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洗濯女子が悪役令嬢に転生した  作者: 南蛇井


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第6話 白は奪わない

 抗議は、地下ではなく地上で起きた。


 王宮正門前。


 石畳に並ぶのは、白い布を腕に巻いた人々。


 平民洗濯ギルド。


 王都の水場を支え、代々“白”を扱ってきた職人たちだ。


「王宮が自前で洗濯を始めたと聞いた!」


「我らの仕事を奪う気か!」


 声は荒いが、怒りの奥にあるのは恐れだった。


 私は正門前に立つ。


 王太子殿下は半歩後ろ。


 上級侍従長は露骨に眉をひそめている。


「地下工房を閉じよ!」


 年配の男が前に出る。

 厚い手、荒れた指先。


「貴族が合理化すれば、我らは職を失う」


 それは単純な理屈だ。


 王宮が効率化すれば、外注は減る。


 生活が揺らぐ。


 私は彼の手を見る。


 洗剤でひび割れた皮膚。


 この国の白を、実際に支えてきた手。


「あなた方は、王都の白を守ってきたのですね」


「……当たり前だ」


「ならば、なぜ私を敵と決めるのですか」


 男は言葉を詰まらせる。


「貴族が技術を囲えば、我らは終わる」


 囲う。


 独占。


 それが彼らの恐怖。


 私は、はっきりと言う。


「技術は奪うものではありません」


 ざわ、と空気が揺れる。


「共有するものです」


 沈黙。


「共有、だと?」


「理論があれば、再現できます。再現できれば、属人的ではなくなる。属人的でなければ、継承できる」


 私は一歩、前に出る。


「あなた方の経験は、理論になります。理論は、次の世代を助けます」


「貴族の理屈だ!」


 若い職人が叫ぶ。


「綺麗事を言って、結局は我らを締め出す!」


 私は首を振る。


「締め出すのではありません。底上げします」


「何を――」


「王宮の白が安定すれば、王都の白の基準が上がる」


 私は石畳の上に布を広げる。


 地下工房で洗った制服の一部。


 自然な白。


「基準が上がれば、民もそれを求めます」


「……」


「あなた方の技術が必要になる」


 年配の男が、布を手に取る。


 指で触れ、引き、光にかざす。


「……傷んでいない」


「急がないからです」


 私は続ける。


「あなた方の知恵を教えてください。水場の癖、季節の変化、石鹸の調合」


「それを、どうする」


「理論化します」


 ざわめき。


「そして共有します。王宮にも、王都にも」


 上級侍従長が低く呟く。


「王宮の技術を外に出す気か」


「白は囲って守るものではありません」


 私は答える。


「管理して守るものです」


 



 


 年配の男が、ゆっくりと息を吐く。


「……なぜそこまで言う」


「白は恐れであってはいけないからです」


 私は老使用人の言葉を思い出す。


 “初めて、白が怖くない”


「あなた方が誇れる白であってほしい」


 沈黙。


 怒りの熱が、少しだけ下がる。


「……本当に、共有するのだな」


「約束します」


 私は真っ直ぐに答える。


「王宮の地下は、閉じた場所ではありません」


 



 


 人々はすぐには笑わない。


 だが、完全な敵意も消えている。


 年配の男が、最後に言った。


「ならば一度、我らの洗い場を見に来い」


「ぜひ」


 


 群衆が散っていく。


 石畳に残るのは、白い布切れ一枚。


 



 


 殿下が、静かに口を開く。


「……随分と大きなことを言ったな」


「事実です」


「敵に回してもおかしくなかった」


「敵ではありません」


 私は空を見上げる。


「同じ白を扱う仲間です」


 殿下は私を見つめる。


 そこにあるのは、単なる興味ではない。


 評価。


 理解。


「お前は」


 少しだけ間を置いて。


「変人ではないな」


 私は微笑む。


「洗濯好きなだけです」


「違う」


 殿下は首を振る。


「思想を持っている」


 


 その言葉が、静かに落ちる。


 地下で始まった白は、今や社会に触れた。


 白は、身分ではない。


 白は、管理。


 そして――共有。


 この日、フィオレはただの奇行の令嬢ではなくなった。


 白を再定義する者として、初めて社会と向き合ったのだった。

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