7.癒してあげる(4)
時計の針は午後11時過ぎを指している。
後は寝るだけなのだが、祥子は居間のソファに腰掛けてぼうっとしていた。
ふと、静かな空間に自分以外の気配を感じて顔を向けると、
「英…」
トコトコと歩いて近寄ってきた英はソファの上に飛び乗り、祥子の隣に寄り添う。
最初に拾った時はただの猫だと思っていたのに
まさか人間にもなるだなんて…
でも悪いことばかりでもない気がするのは、考えが甘いのだろうか
祥子が柔らかな毛並みを撫でると灰色の瞳が心地良さそうに細められる。
しばらく撫で続けていた祥子だったが、急に動きを止める。
英を飼うということは、これからも彼と同棲しなければいけない
それが何を意味するのかを祥子は今更悟った。
非常に不味い
もしあの両親に知られでもしたら、説教だけでは済まない
祥子の脳裏に昔の記憶が蘇る。
部屋の中で独り、膝を抱えて泣いていたあの頃を。
嫌。思い出したくない――
ピクリ、と英のヒゲが震えた。
祥子を取り巻く空気が不穏なものに変わったような気がしたのだ。
「にゃあ?」
英の鳴き声に不安の念を感じ取ったのか、祥子は取り繕うように微笑む。
「ううん。何でもないわ」
何でもないの、と祥子は繰り返した。
そう、何でもない
英は猫。ペットだ
間違いなど起きるはずが無い
なのに、このモヤモヤした気持ちは一体何なのだろう
「……」
「……」
気まずい沈黙が祥子と英を取り囲む。
「……も、もう寝るわ。お休みなさい」
英の頭をぎこちなく撫で、祥子はベッドに向かった。
暗くなった部屋の中、英は自分専用の寝床に足を進める。
クッションに前足を乗せたのだが、そこから動かない。
しばらく考え込んだように硬直していた英は、やがて寝床から離れてキッチンに入っていった。
「……喉渇いた」
彼はそう呟いてグラスを手に取り、蛇口をひねる。
水の入ったグラスを傾けて一気に飲み干すと、グラスを片付けて居間に戻った。
暗闇に慣れた彼の瞳が真っ先に捉えたのは
「祥子…」
毛布に包まって眠っている自分の飼い主だ。
セミダブルのベッドの端にゆっくりと腰掛けて、祥子の寝顔を眺める。
顔にかかっている黒髪を起こさないように除けてやり、露になった頬に指で触れると濡れた感触がして息を呑んだ。
泣いてる?
どこか様子がおかしいとは気づいていたが、原因が仕事かプライベートのことなのかも分からないので聞けずにいた。
それに――
ペットとしての境界線は守らなければならない
それが、この関係を保つための掟だ
……けれど
放っておけない
涙を指で拭っていた彼は、耐え難い衝動に駆られる。
「…泣かないで」
彼は体重が掛からないように肘で自分の体を支え、祥子の頭を撫でながら目元に唇を這わせた。
溢れ出す雫を舌で舐め取ると、しょっぱさが口の中に広がる。
それを何度か繰り返すうちに涙が止まり、
「う、ん…」
ふわふわの猫っ毛がくすぐったかったのか、祥子は寝返りを打って反対側に体を向けた。
祥子の口から漏れてくる健やかな寝息に、彼は深く息をついた。
飼い主を癒すのが俺の仕事
だからこれは、特別なことなんかじゃない
特別であってはならない
君の側にいたいから
「おやすみ、祥子」
俺はペットでい続けるよ
彼でなく私が暴走しかけました。
英視点で書く時は気をつけなければいけませんね。
2、3日ほど頭を冷やしてきます。しょぼん。




