第10話 偽白事件
王都の市場は、いつになく賑わっていた。
「これを一振りで、たちまち純白!」
威勢のいい声が響く。
露店の中央で、商人が小瓶を掲げていた。
中にはきらめく粉末。
“魔法白粉”。
布に振りかけるだけで、
一時的に白く見せるという。
「夜会でも評判でしたよ!
王宮も使っているとか!」
その言葉に、群衆がざわめく。
白は、流行になっていた。
王妃の輝く白。
フィオレの残る白。
王都は今、“白”に敏感だ。
だからこそ――
近道は、売れる。
地下洗濯工房に、その粉が持ち込まれたのは三日後だった。
「使用人の制服が……」
リリアが布を広げる。
確かに白い。
だが、指でなぞると、ざらつく。
フィオレは静かに水を垂らす。
粉は溶け、下からくすんだ色が現れる。
「……隠蔽剤です」
王子が眉をひそめる。
「魔法ではないのか」
「魔法です。ですが分解ではない。
反射を強めるだけの薄膜処理」
白く“見せる”ための膜。
湿度が上がれば剥がれ、
布地はさらに傷む。
リリアが小さく言う。
「隠すと、定着する」
その通りだった。
白粉を繰り返し使えば、
繊維は詰まり、黒ずみは深く沈む。
短期の白。
長期の劣化。
フィオレは市場へ向かった。
王子も同行する。
露店の商人は、王族の姿に青ざめた。
「こ、これは合法です!
皆が求めて――」
フィオレは布を一枚取り出す。
「今から、朝まで放置します」
群衆が見守る。
夜が更け、湿度が上がる。
翌朝。
布はまだらに剥がれ、
灰色の斑点が浮かんでいた。
ざわめきが広がる。
「……騙されたのか?」
「昨夜はあんなに白かったのに」
フィオレは静かに言う。
「これは偽白です」
市場が凍る。
「白は装うものではありません」
彼女は布を掲げる。
「維持するものです」
王子が一歩前に出る。
「王宮は、分解処理と管理法を公開する」
群衆が息を呑む。
「技術は隠さない。
維持する方法を学ぶ者には、門を開く」
リリアがほっと息をつく。
商人は肩を落とした。
「……売れると思っただけで」
フィオレは彼を責めない。
「白を求めたのは、あなたではありません」
彼女は市場を見渡す。
王都が、白に焦がれている。
威厳の白。
残る白。
そして今、偽白。
王都は初めて理解する。
一晩だけの完璧は、
朝には崩れる。
維持できる白だけが、
信頼になる。
王妃の耳にも、この事件は届いた。
彼女は静かに呟く。
「……装う白は、弱いのですね」
侍女は答えない。
王妃の視線は、遠く王宮の地下へ向いていた。
地下で始まった思想は、
いまや市場にまで広がっている。
白とは何か。
それは見せるものではない。
維持するもの。
そして――
隠さないもの。
王都は、ようやく気づき始めていた。




