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洗濯女子が悪役令嬢に転生した  作者: 南蛇井


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第2話:地下室という戦場

断罪騒動の翌日、王宮は妙に静かだった。


 誰もが、私をどう扱うべきか測りかねている。


 悪役令嬢フィオレ・アルヴェリーナ。

 本来ならば追放されているはずの女は、なぜかまだ王宮にいる。


 理由は単純。


「監視だ」


 王太子殿下はそう言った。


「貴女の奇行が再び問題を起こさぬよう、目の届くところに置く」


 名目は監視。

 実態は――好奇心。


 私はそれを、ちゃんと分かっていた。


 だからこそ、申し出た。


「殿下。お願いがございます」


「……まだ何かあるのか」


「王宮地下の一室をお借りできませんか?」


 広間の空気が、ぴたりと止まる。


 貴族たちの顔に浮かぶのは、純粋な困惑。


 地下。


 そこは貴族が足を踏み入れない場所。

 使用人の動線。物資の保管庫。湿気と埃と労働の匂い。


 白い手袋のままでは、触れない領域。


「地下だと?」


「はい。できれば、水場に近い場所を」


 侍従長が露骨に顔をしかめた。


「地下は王家の象徴にふさわしい空間ではない」


「承知しております」


 私は微笑む。


「だからこそ、です」


 王太子殿下が腕を組む。


「何をするつもりだ」


「白を保ちます」


 真顔で言い切ると、殿下は小さく息を吐いた。


「……面白い」


 その目が、わずかに光る。


「白を保つ? ならばやってみせよ」


 半ば試験。半ば挑発。


「古い倉庫がある。湿気が多く、魔素も淀んでいる。誰も好んで使わぬ場所だ」


「十分です」


 私は即答した。


「戦場としては、申し分ありません」


 殿下の眉がわずかに動く。


「戦場?」


「ええ。汚れとの戦いですから」


 



 


 地下は、冷たかった。


 石壁は水を吸い、床はわずかにぬめる。

 空気は重く、魔素の流れが滞っている。


 白とは対極の場所。


 だが私は、胸の奥が高鳴るのを感じていた。


「ここで、本当にやるつもりか」


 殿下が後ろから言う。


「白は、光のある場所で生まれるのではありません」


 私は壁に触れながら答える。


「暗い場所で守られるのです」


 地下は、基盤。


 誰も見ない。

 けれど、すべてを支えている。


 


◆ 工房設立 ◆


 まず、水。


 井戸から汲み上げた水を魔素測定石で確認する。


「硬度が高いですね。繊維を傷めます」


「……水にまで差があるのか」


「白は水で決まります」


 次に排水経路。


 古い溝を洗い直し、流れを整える。

 淀みは再汚染の原因だ。


 温度管理。


 簡易的な断熱布を張り、空気の流れを制御する。


 そして――乾燥用魔法陣。


 派手な紋様ではない。

 石床に刻む、最小限の線。


「それだけか?」


 殿下が訝しむ。


「魔法は見せるものではないのか?」


 私は振り返る。


「いいえ。効率を上げるための道具です」


 魔法は演出ではない。


 設備だ。


 再現できてこそ、意味がある。


 殿下は、初めて言葉を失ったようだった。


 



 


「では、試験を」


 私は手を差し出す。


「何をだ」


「殿下の手袋を」


「……なぜ私のだ」


「一番、効果が分かりやすいからです」


 白い革手袋。

 指先に、わずかな黄ばみ。


 殿下は一瞬迷い、やがて外して差し出した。


「失敗すれば――」


「失敗しません」


 即答。


 


◆ 洗浄工程 ◆


 ぬるま湯で前処理。

 油脂を浮かせる。


 低出力魔素で分解。

 繊維を傷めないよう、時間をかける。


 乾燥はゆっくり。

 熱ではなく、風で。


 派手さはない。


 だが、工程は理論通り。


 


◆ 翌朝 ◆


 地下室に差し込むわずかな光。


 私は静かに手袋を差し出す。


「ご確認ください」


 殿下が受け取る。


 指先を見つめる。


 沈黙。


 黄ばみは消えていた。


 魔法的な輝きはない。


 だが、自然な白。


 落ち着いた、持続する色。


 殿下は手袋を裏返し、縫い目を確かめる。


「……繊維が弱っていない」


「一晩で消える白ではありません」


 私は言う。


「保たれる白です」


 殿下の目が、初めて変わる。


 挑発を見る目ではない。


 評価する目でもない。


 ――考える目だ。


「……再現できるのか」


「はい」


「誰がやっても?」


「理論を守れば」


 長い沈黙。


 やがて殿下は、小さく笑った。


「面白い」


 それは昨日の“面白い”とは違う。


 試す笑みではない。


 知りたい、という色。


 対抗心は、まだ消えていない。


 だがそこに、確かに混ざった。


 興味。


 地下室の冷たい空気の中で。


 白は、静かに根を張り始めていた。

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