第6話 宇宙人のざれごと
「すべてのキッカケは、『ある物質』を使った研究だったの」
アルウゥスは一呼吸を置いて、重々しく語り始める。
「ある物質は、ボクの惑星の人類が生まれながらにもっていたもので。精子の頭・尖体から発見されたのと、功労者のオルキス博士に因んでオルキス・ポテンティア――こっちの言葉で言うと『睾丸力』と名づけられた」
「こうがッ……メシ食ってる人間に切り出す話か、それ?」
トリニティはチキンにかぶりつく手を止め、アルウゥスをじっとり睨みつける。
トリニティの鶏マスクは下半分が外され、地肌の色と油でぬめった唇がのぞいている。
「飛ばす?」
「……続けろ、はぐっ」
「その、睾丸力には、体の中で存在する場所によって働きが変わる、性質転換性が認められた。精子尖体内だとただのタンパク質だけど、精液中にもれ出した途端精子そのものを分解してしまう酵素に……そして脳内では、神経細胞のような性質を示したの」
「神経細胞? はあ、小難しいな。それが今回のことにどう関係してるって?」
「それこそがすべてのキッカケ……脳内で神経細胞のようにふるまう睾丸力は、ある変わった伝達物質を合成することがわかったの。この伝達物質が体内で使われると――」
そのときアルウゥスは実演とばかりに、また真っ赤な体をピンク色に発光させた。
体内からあふれる光を皮膚が透かし、トリニティのはじめて見たものより穏やかな色合いに映る。
それから既知の通り、アルウゥスの指が示した宙空へ、アルウゥス色の肉片が出現する。
「ボクたちは人間の常識外にある力を使うことができる、ってわけ!」
「なるほど。わかったようなわからんような……まあ、聞く分にはビッグバンの話と大差ない。そういうもんだってことで」
「この力は『マジカルパウアー』って言うんだ」
「……それはホントにお前らの惑星の言葉だよな? そのへんにいる洒落好きなオッサンにつけてもらったわけじゃないよな?」
「もちろん! マジカルは超常って意味で、パウアーは力……あ、ポテンティアの力とはちょっと意味合いが違ってて!」
「いいから。好きにしてくれ……」
概念の名称など誰かの気まぐれ。そう結論付け、呆れたトリニティは思考を切り替える。
「とりあえず話はつながった。アルウゥスやさっきのウシは、脳に睾丸力をうんたらって件で、あるいはマジカルパウアーの件でモルモットにされて、泣く泣く母星から逃げてきたと」
「ボクとウシが……モルモット?」
「ただ、俺が知りたいのはその先だ。裏切ったのはどんな連中だ? なぜ裏切った? それが地球を守るってことと、関係してんのか?」
トリニティがどすの利いた声で、頭にある疑問をわがままにまとめてアルウゥスへとぶつける。
実際彼の関心事は、アルウゥスや大学に現れた巨大生物たちが、虚幌須市を守るヒーローとしての自身にとって「敵」か、否か、それだけだった。
ところが今までアルウゥスが話した内容では、その境遇を理解できたとしても、トリニティの「敵」たりえる存在かどうか断定することはできないはずだ。
……にもかかわらず。
裏切った、などと言うからにはトリニティがアルウゥスを「敵」と認識していないことは、明白だろう。
おかしな話だ。
「ボクが訊くのも変なんだけど……本当にいいの? そのマジモスの記憶っていうノだけで、ボクのこと、信じちゃっても」
当人も、おかしいと感じたらしい返事を、トリニティへと投げかける。
トリニティはチキンを食む口を止める。それからまっすぐに、愚かしいほど純朴という表情で答える。
「まあ、今はそれしか頼りになるもんがねえし。後でもし今日のことが間違いだったってわかっても、俺が決めたことだ。それにお前はちゃんと『信じて』って、俺に言っただろ? じゃあまずは信じてやらないと……何も始まらねえし」
「……フフ、そっか。トリニティは、そういう人なんだッ」
アルウゥスはつい1時間ほど前、自身が瀕死のトリニティを助けた際の出来事をほんのり思い出す。
小さく、愉快そうにアルウゥスが微笑んでいる。赤い頬にまた紅が差す。
トリニティの言葉は要領を得ないものだが、当事者と、第三者にすら「アルウゥスに味方する」という意志をハッキリ伝えるには充分だった。
――そしてそれが今、彼らにとって最も重要な意志だった。
「ありがとう……」
感謝の意を口にしたアルウゥスは、バスケットからフライドチキンを手に取り、身をほぐしながら、慎重に語りはじめる。
「ボクたちは仲間のつくった『舟』に乗ってやって来た。それを破壊して、1年前……地球に逃げ出したのは、あらゆる生き物と交配できる力――『万能生殖能』をもつカエルの『マ・ラ』だよ」
「はいはい、今度はマ・ラね。マ?」
「えへ……偶然なんだよ? 地球人の雄性生殖器――ペ○ス――おち○ぽと同じ名前だなんて」
「卑猥に言い換えるな! くそっ、やっと用語として理解してきたところなのに」
苦言を呈する、トリニティは「敵」の親玉マ・ラの名前が気に入らないようすだ。
「1年前、ってことはもしかして厘月町のあの光は……」
「マ・ラはそのマジカルパウアーで、あるはずのないおちッ……外生殖器をつくり、異種交配することで生まれた仔の遺伝子総体を改変するッ! そして仔もまたマジカルパウアーを使えるようになるんだ!」
「生まれた仔も、ヘンな力を使えるように……」
「そう。人は、彼らをマ・ラの力の後継者――『後継生物』と呼んだ!」
「少なくとも地球人は呼ばねえし初耳だ! あー…………要するに? アルウゥスもあのウシも、後継生物とやらで、マ・ラはそれを地球でも殖やそうと……めちゃくちゃヤベえじゃねえかあッ!」
ついにトリニティが事態の核心へといたる。
「うん。マ・ラは地球の生き物と仔をなして、すッごく大きな遺伝子撹乱を引き起こしている。このまま何もしなかったら――」
「それ以上言わなくていい! わかってる」
トリニティは声を荒らげて、アルウゥスの言葉をさえぎる。
遺伝子撹乱。それは一般に、ある近縁の在来生物と外来生物との交配によって遺伝子の地域的特性が損なわれること。俗に言う「交雑」だ。
ところが「万能生殖能』」を有するマ・ラにおいては、影響が上記の交雑だけに限らない。
マジカルパウアーという超常の力の拡散をも引き起こし、単なる自然環境破壊にとどまらない「不可逆的破壊」をまねく可能性すら考えられる。
トリニティの言う通り、地球は今めちゃくちゃヤベえ状況なのだ!
これまで彼らの難解でスピリチュアルで感情的な猥談に聞かないふりをしていた店内客たちも、少しの動揺を見せ始めている。
「それがボクの使命なんだよ。一刻も早くマ・ラを、他の後継生物たちを捕まえなきゃ」
真剣な表情で、口と手を油まみれにしたアルウゥスがつぶやく。声は情熱にあふれている。
反対に、マスクで顔を隠したトリニティは憂鬱な心情を吐き出した。
「けどな……俺1人で地球の面倒をみるのは、無理だ。俺は、たかがご当地ヒーローなんだぞ? 現実的じゃない」
「今はそうかもしれない。でも、トリニティは絶対、地球を守るヒーローになれるッ! それだけの力がある。足りなければ、ボクが貸すよ!」
アルウゥスの励ましには説得力があった。
トリニティは反論の余地なく、納得させられる。
「……あらためて。トリニティ、ボクと一緒に戦ってくれませんか」
アルウゥスは紙ナプキンで油まみれの手を拭い、トリニティに向かって差し出す。
トリニティの、「味方する」と誓った手が、震えた。
目の前にいる年端もいかない少女は本気で、自身を地球規模のヒーローにしようとしている。
自身が演じてきたフィクションでもキャラクターでもない。
地球生物の守護者に。
(――ひるむな! 今はアルウゥスの力を借りる方が確実なんだ。この力で俺は……)
沈黙の中、トリニティはアルウゥスの手を取った。
しばらくしてから口を開いた。
「地球も大事だ。けど、俺はあくまで虚幌須市のヒーローとして戦う……それでいいな?」
「うん! これから一緒だよ、トリニティ!」
トリニティの手を握り返すアルウゥスは、心底うれしそうな笑顔を浮かべた。




