 髪を乾かし終えた祥子はソファに座ってくつろぐ。

 「…あら」

 視界の隅でローテーブルに置いた携帯のLEDが点滅しているのに気づいた。


 メール?こんな夜中に誰だろう


 開いて操作すると、差出人は菅野だった。


 7/14 0:12

 Frm菅野文月

 Subお詫び

 ――――――――――――――

 今日はすいませんでした。


 帰ってからも色々ありまして

 「もう離婚してやる!」

 と今、自室にて籠城してます。

 

 今度は騙されませんよ、私!

 ではお休みなさい!


 ――――――END―――――――


 「……多分騙されるわね、また」


 〈適当に頑張りなさい。藤ヶ谷君によろしく言っておいて〉といった旨の返信メールを送り、祥子はソファの背もたれに頭を乗せて天井を見上げた。


 あの夫婦のことだ。すぐに仲直りするだろう

 藤ヶ谷君は結局文月の要求を呑んで甘やかすのだから


 …でも文月が独りで遊びに出かけるのは絶対許さないでしょうね


 なんか、眠くなってきた……


 襲い来る睡魔に打ち勝てず、祥子はゆっくりと目を閉じた。



 あ、藤ヶ谷家から何か女性の悲鳴がしたような……。


 日本史上最恐大和撫子王子がどれだけ妻を溺愛しているのかは底知れません。

 この二人の馴れ初めを、いつか書けたらいいなと思っています。

 多分とんでもないことになりますけど。

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