表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
洗濯女子が悪役令嬢に転生した  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/13

第7話 絶対に落ちない黒染み

地下洗濯工房に運び込まれたそれは、布というより、歴史だった。


王宮の古い礼装。

金糸が縫い込まれ、胸元には王家の紋章。

何代も前の戴冠式で用いられたという、儀礼用の正装である。


ただ――


その裾に、黒い染みがあった。


それは煤のようでもあり、墨のようでもあった。

だが近づけば、わずかに魔素のざらつきを感じる。

洗浄槽にかけても、揺らぎ一つ見せない。


「……落ちませんね」


助手が震える声で言った。


フィオレは袖をまくり、静かに頷く。


「温度を三度上げて。水質は軟水に変更。魔素循環を止めて、純水で」


命じながら、彼女は染みに指先を触れた。


――冷たい。


魔法の残滓ではない。

これは、固定されている。


「感情固定……?」


王子が低く呟く。


彼はいつの間にか地下に立っていた。

最近では、ほとんど毎日のように姿を見せる。


「怒り、あるいは恐怖。強い感情を魔素に絡め、布地に縫い止める魔法です」


フィオレは淡々と答える。


「……そんなものが、なぜ礼装に」


王子の問いに、彼女は視線を上げなかった。


「偶然ではありません」


洗浄は三度失敗した。


通常の漂白。

魔素分解。

乾燥段階での再活性化。


すべて、弾かれる。


黒は、白を拒んでいた。


上級侍従長が地下に降りてくる。


その表情は、いつもの警戒よりも硬い。


「それ以上触れるな」


「理由を」


フィオレは顔を上げる。


「その染みは……“落ちてはならぬもの”だ」


地下に沈黙が落ちる。


王子が眉をひそめる。


「落ちてはならぬ?」


侍従長はゆっくりと言葉を選ぶ。


「それは、王家の決意の証。

かつて反乱を鎮めた際、流れた血の記憶を刻んだものだ」


地下の空気が一瞬、冷える。


「……血の記憶を、布に?」


フィオレは静かに問う。


「白は神聖だ。だが、完全ではならぬ。

王は清らかであると同時に、重みを背負っている。

その黒は、重みの象徴だ」


旧秩序の論理。


白は身分。

黒は威厳。


フィオレはしばらく染みを見つめた。


そして、言った。


「それは管理されていません」


「何?」


「感情は保存されるべきではありません。

保存すれば、やがて腐ります」


侍従長の目が鋭くなる。


「王家を腐敗とでも言うのか」


「いいえ」


フィオレは首を振る。


「布は布です。

記憶は人が持つべきです」


王子が息を飲む。


彼女は染みに触れたまま続けた。


「落ちない汚れは、格式ではありません。

ただの固定です」


地下にいた使用人たちが、息を詰める。


王宮には長く、

“落ちないものこそ尊い”という思想があった。


永遠の誓い。

変わらぬ血統。

揺るがぬ権威。


それを、彼女は否定している。


王子がゆっくりと口を開く。


「……落とせるのか」


フィオレは一瞬、考えた。


「落とせます」


断言。


「ただし――」


彼女は染みから手を離す。


「これは洗濯ではありません」


「では何だ」


「解放です」


侍従長の顔色が変わる。


「触れるなと言ったはずだ!」


フィオレは穏やかに答える。


「触れます。

なぜなら、これは恐れで固定された黒だから」


老使用人が小さく呟く。


「……また、怖い白になるのか」


フィオレは振り向く。


「いいえ」


彼女の声は、柔らかい。


「怖くない白に戻します」


王子はその言葉を聞き、目を閉じた。


この黒染みは偶然ではない。


誰かが意図的に、

“落ちない象徴”を作った。


白を神聖に保つためではない。

白を支配するために。


地下洗濯工房に、新たな目標が生まれる。


白を洗うことではない。


落ちないと信じられてきたものを、

落とすこと。


王子が静かに言う。


「……もし落ちたら」


フィオレは微笑む。


「ならば、王家は“清潔を保てる”ということになります」


威厳は血統ではなく、管理可能。


その瞬間、

地下の白は、思想へと変わった。


そして物語は、

静かに加速する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ