第8話★ 力を使う者、知る者
「アルウゥス、マジモス――いくぞ!」
トリニティの声に応え、セーラー服のアルウゥスが体内から激しいピンクに光り輝く。
巨大バエのマジモスも呼応し、トリニティの武器へと変身する!
鶏足と鶏冠、肉垂をあしらったマスクをマジモスが丸ごと呑み込む。
すると、よりグロテスクな紅玉の瞳・鋭い触角・鬣のごとき剛毛をかたどる。
今日は私服の全身には肉片が張りつき、専用の衣裳のごとくなる。
肩と腰には真っ赤な「手足の意匠」が絡みつく。
腹部のカサブタから蠢く触手が私服を飛び出し、円環の模様を形作った。
その装いはまさに戦闘特化の触手スーツだ。
変身したトリニティが手を突き出したところに、上空からアルウゥスの武装が落下する。
槍か薙刀とでも言わんばかりにそれを取って構えるが、見た目は椎骨がずらっと並んだ脊柱そのもの(骨盤付き)。
まさに現在もアルウゥスの体を支えている内骨格と、同じ構造物だ。
「おらあッ――!」
トリニティは手の脊柱を振り回し、ミセ・ヤリへと挑みかかる。
骨盤の角で、そのナマイキなウマ面をぶっ叩いてやる!
害意をあらかじめ察知していたのか、攻撃に対してミセ・ヤリはひらりと軽やかにかわして、公園出入口から隅の砂場まで飛び退いた。
「これだから野蛮人は……オレサマは『人間とやり合うつもりはない』と言ったぞ?」
「そうか。そのあと俺は『いくぞ』と言ったぞ?」
ミセ・ヤリの逃げた先を追って、トリニティが駆け出す。
「やれやれ、オレサマより獣らしい人間だ。そんなに遊びたいなら……相手をしてやるッ!」
ついにミセ・ヤリは見識ぶった態度から一転、闘争本能をむき出しにする。
筋肉が発達した巨体をわななかせる。
迫るトリニティ!
ミセ・ヤリの頭へ、思いきり脊柱と骨盤を振り下ろす。
一方、己が馬体のみというミセ・ヤリは凶器を寸前まで引き寄せ、避ける。
反撃のためだ。
トリニティの脇腹へ、ミセ・ヤリは後ろ蹴りをみまう。
「大振りすぎンだよッ!」
反射神経の鬼!
挑発する余裕すら見せながら、体をひねり反撃を空振りさせたトリニティ。
しかし、彼の高い身体能力による動きも、ミセ・ヤリは見通していた。
ミセ・ヤリは体をピンクに発光させる。
ミセ・ヤリが後ろ蹴りを放つとともに、足元の砂場から多量の砂が舞い上がる。
子どもが遊びに使う砂は、しゃくしゃくと音が鳴るもので粒はやや大きい。
その砂の1粒は、内側から光が浮かび、トリニティが肉迫したそのとき――野球ボール大となって襲いかかった。
トリニティはまばたきをしていなかった。
つまり、人間が知覚できない速度で、砂の1粒は脅威を帯びたのだ。
飛来物がトリニティの胸に命中する!
勢いと激痛に、トリニティは手から武器を落としてしまった。
「痛てぇ、くそッ……」
「気をつけてトリニティ! 彼は、『触ったもののサイズを変える力』をもってるよ!」
「見りゃわかる! けど、まさか反応できないほど速えとは……」
負傷したトリニティが弱々しく言う。
先ほど、女児がミセ・ヤリによって巨人化される光景を見ていれば、能力の実効果を推測する余地もあったのだが……。
トリニティたちが現場に着いたころにはもう、巨女児という成果物しかなかった。
空を見上げる。
片足で地上10階ものビルを蹴散らせるような、あの大きさを実現するのに、1分も要していないことをトリニティは知らない。
同時に、ミセ・ヤリの攻撃手段に対して、巨女児はある種「大きな的」となっていた。
トリニティが無策な戦いをすれば、彼女の身をさらなる危険にさらしてしまう。
「何とか、巨女児が巻き込まれない方法を考えないと……」
「おや。もしや、知らない? オレサマは触れずとも、力の影響を加えられるのさ」
ダメージを受けたトリニティへ、ミセ・ヤリは追い打ちをかける。
「どういう意味だ……」
「アルウゥスとやら! こいつに教えていないのか? マジカルパウアーには、『通り道』ってものがある。力を使った者と、対象のものが一度でも交われば、たとえ離れていようと結びつけ、接触なしに力の影響下とするものだ」
ミセ・ヤリの体が再び鼓動のごとく発光する。
ズンッ!
と、後方から地響きが立ち、トリニティは音のした方角を振り返る。
音は、巨女児がさらなる巨大化をしたことで起こっていた……!
あどけない顔が雲をも穿ち、空気遠近法に基づいてやや青みがかっている。
女児は困惑のあまり、雷鳴のごとく泣き出してしまった。
「――あ、アルウゥス、ホントなのか?」
トリニティは、ミセ・ヤリの語ったマジカルパウアーの「通り道」について、アルウゥスに問いかける。
目の前で、証明がなされたばかりにもかかわらず。
信じたくなかった。
もし本当なら、あの子どもは……。
問いに、アルウゥスは真っ赤な前髪を垂れさせ、黙ったまま首肯を返した。
「理解できただろう? 触れた時点で、姫はオレサマの思いのままなのさ。キサマが動くよりも先に、姫を豆粒にして食ってやることだってできる」
「やめろッッ!」
「交換条件だ。手を引け、人間。それだけでいいぞ。姫も元に戻してやる」
ミセ・ヤリは事態の元凶ながら、善良さを装ってトリニティに提案する。
とうてい受け入れられるものではない。
では、トリニティに代案やミセ・ヤリの横暴に打ち勝つ策があるのか?
……何もない。
彼は足りない頭で考えているが、何もアイディアが浮かばないのだ。
正義感だけでは勝てないとわかっている。
だが、ミセ・ヤリが約束を守る保証もない。
ここで逃がして一時の収束を得ても、また同じことが起こるのは火を見るよりも明らかだった。
(どうする……俺ッ!?)




