第38話 追跡者となりて
虚幌須市は、双成町南。
御露出町との境目にあたる山間の場所だ。
雨と雪いずれかを催した黒い雲が、空にただよう。
その下――舗装もされず、乗用車6台分の空き地をトラロープとコーンで仕切っただけの駐車スペース。
排気量125ccの小型バイク1台、軽自動車1台が停められている。
山の入口、開けた場所にトリニティの姿があった。アルウゥス、マジモスもともなって。
その他には3人の人間がいるばかりで、場所は閑散としている。
しかも、そのうち1人の男性はこの場所の案内人だった。
何も不安に思うことなどはない。
駐車スペースから森の中を歩くこと5分。
雪色に染まった山の中に、巨大な岩肌が姿をあらわす。
「鈴ノ口鍾乳洞」。
――この場所がそう呼ばれるのは、岩肌の上部から縦に入った一本の亀裂と、まん丸い形をした洞の入口が「鈴」に見えることに由来する。
「御露出コールドロンニハ、イッパイ鍾乳洞アリマス。デモ、鈴ノ口鍾乳洞ハ全長500メートルモアッテ、イッチバン大キイデス! 綺麗ナ地下水ノ作リ出シタ鍾乳石モイッチバン!」
一生懸命しゃべるのは、案内人つまり現地ガイドの男性。
外国人だろう。
複雑な助詞を使いこなしながらも、耳でわかるカタコト具合だ。
洞に入ると反響し、民族楽器の演奏のごとくなる。
だが、おとなしく聴いている場合じゃない!
ガイドのそばについて歩く観光客2人を尻目に、トリニティとアルウゥスは鍾乳洞の順路をずんずん進んだ。
「(天井の)高さはまあまあ。気温も悪くないが……ホントに、ここにマ・ラがいるってのか?」
トリニティはこの鍾乳洞に、マ・ラを探しに来たのだ。
それはかつてマ・ラに味方し地球へとやって来た後継生物ク・コロから得た、手がかり。
現状では信ぴょう性に乏しい、希望的な材料に過ぎない。
トリニティはただ「マ・ラを捕獲する」使命に衝き動かされ、さらにク・コロの後押しもあって、即日疑惑の場所へおとずれたのだが……。
鍾乳洞の内部は、金属の足場によって安全に均されている。
おまけに鍾乳石をライトアップしたい意図だろう、下に上に照明がつけられ、本来暗い洞を黄色く照らした。
「って、もう終わりかッ? 短すぎだろ!」
ものの数分で、順路の末端まで来てしまった。
道を引き返すよう矢印の指示看板が立てられている。
「500メートルあるんじゃなかったのか……」
「たぶん、全部を公開してるわけじゃないんだよ。いくつか怪しいくぼみはあったし、他の場所も見てまわれたら! もしかしたら! でも……」
落胆するトリニティを、隣でアルウゥスがなだめる。
冬の屋外に比べ、鍾乳洞内部はやや気温が高い。
厚着をしすぎたアルウゥスは生理的発汗とも冷や汗とも思える汗を首筋に浮かべる。
「実は、まだ納得できなくて。ク・コロの居場所を探したときは、雨風をしのげる場所にいるはずって言ったけど……それは棲処を選べない状況での話で。マ・ラは少なくとも、ク・コロより自由に棲処を選べるし、移動もできる。だから……本当に鍾乳洞にいるのかな……?」
「――アルウゥスの言う通りだネ」
アルウゥスの、子どもじみた不安の声音の後方から――何者かの声が挿し挟まる。
唐突な展開だ。
またかよ!
と、内心うんざりしたトリニティは驚きつつ声にゆっくり振り返る。
「はあ……ペルウィアか。お前はなんでそう毎度毎度流れをぶった切ってくるんだ……」
トリニティの嫌味なツッコミを、受けてか流してか無表情を作ってたたずむ梅鼠の肌色をした人物。
白色のセミロングヘア、季節感ないパーカー1枚にシャツという立ち姿は、鍾乳石におなじく淡い黄色へとライトアップされる。
宇宙人、もとい後継生物のペルウィアだった。
奇抜な人物だが、それを見て、驚きよりむしろ久々というか懐かしい感情を覚えうる。
振り返ってみると、トリニティはク・コロの「触手」7か所行脚の以降、ペルウィアのいるぷるくら動物園へ足を運んでいなかった。
その間およそ3週間!
その小柄な体躯に記憶がくすぐられることも、当事者が「避けられている」と感じているだろう不機嫌な心情をむき出しにしていることも、また当然のなりゆきだろう。
しかし、ペルウィアはぶっきらぼうな態度の裏で、トリニティに会いたい気持ちからこの場に出向いたわけでは決してなかった。
「アルウゥスたちが戦い始めたと思えば、テラ・ケルも行かせろって……それが済んだと思えば今度は勝手にマ・ラを探しに行ったとか。ホントに手を焼かせるネ、人間?」
「(マ・ラを)少しでも早く見つけるのが俺たちの使命だろ!」
「じゃあ……なおさら、ワタシの『穴』を使うのが筋でしょッ! ……なぜ、黙って来たノ?」
乱れかけた心と髪を正しながらペルウィアは問いただす。
可愛らしさのあった垂れ目を細め、冷たい目つきとなり視線をトリニティに向ける。
ペルウィアの怒りが伝わってくる。
反射的にトリニティの口は「悪い」や「ごめん」あたりの、月並みな謝罪を発しようとした。
――寸前で、彼は謝罪を引っ込める。
言うべきことは他にあると、確信が胸を穿った。
「必要ないと思ったからだ。ク・コロに(『舟』に戻らず)早く行くよう言われたってのもあるが……いや。どのみちペルウィアの手を借りるつもりはなかった」
「詭弁ネ。そのせいで、結局時間をムダにしたっていうのに」
「違うな。俺たちはバイクで走って山道歩いて、鍾乳洞を見てまわったから、『マ・ラはここにいないかもしれない』って気づけた。便利な『穴』でヒョイと行ったって、『ここにいない』ことしかわからない。それは違うんだ」
「はあ? 同じじゃない。だったら、少しでも時間がかからないほうが良いに決まってるワ!」
「同じじゃ無え。『かもしれない』って考えるのが人間の作法だ。宇宙人だろうが何だろうが、人間に関わる以上はそれを守らなきゃいけない。わかるだろ?」
「そうやっていつも解決を先延ばしにする! 自分の小さい納得感を満たすことしか考えない。……これだから人間は嫌いッ!」
ペルウィアは、いつもの冷徹な目と、余裕の微笑をかなぐり捨てる。
飛び出してきたものは、本当に単なる、だだっ子のような遠慮なき怒りの声だ。
「ワタシがその気になったら、あんたからアルウゥスもマジモスも引き剥がせるんだから!」
「やってみろ! それでも俺は戦うぞ。人間も後継生物もみんな守ってやるッ!」
激しい口論。
トリニティとペルウィア、いずれも信条を少しも譲ることなくにらみ合っている。
洞全体を揺さぶるほど響き渡る怒鳴り声。
しばらくして、追いついたガイドたちは、先にいた2人がいつの間にか3人に増えている状況に戸惑いながらも、口論の仲裁に入ろうと近づいてくる。
「ウエッ、アナタ誰デスカ! ケンカヤメテクダサイ!」
「ペルウィア……ボクたちは今まで、地球で自分の正しさにしたがって動いてきたよね? 何の疑いもなく」
その場を支配したのはアルウゥスだった。
あどけないからだから、ハッキリした言葉を紡ぎ出す。
「でも、それで全部うまくいくわけじゃなかった。マジカルパウアーは、すべてに先立つ万能な力じゃない。マジカルパウアーは……後継生物の、魂なんだ! だから、考えついた正しさのために力を使いたいんだ!」
アルウゥスはつぶらな瞳に炎を宿し、叫んだ。
「……魂とは、また過剰な物言いネ。しょせん、性欲とか性癖とか、そんなのに過ぎないでしょ?」
「えッ、ええ、そんなわざと下品な言い方しなくてもお」
ペルウィアが茶化す。
アルウゥスは途端に普段の自信なさげな表情でオロオロする。
その豹変ぶりを見ると。
冷たい表情をしていた、ペルウィアは嘴と尖らせた口から笑いをもらし、目を細めた。
にっこりと。
「……んもう、まったく。君たちは。話がなーんにも進んでないっていうのに、綺麗事言って……そんな、キラキラ目しちゃってさ」
それは諦め、呆れ、疲れからくる、決してポジティブではないセリフ。
けれどもどうして、心地いい。
ペルウィアは口を噤んだ。
考えごとをしている。
トリニティとアルウゥスは顔を見合わせる。
……そのとき、ペルウィアはぱっと声を上げる!
「そういうことネッ! 全部……つながった! 一緒に来てもらえるかナ?」
一方的な言葉の後、どういうわけかペルウィアはピンクに発光し、空間に「穴」を開いた。
先ほどこれを安易に使うべきでないと口論したばかりなのに!
「穴」は一方通行の性質をもち、その入口は暗黒、出口は純白をしている。
「一緒にって、俺はさっき!――」
「わかってるワ。でも人間は『かもしれない』の先にまだ、たどり着いていないんでしょ? いや、アルウゥスも。そういうときこそ、ワタシの出番!」
ペルウィアは梅の木枝のような細い両腕をぐんっと前に伸ばす。
「――これは『穴』じゃない、『突破口』だヨ!」
そして、トリニティとアルウゥスの腕を掴まえる!
ペルウィアはそのまま全体重を後方――「穴」の黒い入口へと傾けたのだ。
どこかへ連れて行かれる!
だがッ、逃げられない!
まもなく、3人は音もなく虚空に消えた。
「穴」がだんだん縮まり、閉じようとしている。
取り残されたマジモスは、おびえながらも全速力で飛翔し、巨大バエのからだを闇へとねじ込むッ――。




