星が輝く夜を願って
小話です。
それは突然だった。
「祥子、てるてる坊主ってどうやって作るの?」
金曜日の夜。居間のソファでくつろいでいた祥子に、ソファの背もたれに手をついた彼が後ろから覗き込み、そう尋ねた。
「……てるてる坊主?」
いきなり何を言っているのだろう
「え、知らないの?てるてる坊主っていうのは晴れになって欲しい時に外にぶら下げるもので――」
「知ってるわよ。作り方も知ってるけど…」
どうしてそんな物を作るのかしら
肩越しに振り返った祥子は疑問に満ちた眼差しで彼を見る。
すると彼は
「明日は七夕でしょ?でも天気予報は曇りのち雨なんだって。だからてるてる坊主作って晴れにするんだ」
無邪気な笑顔でそう言った。これほどまでに純真な心を持っている人間がまだ存在していたのかと、祥子は唖然とする。
「作り方教えてくれるかな?」
「え、ああ…別に構わないけど…」
暇だし。とつけ加えた祥子はローテーブルの上にあるテレビのリモコンに手を伸ばそうと腰を浮かしたのだが――
「ありがとう祥子!」
背後からにゅっと腕が伸び、ソファの背もたれにがっちりと押さえ込まれた。
「……」
この展開にはもう慣れた
むやみに脱出を試みても平手を繰り出さない限り彼は離れない。懲りないのか平手打ちされたいのか、どっちかだとしか思えない。
…前者だと願おう
祥子が大人しくしているのをいい事に、彼は頬ずりまでし始めた。彼の柔らかい髪が首筋をくすぐる。
中性的な顔である彼だが、引き締まった腕には男らしさを感じる。
いつまで続くの、これ…
段々恥ずかしくなってきた。
そして次に彼の口から発せられた言葉に、祥子の許容範囲がとうとう限界に来たす。
「祥子って抱き心地良いよね。俺病み付きになりそう」
前言撤回だ。慣れるわけがない
「……いい加減にしなさいっ!」
その後、口も聞いてくれなくなった祥子に彼が何度も謝り、しまいには英になって“うるうる攻撃”を繰り出したのかどうかは、当の二人しか知らない。
ベランダの物干し竿に吊り下げられている4つのてるてる坊主。
それらの顔は、喜怒哀楽。彼がマジックで描いたものだ。なかなか絵心はあるらしい。
七夕当日、祥子がベランダに出ると彼は恨めしげに夜空を眺めていた。
「てるてる坊主作ったのに…」
どんよりと分厚い雲に覆われて星は1つも見えない。さっきまで雨が降っていたのだ。
祥子は彼の隣に立って空を見上げる。
「効果がなかったみたいね。時期も時期なんだから仕方ないでしょう。もう諦めて中に入りなさい」
「嫌だ。これじゃ織姫と彦星がかわいそうだよ」
こういう園児1人はいる。必ず
「…もう日づけ越えるわよ。そろそろ寝ないと、明日は散歩に行くんじゃないの?」
「行くよ。行くけどさ…」
しゅん、と肩を落とす彼の横顔を横目で見た祥子は苦笑する。
全く…
「織姫と彦星はちゃんと会えたわ」
「え?何で?」
灰色の瞳が驚いたように祥子を見る。彼の顔を見ながら祥子は話し始めた。
「確かに雨が降ると天の川が氾濫して橋を渡れなくなるけど、その時はかささぎという鳥が翼を広げて橋を作ってくれるそうよ。七夕の雨は“催涙雨”と言って、織姫と彦星が会えた事を喜び合って流す涙を表しているの。だからさっきの雨は二人が会えたということだわ。それに曇りの方が、こうやって私達に見られずに仲良くできて嬉しいんじゃないかしら」
話し終えた祥子の目には彼の表情の変化が映った。
この展開はもしや
祥子は危機感を覚えて逃げようとしたが間に合わなかった。
一呼吸置かない間に、細くも逞しい腕の中に閉じ込められる。
またやられた…!
もはや恥ずかしいというよりも、避けきれなかったことに悔しさを覚えるほどだ。
「意外とロマンチックなんだ」
意外は余計よ!
そう叫びかけ、近所迷惑になると慌てて口を噤む。
押し黙るしかない祥子をよそに彼は真っ赤に染まった耳に口を寄せて
「もし祥子が織姫だったら、毎日天の川泳いで会いに行こうかな」
楽しそうに言った。
その自信はどこから来るのか分からないが、彼ならやりかねないだろうと祥子は悟る。
もし私が織姫で、あなたが彦星だとしたら――
天帝に頼んでドーヴァー海峡を超える天の川を築いてもらうわ
そう思う、七夕の夜だった。
ぎりぎり間に合いました。考えていて、なかなか楽しかったです。
七夕伝説は地域によって色々違うみたいですね。
ちなみに祥子が話していた七夕伝説は、乙女ゲーム好きの菅野からの情報です。




