表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
洗濯女子が悪役令嬢に転生した  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/17

第15話 生乾きの距離

地下工房は、静まり返っていた。


いつもなら、午後には必ず足音が響く。

石階段をゆっくり降りてくる、ためらいを含んだ靴音。

それが今日はない。


机の上には、王家の紋章が押された封書だけが置かれている。


王宮洗濯事業への支援は、公式枠組みにて継続する。

ただし、非公式接触は当面控えること。


形式は整っている。

言葉も丁寧だ。


だが、そこに“湿り気”はなかった。


リリアが、そっと息を吐く。


「……乾ききらない感じですね」


布の端を指先でつまみながら、そう呟く。


フィオレは頷いた。


「ええ。生乾きです」


完全に断ち切られたわけではない。

だが、触れれば冷たい。

そんな距離。


数日後。


王宮回廊。

白い石壁に午後の光が差し込む。


偶然――いや、必然のように。


王子と、鉢合わせた。


一瞬、時間が止まる。


「……フィオレ」


声は低く、整えられている。


「殿下」


礼は完璧。

距離も完璧。


沈黙が落ちる。


王子が先に口を開いた。


「私は王家だ」


その言葉は、鎧のようだった。


「私情で動くわけにはいかない」


フィオレはまっすぐに見返す。


「私は技術者です」


「白を維持する。それだけです」


感情が、揺れる。


怒りでもない。

悲しみでもない。


湿度の高い空気だけが、二人の間に滞る。


王子は何か言いかけて、やめた。


「……気をつけろ」


それだけ残し、歩き去る。


足音が遠ざかる。


回廊には、重たい空気だけが残った。


地下工房。


フィオレは決断する。


「逆位相魔素の小規模再現を行います」


リリアが息をのむ。


「安全圏で、ですよね?」


「ええ。感情波形だけを抽出します」


水槽に北部水路の試料を投入。

制御陣を起動。


通常の白化処理とは逆の振動が、微細に広がる。


波形が整列する。


……整いすぎる。


作業員の一人が、ぽつりと呟く。


「……何も、感じません」


怒りも。

期待も。

焦燥も。


すべてが、均されていく。


リリアが顔色を変えた。


「これは……乾燥じゃない」


フィオレが静かに言う。


「凍結です」


乾燥は、水分を抜く。


だがこれは違う。


感情の振幅そのものを固定し、動かさない。


完全に整列した波形。


白でも、黒でもない。


“無色”。


実験を止める。


空気が戻る。

息が戻る。


フィオレは手を握りしめる。


完全統制。


揃えすぎた白。


それは理想なのか。


夜。


王宮庭園の縁で、再び王子とすれ違う。


立ち止まりもせず、彼は言った。


「完全に白い国は、理想か?」


問いは、低く。


風のように。


フィオレは答えなかった。


白は、維持するもの。


だが。


すべてを均してしまった先にあるものが、本当に“白”なのか。


答えはまだ、乾いていない。


生乾きのまま。


二人の距離のように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ