第37話 掘り出し物
……なぜか、物言いたげにク・コロが、トリニティを見つめてくる。
「オレはこれからまた『自由』を奪われる。……なあ人間、ひとつ頼みを聞いてくれねえか? もちろんタダじゃねえ。対価に、お前が何より欲しがってる情報をくれてやる」
「やぶから棒に、なんだよ? それに情報ってのはもう――」
「マ・ラがいる場所を教えてやる、っつってんだ」
本当にやぶから棒――否、やぶから遭難救助の手が差し出されたような感覚がトリニティたちに走ったッ!
……事実としては、「やぶからマ・ラ」といったところなのだろうが。
腹積もりはどうあれ、マ・ラのため後継生物のシェルターである「舟」を破壊し。
ともに地球へと降り立ち、隕石探索へ発つそのときまでマ・ラの配下に加わっていたク・コロ。
彼が「マ・ラの居場所」を知っていることは当然だろう。
そして形だけの役目も、自身の「自由」への願いも断たれた今、それを明かしてしまおうとする投げやりな心も、理解できる。
「マ・ラの居場所……わかった。内容によるが、その頼みとやら俺が聞いてやる」
とはいえ、トリニティの返答はあまりに愚直が過ぎた。
テラ・ケルが即座に口を挟んだ。
「よいのですか、トリニティ様? この犬は狡猾です。あとで話を反故にしたり、虚偽を申したりする可能性のほうが――」
「いいんだよ。ク・コロの言ったことが正しいかどうかなんて、後で考えれば。俺は、自分から弱みを見せてきたこいつの心を買いたいんだ。なっ?」
「そんな、言い方をされてしまっては……わかりました」
テラ・ケルはトリニティの姿勢を受け入れる。
彼の蛇尾のとぐろの上で、ク・コロが笑みを湛えている。
戦いに夢中で気がつかなかったが、陥没穴の内部は人間100人……いや、それよりもさらに多くを収容しうる広大さをもっていた。
さらに、空間にはいくつかの横穴があった。
そのすべてを住居にしていると、ク・コロは話す。
トリニティと、アルウゥス、マジモス。
「触手」の両腕と右脚を失ったク・コロ。
それを「触手」に抱えたテラ・ケル。
珍妙な集団は、ある横穴へと入った。
奥は暗闇で見えない。
……かに思われたが、ガス式のランタンが設置され、長さ10メートルほどの距離をほそぼそと照らしている。
「どこぞの炭鉱みたいだな。行ったことはないが」
相手が後継生物とはいえ、他者の住居に対して、無礼な比喩を言うトリニティ。
やがて5者の前に私室らしい空間があらわれる。
家具も置かれた、存外様になった居住空間だ。
赤いソファベッド、書棚、ローテーブル、電子レンジ型の金庫……。
これだけでも、家具入り物件として充分なものがある。
すべて土汚れやほつれを呈しているものの、人間によって気にならないだろう。
むしろポスト・アポカリプスの趣きが深い逸品だ。
「食い物を探してると、時たま人間の道具が手に入ってな。しかもこれが使えるのなんの!」
「不法投棄のゴミか……まさか、後継生物に利用されてるとは。頭が痛え……」
トリニティは行政機関へ、不法投棄のゴミ発見について通報しようとスマホを取り出す。
ただ、道路脇や森の開けた場所であれば問題も少なかった。
問題は、この場所が深さ20メートルもの陥没穴の下ということ。
果たして回収の手が届くのか?
現実的な不安が、トリニティの脳裏を満たしていた。
……いったん、正義感に逆らい不法投棄は見逃すことにしよう。
時機を見て、かならず! 処理すればいいのだから。
ク・コロの指示で、トリニティは室内の一角にできたもうひとつのスペースに立ち入る。
扉代わりののれんをくぐった。
「――トリニティたちにバレないよう、鳴くなっつってたんだよ。ちゃんと言いつけを守ってたみたいだな」
ク・コロはこれまでになかった穏やかな声でつぶやく。
その姿から、恐怖めいた感情を覚えたのだろう。
スペースの中に密集していた「小さな動物」が、一斉にキャンキャンと騒ぎ始める。
「ワンちゃんがいっぱい……」
正体は子犬だ。
見ただけで10頭以上の子犬がそこにいる。
犬種に統一感はなく、ほとんどが雑種。
アルウゥスはリアクションの後、触りたいのか子どもらしい顔つきになっている。
「ク・コロ、まさか食うつもりでこんなにッ?」
「ハハ、どうだろうな。もう忘れた。ここだけじゃねえ、他の穴にもっとデカいのも棲んでる」
ク・コロは笑い交じりに、恐らく野犬だろう存在も匿っているとほのめかす。
また不法投棄ゴミの利用に味をしめ、探し回るうちに捨て犬や死にかけの野犬を見つけて保護した、と説明した。
「……オレが『舟』にもどれば、こいつらは死ぬしかなくなる。別にいいけどよ。でもどうせなら、トリニティみたいなやつに引き取ってもらったほうがいいだろ。なあ、断らねえよな?」
「断れねえ、けど……」
トリニティは言葉に詰まる。
ク・コロの、頼みの内容は理解した。
しかし、不法投棄問題に加えて数十頭におよぶ野良犬の保護まで……。
すでにこの場の口約束だけで解決する話ではなくなっている。
後継生物を相手するのと同様、正義感だけで片づけられないのだ。
「ク・コロ? 実はマ・ラを捕獲した後、地球の生き物を『舟』に加えようと考えているのです」
「そッ、そうなのか?」
「ええ。ですからこの野良犬も、一緒に連れて帰ればよいのではないですか」
膠着状態を見かねてテラ・ケルが提言する。
それは、トリニティにとっても悪い話ではなかった。
内心では野良犬たちと離れる寂しさもあるだろうク・コロの心情を汲み、なおかつ人間側の大問題の1つを解決できるためだ。
――ところがク・コロはオオカミめいた首を、横に振ってしまった……。
「ダメだ。野良犬は人間が勝手に作ったもんで、後継生物のもんじゃねえ! 後継生物は勝手にやる。人間の勝手なんか背負ってたまるか。食うなり飼うなり、トリニティがどうにかしろ」
「暴論だな……けど一理ある。わかったよ。俺に任せろ」
トリニティが返事をし、危険をおかして吠える子犬の1頭を胸に抱き上げる。
子犬は吠え続け、噛みつこうとするがク・コロの顔を見るなりおとなしくなる。
ついにアルウゥスも我慢の限界をむかえ、中でもひと回り大きい、一番毛並みの綺麗な子犬に抱きついた。
子犬はモフモフの体毛の首元に、人名と住所、電話番号が書かれた首輪をつけていた。
◆
「頼みは聞いたぞ。それで?」
「へッ、わかってるさ」
精一杯を交わした戦いの果て。
ク・コロの願いを聞く交換条件として、トリニティは約束をした。
マ・ラの居場所。
思いもよらなかった――しかし、今のトリニティたちが最も知りたかった事柄だ。
ク・コロは後悔のひとつもないような、せいせいしたと言わんばかりの表情で口を開いた。
「マ・ラがいるのは――双成町にある、鍾乳洞だ」
「しょう、にゅうどう……」
トリニティがおうむ返しする。
ただ、いかなる感情もともなわない。
裸の情報をポンと投げ込まれただけ。
その場には静寂の波紋が広がるばかりだった。
「信じられないか? オレのことも、(マ・ラが)こんな、すぐ近くにいたことも。……信じなくていい。勝手にすンのが一番だ。勝手にやって、トリニティが感じたもんがすべてだ。生き物はそういうふうに出来てる。だろ?」
「……ハハ、そうかよ」
冬の冷え冷えする静けさの中で、トリニティは熱をもった嘆息を吐く。
まるで、体内機関にぐつぐつ煮えたぎる燃料を入れられたかのように。
「人間、うまくやれよ?」
「ああ!」
威勢よく告げたク・コロに、トリニティも応じる。
本当の戦いはこれからだ!




