第3話 ヒーローとなる男
「……ホネ! インセキのホネ、どこだラ!」
怪物ミノタウルスによく似た、牡ウシの頭をもったナゾ多き存在。
情けなく地に手をつくトリニティへと、鼻息荒い脅迫の相を浮かべて詰め寄る!
だが、トリニティはいまだ牡ウシ頭のねらいを理解するに至っていない。
重々しく口を噤み、邪悪な存在とにらみ合うしか手だてがなかった。
そのとき、貝釣大学祭ステージの司会の男が、大きな声を張り上げた!
「インセキのホネ……まさか! われら貝釣大学が誇る発掘チームによって厘月町下羽羅で15年前発見され、隕石に付着したウイルス由来の遺伝子をもつことが判明したという世界に二つとないあの『化石骨』のことかッ! ちなみに今はグラウンドから徒歩1分の隕石資料館で厳重に保管されている、くそッ、こんな得体の知れないバケモノに絶対渡すわけにはいかないッ!」
「ありがとラ」
……それは、命乞いのつもりだろう、牡ウシ頭への支援に過ぎなかった。
早口で全部話してくれた司会の男に礼をのべ、のっそのっそと牡ウシ頭は巨体を揺らして隕石資料館へと向かう。
「ああ、ヤツが行ってしまうぞトリニティ!」
「お前が教えたせいだろッ!」
トリニティは思わず司会の男にツッコミを入れる。
「ですが、このままでは貴重な化石骨がヤツの手に……助けてぇ、トリニティいぃぃ!」
司会の男は肺いっぱいの空気とともに、やぶれかぶれに叫ぶ。
彼のようすを前に、トリニティは何も言えなくなる。
しかし、そのときステージの外で大きな渦が起こった!
トリニティへの声援の渦だ。
司会の男の被害者仕草が図らずも観客の好奇心に火をつけた。
観客はここぞとばかりにトリニティの名を呼び、早く行けよと煽り立てる。
「トリニティい!」「トリニティい!」
「あー、もう分かった! それから早く避難しろよッ!」
トリニティはそう告げて立ち上る。
ステージからの去り際、司会の男によろしくと合図し、巨大生物を追跡する。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『ヒーローと名乗るのは1人から、ヒーローとなるのは1人以外から』
この言葉を信条に、男は『商店戦士トリニティ』になった日以降、商店街の人々ひいては虚幌須市民にヒーローとして認められるための努力を続けてきた。
けれども……巨大生物との戦闘など、ご当地ヒーロー活動の範囲外に決まっている!
トリニティは、隕石資料館へのたった1分という道程で、すでに汗みどろになってしまった。
あの牡ウシの頭をしたバケモノを、自分にどうにかできるのか?
不安でならなかった。
トリニティが走って急行するが、隕石資料館に牡ウシ頭の姿はない。
少し遠くへ目を遣る。
牡ウシ頭は余裕綽々とした歩きで近づいてくる。
追い抜いてきてしまったらしい。
ヤツの、無敵という振る舞いに腹が立つ。
建物の中と周囲はまだ人払いが済んでいなかった。
見物人は何事かとトリニティを囲った。
「ここから逃げろ! 早くッ!」
見物人はトリニティのひっしな言葉を受けても、意に介さない。
ついに、牡ウシ頭はその恐ろしい腕がトリニティたちに触れうる場所までやってくる。
「そこで止まれッ!」
トリニティは声で牽制する。
なおも接近する牡ウシ頭。
トリニティは戦闘態勢で逃げない。
牡ウシ頭が、眼前の光景をあざ笑う。
「通せんぼかラ?」
「そうだ、止まらねえと痛い目みせるぞ!」
「ブホオ! 人間、オモシロいラ」
牡ウシの頭が噴き出す。
次の瞬間、巨大な凶手がトリニティに振りかかり――彼の体を吹き飛ばした。
鼻先の煩わしい羽虫を払うように。
トリニティは大学敷地を囲う外壁にぶち当たり、地面へと倒れる。
外壁のレンガも崩れ落ちる。
うつ伏せになったからだを天空に見せると、その腹部は腹直筋の下まで抉り取られ、臓物がのぞいていた。
意識もうろうとするトリニティは浅い呼吸を繰り返した。
「コ・キユ、ホネ、もらうぞ」
牡ウシ頭が、死に瀕したトリニティへ情けをかけて宣言する。
反射的にぱくぱくとトリニティは口を動かすも、出てくるものは血ヘドばかりだ。
見物人の1人が110番だろう番号に電話をかける最中、誰もが、トリニティは助からないと救護のそぶりすら取らなかった。
平屋建ての隕石資料館。
牡ウシ頭の2メートル超の巨躯には、入場拒否を突きつける。
だが、牡ウシ頭は止まらない。
ギュッとなり無理やり体を出入口へと押し込み、中に入ってしまった。
何もできないトリニティたちが呆然とする中、なぜだろう――資料館が突如爆発した。
ドカンッッ! 内側から弾け飛んだ。
空気を入れ過ぎた風船のように。
爆心地を見ると、爆ぜた建物はすっかり解体され、牡ウシ頭は無傷にもかかわらずポカンと口を開けて棒立ちしているのだ。
「――そこまでだよ、コ・キユ!」
声が降る。一同が視線を遣る。
遠目にもわかる小柄で、身長1.5mもない子どもが1人、貝釣大学の外壁の上に立っている。
燃える炎の髪に、真っ赤な肌。
大きいオレンジのような髪飾りが2つ、陽光をまばゆく反射する。
セーラー服を着ているが、一目で普通の人間でないことは分かった。尻もデカすぎる。
「女の子か?」
「オマエ、たしか……」
見物人、さらに巨大な牡ウシ頭のバケモノも、少女の異様さについて疑問の声を上げる。
「人間に迷惑をかけることは、重罪だよ! 帰ったらきっついお仕置きするからね!」
巨大生物の強行を、迫力のない口調で叱り付ける少女。
「やっちゃえ、マジモス!」
その口が次に叫ぶと、彼女の横でいつの間にか飛行していた巨大バエ(のような肉色の生き物)が、激しいピンクに輝き始めた!
これを合図に、先ほど爆ぜた建物跡からこまかな何かが無数に飛び出し、巨大バエにまとわりつく。
何かとは、肉片のようだ。
肉はすべて少女と同じ色をしていた。
「さっきから何なんだよお!」
騒ぎ立てる見物人をよそに、肉片を身にまとった巨大バエはそれを非常にマッチョな人間形態へと変貌させ、牡ウシ頭に掴みかかった。
しかし相手はミノタウルスに似た巨大生物だ、それだけで行動を制することは難しい。
2者は相四つのような姿勢となり、拮抗する力で組み合う。
「おい、トリニティしっかりしろ! いま救急車が向かってるから!」
一方、真っ赤な肌の少女は、見物人の切羽詰まった呼びかけに気付く。
少女が顔を向けたころには、トリニティの周りに血溜まりができ、マスクをかぶった彼の生死を一目で判断することは困難となっていた。
少女は真っ赤だった顔を紫色にし、トリニティへ駆け寄る。
踏み入った足元の血溜まりも気に留めない。
彼のからだを、セーラー服の白が鮮血に染まることもいとわず抱き上げる。
「……よかった、まだ息があるっ」
「な、んだ、お前?」
トリニティはかすれ声でつぶやく。
少女は答えず、首を横に振った。
「えっと、『商店戦士トリニティ』でしょ? 町に来るといつもポスターで見かけるよ。本物は初めて見たなぁ! ボクたちの戦いに巻き込んで、ごめんね。こんなッ」
「ああ、ありがと……けどな、トリニティはここで、終わりなんだ……」
腕の中の呼吸が薄れていく感覚に、少女は表情を歪ませる。
「そんな! そんなのダメだよ……うん。ボクは、あなたを助けたい! ボクを信じて!」
「はあ? ……お、前に、何ができるッ」
「ボクには『細胞を生み出す力』がある!」
少女の肌色が、巨大バエと同じ激しいピンクに光り輝く。
「今この戦いが終わるまででいい……それだけでいいんだ……この人を救えるならッ!」
刹那、トリニティの内臓まで抉れた腹部のふちがプツプツと膨れ上がり、無数の触手のように伸長する。
ただし彼の肌色でなく、少女の真っ赤な肌色をした触手だ。
やがて触手は露出した内臓を覆い隠し、ふたたび膨張したかと思えば――致命傷を完全にふさいでしまったのだ。
トリニティはじょじょに意識を取り戻していく。
腹部には傷の代わりに、少女の肌色をしたカサブタ状の組織ができている。
「なんだ、これ……」
理解を超えた現象によって呆気にとられるトリニティ。
死にからめ捕られるはずだった彼のからだは、容易に立ち上がることができた。
瞳ももとの視界を映し出す。
見ると、なぜか爆発した隕石資料館の跡地で、ミノタウルスとムキムキの巨大バエが取っ組み合いになっている。
「キモッ。なんだよ」
悪態をついた後、強い勢いで頭に血がのぼる感覚がし、トリニティはめまいを覚える。
同時に見たこともない映像が脳裡に浮かんだ。
――――
目に刺さる照明。
ぼやけた視界には、幼い真っ赤な肌の少女がいる。
金属椅子に固定され、絶えず訪れる白衣の大人たちに玩具・薬剤・暴力を与えられる。
「助けて……」と少女。近寄ると自分を愛おしそうに抱きしめてくる。
「……マジモスだけが友だちだよ」と力ない声で言う。
場面が変わり――、
幻想的な平原。
それが氷のごとく崩れていく。
立ち尽くす、成長した真っ赤な少女と、もう1人容姿の似た白髪の子どもがぐったりした何かの動物を抱えている。
「止めないと。取り返しがつかなくなる」と白髪の子ども。
「……わかってるよ。ボクがやるよ」と真っ赤な少女。「行こう、マジモス。地球へ」と。
そして自分をまた愛おしそうに抱擁する。
――――
「……さっきからずっとずっと意味不明なことばっか起きやがる。くそッ!」
「どうしたの、トリニティ?」
声を荒らげるトリニティのそばで、彼の血にまみれ赤色を増した少女が目を丸くしている。
トリニティは今しがた見えた、身に覚えのない映像が、巨大生物と戦っている巨大バエ「マジモス」の記憶であること、少女との思い出であることを察した。
なぜ、この記憶を覗くことができたのかは理解不能だ。
致命傷を負ったはずの腹部がもう何ともない理由も分からない。
分からないずくめだ!
それでも! どこからともなく伝わってくるマジモスの声が、闘志を奮い立たせる。
トリニティ、お前には戦う力がある。――戦え!
「俺も戦うぞッ、アルウゥス!」
トリニティ――1人の戦士が魂をもって叫ぶ。
アルウゥスとは真っ赤な肌の少女の名だった。
そして巨大生物を抑えていた巨大バエが呼応し、急造の肉体から飛び出しッ、戦士のための武器へと変身する。
鶏足と鶏冠、肉垂をあしらったマスクをハエが丸ごと呑み込み、よりグロテスクな紅玉の瞳・鋭い触角・鬣のごとき剛毛をかたどる。
全身には肉片が張りつき、専用の衣裳のごとくなる。
肩と腰には真っ赤な手足の意匠が絡みつき、腹部のカサブタから蠢く触手が伸び、円環の模様を形作った。
その装いはまさに戦闘特化の触手スーツだ。
「ちょっと、えっ、どうなってるの――」
「俺も戦うぞッ、アルウゥス!」
「繰り返さなくていいよ! と、とにかくボクも援護するから」
「いくぞ!」
力を得たトリニティが、巨大生物に向かい全力疾走する!




